人質
アステロイドベルトといえば、大昔のSF映画で、スターシップによるチェイス場面が描かれた小惑星の密集地帯である。
しかしながら、それは、いまだ宇宙へ飛び出していなかった人類が思い描いた空想の世界……。
実際のところ、アステロイドベルトというのは、そこまでせせこましい空間ではない。
何しろ、密集しているといっても、それは広大極まりない宇宙における相対的な話であり……。
各小惑星同士の距離たるや、間にいくつもの植民惑星が並べるほどのものであるのだ。
先人には申し訳ない話だが、この宇宙において、観客をハラハラさせるほどの追跡劇を演出するのは、至難の業であるといえるだろう。
ハワードや人質の子供たちを乗せ、惑星ロピコから離脱したマザーシップが辿り着いたのも、そんなありふれた小惑星帯のひとつであった。
宇宙という区分の中では近く、人間の距離感覚でいえば、あまりに距離を隔てて集った小惑星たちの中……。
ひとつだけ、異彩を放つものがある。
他の小惑星と同様、豊富な鉱石資源を蓄えていそうな外観の一部は、スリットめいた宇宙港となっており……。
外から覗き見ると、おびただしい数のマザーシップが停泊しているのを確認できた。
そして、当然ながらそれら母船の内部には、これを守護する――あるいは、尖兵として敵を討つためのアームシップたちが、満載されているのだ。
――ガーデン。
小惑星の正体は、ハワードが青の海賊団を受け継ぐ以前より、密かに建造へ着手していた秘密基地である。
心血注いで育て上げたという意味で、まさにその名がふさわしい基地……。
課せられた主たる役割は、アームシップの独自生産拠点であった。
小惑星をくり抜くような形で建造された内部は、大部分が工廠となっており……。
そこでは、オリジナルの量産機――ベリング・タイプが、日々製造され続けている。
いずれは、ホテルの工廠と同様、マザーシップの建造能力すらも付与してみせるのが、ハワードの野望だ。
そのため、さらなる増改築にも対応可能な設計となっており……。
将来的には、牽引した別の小惑星とミキシングすることによって、必要な内部空間を確保する計画となっていた。
ガーデンという名の通り、手をかければ、かけただけ、より美しく大きく育つ基地……。
ハワードにとって、ここは自身の分身ともいえる場所であり、居城なのである。
「ふうん……」
だとするならば、ここは玉座の間ということになるだろう。
ガーデン内に存在する私室で、ハワードはウィスキーの注がれたグラスをくゆらせていた。
父である先代青の海賊団首領ウィルは、クラシカルな内装を趣味としていたが……。
その趣味を受け継がなかったハワードの部屋は、味気ないシステマチックな代物である。
唯一、癒やしとして観葉植物を置いてあるくらいで、この辺りには、実用性重視の人柄が強く表れていると自覚していた。
「さて、どうするか……」
脳裏で思い描くのは、これからどうするのかという構想である。
惑星ロピコを足がかりとし、電撃的に勢力圏を広げるという当初の構想は、ものの見事に潰えた。
しかし、ハワードという男は、それで何かに当たり散らしたり、怒りで目が曇ったりする男ではない。
ロジャーから通信を受けた時のように、ごく一瞬のみ、怒りを放つことはあるものの……
基本的には、建築的な思考でもって、次なる手を模索することができる類の人間なのだ。
また、そうでなければ、秘密裏にこれほどの基地を造り上げることなど、不可能なのである。
――一からやり直しだな。
だから、鼻息を出しながらそう結論付ける。
駄目だったのなら、それを成功の糧とすればよい。
それが可能となるほどの体制を、自分は構築したのだから……。
――死神は、必ず来る。
――おそらくは、七大海賊のいずれかが、ここを探り当てているだろうからな。
ガーデン建造には万難を排したが、それでも、人の口には戸が立てられないものだ。
