5-1

シオンは山を駆け足で登っていた。

さほど複雑そうに見えない山だが、ルカの姿は見当たらない。

ルカに追いつくためにここへ来ているというのに、このままでは、追いつくどころか、ルカが先に山を下りかねない。


「おい、ルカ――――!!いるかぁ!!」

呼んでみるものの、返事はない。

「どこにいるんだ…」

ほどなくして、ポツン、と雨粒がシオンの顔にあたった。

「ん?」

空を見上げるのと同時に、土砂降り…。


「うわあ!?」

あまりの降りのひどさに、思わず大声をあげた。

……なんだこれは、酷い雨、なんてものじゃないだろ……


立ち止まっていても濡れるばかりなので、シオンは、先も見えなくなった道を、歩き出す。

道の先が見えないので、ともすると、道を外れていきそうになる。

おまけに、冷たい雨なので、体も冷えていく。


……寒い…

冷たさが痛みと感じるほどのものだ。

これでは、ルカが…

シオンは子らに聞いた話を思い出し眉根を寄せた。


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「先生は…体温調節がうまくできない病気で…。どういう経緯で発症するのか、なぜ、そんな病気を持って生まれてくる子がいるのか、わからない病気なんだ」

「体温調節ができない?」

うん、と頷き話を続ける。


「人の体は、常に一定の温度を保とうとするけど、それができないと、暑くなったら体温も上がりっぱなし。

寒くなったらずっと冷えっぱなしになる。

トカゲなんかの場合は、そうやって気温が変わったら、自分の温度も変えて生きていけるけれど、人は構造がそうなっていない。

一定の温度を保てない場合は……」


そこでいったん言葉を切った。


「先生は、上昇する温度に対しての恒常性…つまり、温度が上がった時に対しての、体温調節はできるんだ」

「そうじゃなくても、この島は、他所の土地と違って、一年を通してずっと秋くらいの気温が続いている珍しい島だって聞いてる。

だから、暑い気温に対してはそんなに心配はしていないし、真冬というものを知らないから、そういう季節に対しても心配していない」

「でも、雨の時は外で濡れたら、どんどん体温が下がってしまう……だから先生は雨に濡れちゃいけないんだ」


その子はシオンを見上げて必死言い募る。

「いつも飲んでいる薬はその症状をある程度緩和させるものなんだけれど、それは軽く水に濡れた程度、水を浴びる程度のもので、日常生活を普通に送れるようにする程度のものなんだ。

今日みたいに酷い雨が降ると分かっている時は役に立たない…

飲まないでいるよりは無いよりマシ

その程度なんだ」


-----------------


早くルカを見つけ出し、山の中にあるという小屋に行かねばならない。

しかし、雨が酷すぎてルカを探すどころではない。

……しかたがない、どこか、雨宿りのできそうな……

と、思った時だった。


それは、いきなり目の前に出てきた…ように思えた。

雨が酷くて前が見えなかったのだ。


「ここがさっき聞いた山の中の小屋か」

どうやら丁度良くここに来られらしい。

ドアに鍵がかかっていないことを確かめると、シオンは中へ入った。


中は思いの他広く、定期的に誰かが手入れをしているらしく、片付き、きれいだった。

フロ、台所、机、ベットがあり、非常食までが用意されてある。

「雨が小振りになるまで、ここにいるか」

ひとまず、灯りをつけ、ストーブに火を入れた。

丁寧なことに、風呂を沸かすための薪まである。

とにかく、この冷えた体を何とかしよう、とシオンは風呂の湯を沸かし始めた。

雨がもう少しマシになるまで…



++++++++++++++++


……こっちの方向なハズだ……

なのに、なぜ見えてこないんだろう?


冷えた体が動きを鈍くしているため、必要以上に時間がかかっている。

そんな事すら考えることができなくなっていた。

容赦なく突き刺さる雨と、ほとんど残っていない体温のため、ルカは歩くというよりも這っている。

……早く…小屋へ……

それしか考えていなかった。

ただ前進するのみ。


今のルカの状態は、普通ならば、動くことすらやめてしまうであろう。

しかし、ルカは止まらなかった。

のろのろとではあるが、動いている。

立ち止まり、そこに横になってしまえば、それは即ちルカにとって死ぬことだ。

……死ぬものですか…“約束”したんですから……“生きる”って…生きて、この島を……


右手の青い石の指輪がいやに大きく見えている。

ぼんやりとした頭で、ルカは進む。

……?……

かすむ目に、目指す小屋の影らしきものが見えた。

……また、幻……


先ほどから幾度となく見た幻。

近づくと、すっと消え、雨へと変わっていく。

今度もそうなのかもしれない。

しかし……灯りが見える。

気のせいか、火の気もあるように感じられる。

……誰か、なんている…いるわけがない……こんな雨の中…でも……もしかしたら


朦朧としている意識で、ルカは小屋を見据えた。

……ひょっとして…そうだ…“また”ここに来て待ってくれているかもしれない…

ルカは懸命に体を起こし、ドアに手をかけた。


++++++++++++++++


バン!!

すごい勢いでドアが開き、何かが転がり込んできた。

「おい!?」

シオンがあわててかけよると、顔色を失ったルカが、絶え絶えの息でうずくまっていた。


「だ…大丈夫かよ!? おい!?」

「だ…いじょう…ぶで…す。」

消えそうな声で答え、シオンを見て、にっこりと笑い、呼びかけた。


「…やっぱり来てくれていたのですね…ウーシェ…」








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誰? ウーシェって何!?

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