そうでなかったとしても、例えば、ステルス性能に優れた機体を使えば、自分の乗っていたマザーシップを尾けることくらいできるだろう。
ハワードは、自分の集めた部下たちが、所詮は寄せ集めに過ぎないことを正しく理解していた。
腕利きであるならば、索敵をかい潜るくらいはわけもあるまい。
――ならば、まずはそれを迎え撃つ。
しかし、質は低くとも、圧倒的な数を誇ることは間違いない。
戦いにおいて、数は絶対……。
それは、古来より変わらぬ戦場の真実なのである。
だから、まずは物量でもって死神を叩き潰す。
――その上で、再びロピコ占領から着手し直せばいい。
――一度は失敗したが、何事もトラブルは付き物だ。
――むしろ、苦戦はあれど、伝説の死神を討ち取った事実は、今後の戦略へ優位に働くことであろう。
結論付け、席を立つ。
おそらく、ホテル製のアームシップを用いてくることだろうが……。
単独のそれなど、恐るるに足らない。
だとしても、部下たちの損耗を減らすため、やれることはやっておくべきだった。
すなわち……。
――死神の娘を、特定しておくか。
別段、このまま人質の集団として使ってもいいが……。
最後に盾とする者の顔くらいは、判別しておいても損はないだろう。
だから、ガーデン内の通路を歩く。
人質としている子供たちは、ミーティングルームのひとつへ押し込めていたはずだったが……。
「――いない」
見張り一人いない部屋に入って、異変へ気づいた。
ミーティングルームの中には、人っ子一人存在しなかったのである。
――もしや。
――死神がすでに潜入し、娘を救出していった……?
――それか、人質が自ら脱出を……?
想定外の事態に、複数の可能性を考えた。
ともかく、こうしてはいられず……。
「――私だ。
人質の姿がないが、どうなっている?」
すぐさま通信機を取り出し、見張っているはずの部下に呼びかけたのである。
「ああ、それなら、今は厨房にいますよ」
「……はあ?」
返ってきたのは、呆れるほどのんびりとした声であり、これには、ハワードも間抜けな声を上げざるを得ない。
「一体、どういう……。
いや、すぐにそちらへ向かう」
ともかく、人質がいなくなっているということはないようだが……。
通信を切り、厨房まで足早に歩く。
果たして、そこで繰り広げられていたのは――。
「だーめ!
ハンバーグは、もっとじっくり焼いていかなきゃ!
生肉の塊食べて、お腹を壊したいの?」
「包丁を持つ時は、片方を猫の手にして……そうそう、お上手」
「へ、へへ……。
すまねえな、お嬢ちゃんたち。
オレたち、せっかく厨房があっても、出来合いのものを解凍するだけだったからよ……」
「ボクたちも、お料理はママや家政婦さんがやってたから……」
「そんなんじゃあ、体がもたないよ!
もっとしっかり食べなきゃ!」
「あんたも、わたしたちと変わらない年でしょ?
お料理くらい覚えなくて、どうするの?」
……なんか、人質の男児や自分の部下たちが、女の子たちから料理を教わっていた。
「それにしても、お嬢ちゃん料理が上手いな。
こう、包丁使うのも手慣れてる感じだ」
「え、へへ……。
こう見えて、スシ屋の娘だもん!
今は流行ってないお店だけど、パパから受け継いで繁盛させるのが夢なんだ」
おそらく、いつの間にか子供たちのリーダー的地位を得たのだろう。
広々とした……それでいて、ろくに機能を発揮させていなかった厨房の中心で、金髪をポニーテールにした少女がはにかむ。
「あ、海賊の偉い人だ。
あなたも、ハンバーグ食べるよね?」
「ハワード様。
今日の食事は、ご馳走ですよ!」
その少女や自分の部下たちが、笑顔でそんなことを告げてくる。
「あ、ああ……」
果たして、それにどう返すべきか頭を悩ませ……。
「……うん。
後で頂くよ」
ハワードは、とても微妙な顔でそう返答したのである。
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