ホテル
さながら、宇宙の海へ浮かぶ巨大なスノードーム……。
ホテルの外観について説明するならば、そのような形となるだろう。
これは俗にドーム型と呼ばれるスペースコロニーの一種で、重力操作技術の発達により、このような居住空間を造り上げることも可能となったのだ。
それにしても、このホテルが特殊なのは、ドーム内の空間ほぼ全てが、西洋風の古城によって占められていることだろう。
確か、モデルとなったのは、ドイツの有名な城だという話であるが……。
当然ながら、元となったそれは、巨大なコロニーの大半を占有するほどの大きさではない。
その点を踏まえれば、これは人類にとって唯一無二の巨大さを誇る城塞であるといえるだろう。
もう一つ、このホテルが特殊なのは、周辺宙域の物々しさだ。
ドーム型コロニーの周辺は、常に複数のマザーシップと、それに所属するアームシップ隊で警備されており……。
いかに七大海賊団といえど、そう簡単には手出しできない――ばかりか、下手をすれば返り討ちにあうだろうほどの戦力が揃っている。
――絶対的な中立。
それを、このホテルというコロニーは、自分たちの保有する武力によって成し得ているのだ。
「十二年ぶりか……」
哨戒するアームシップに向けて、敵意がないことを発光信号で告げつつ、ベックはそうつぶやいていた。
自分のことを確認しにきた機体……。
これは、ベックの知らぬアームシップである。
原型となったのは、スコット――先代のバーテンダーが設計した機体であるはずだ。
しかしながら、細部に至るまで細かくマイナーチェンジが施されており、加速性能も旋回性能も、自分が知るそれを上回っているのが見て取れた。
このベリングとかいう、青の海賊団が量産したアームシップとは、比べ物にならない完成度。
「なるほど……。
二代目のバーテンダーにも、期待ができそうだな」
信号で伝えた自分の名に驚いたのだろう。
やや挙動がおかしくなったアームシップに先導され、ドーム型コロニーの発着場へと向かう。
この種に属するコロニーは、スノードームでいうところの台座へ当たる部分に、宇宙港としての機能が集約しているのだ。
航行するベックのベリングへと向けられるのは、種々様々な発光信号である。
それらは、いずれもベックの来訪を歓迎するものであり……。
中には、発光信号だけではなく、照明弾を花火のごとく打ち上げたり、わざわざ人型形態に変形して自機を敬礼させる者の姿まであった。
「馬鹿野郎ども……。
お祭り騒ぎにするんじゃねえぞ」
憎まれ口を叩きつつも、口の端が吊り上がってしまう。
なんともいえぬ居心地良さがある。
何しろ、自分は半生をこの場所で過ごしたのだ。
このホテルという場所は、実質的に故郷であり、これは一種の里帰りなのである。
自分のような男でも、帰る場所はあった。
娘の教育に悪いため、今回の件が片付いたらまた離れることになるとはいえ、その事実は、蘇った死神の心を優しく癒したのである。
と、心地良さに包まれながら、ある事実へ気づく。
「そういやあ……。
スコットから聞くのを忘れていたが、新しいバーテンダーはどんな奴なんだ?」
一人きりのコックピットであり、答える者など存在はしない。
その疑問は、これから自分の目で確かめる他になかった。
--
――ホテル。
その名に違わず、馬鹿げているほど巨大な城の内部は、宿泊施設としての機能を有している。
宿泊客が出歩ける部分は、外観同様、こだわり抜いたクラシックな装いであり……。
勤めるスタッフたちによって、最上級のサービスが受けられるのだ。
だが、それはあくまで、ホテルが有する一側面でしかない。
このコロニーが持つ本質は――武器商人。
古風な城内の大半は、最新鋭の――銀河で他に真似できる者のいないファクトリーとなっており……。
そこでは、アームシップはおろか、マザーシップに至るまでも製造し、販売しているのである。
主な顧客は七大海賊団であり……。
海賊が上げた利益を吸い上げるこのコロニーは、ある意味、七大海賊団の上位に位置する存在であり、この銀河を真実の意味で支配する存在ともいえた。
それを思うと、ホテルの武器供給体制から独立し、現在の状況へ一石投じたいというハワードの気持ちは、分からぬでもない。
ただ、やりたいのならば、自分や娘の関係ないところでやるべきだったが……。
そんなことを考えながら、エントランスで受付を済ませる。
「またここであなたを出迎えることができて、光栄です。ミスター・ベック。
……少しだけ、お老けになられましたか?」
「そう言うお前は、貫禄が出てきた。
前は鼻ったれだったのにな」
顔馴染みの黒人ホテルマン――ロンと、そのような会話を交わす。
どうやら、かつての若手は、コンシェルジュの地位に収まっているらしい。
十二年もあれば、故郷と呼べる場所も、様々なところが変わってくるものだ。
「スコットの弟子――今のバーテンダーに会いたい」
だから、その最たるものを確認するべく、そう尋ねたのである。
「バーでお待ちしていますよ。
すでに、スコット様から話は伺っています。
死神の機体を手掛けられると聞いて、随分と張り切っていました」
「張り切り過ぎて、空回りしなきゃいいがな」
自室のキー――頼んでもいないのにペントハウスだ――を受け取りながら、バーへ向かって歩き出す。
今、着ているスーツはロピコ大統領が手配したものだが、急ぎで用立てた割には、なかなか品質が良い。
格調高いホテル内においても、どうにか浮かずにいることができた。
もっとも、ホテルへ滞在する客たち――多くが傭兵や海賊だ――には、自分の顔を知る者も多く、どうしても好奇の目には晒されたが……。
そんなものは無視し、目をつぶっていても歩ける道順で、目的の場所を目指す。
かつて、スコットが主であった場所……。
ホテルが誇るバーは、十二年前と変わらぬ落ち着いた雰囲気である。
これほどの規模を誇る宿泊施設であるというのに、客席はわずか数席程度……。
テーブル席はなく、カウンター席のみが存在する。
それもそのはずで、一般客が利用可能なのはインペリアルバーと呼ばれる別の施設であり、ここを利用することが許されるのは一部の会員のみなのだ。
かつて、スコットはここで自分たちに酒を供し、時に刺激的で、時にはくだらない話へと興じていたものである。
今、この場を預かるその弟子は……。
「……お嬢さん。
俺は、スコットの弟子と会いたいんだが……。
あんた、居場所を知っているかね?」
見当たらなかったので、尋ねてみた。
カウンターにいるのは、一人の……。
少女といってよい外見の娘だけだったのである。
おぼこい……あまりに、おぼこい娘だ。
こんなバーよりは、どこぞ農業惑星で、野良仕事でもしている方が似合いそうな顔つきである。
腰まで届く長さの明るい茶髪は、後ろで一房の三つ編みにまとめられ、垂らされており……。
野暮ったいトンボ眼鏡が、印象的だった。
――うむ。
――どこからどう見ても、バーテンダーじゃないな。
――というか、成人しているんだろうか?
おそらく、ここの下働き――そんなのいた覚えはないが――か何かだろうと決めつけ、バー内部を見回す。
肝心の新しいバーテンダーは、タイミング悪くトイレにでも行っているのかと思えたが……。
「あたしが新しいバーテンダーです。
お待ちしていました」
優雅なお辞儀と共に、カウンター内の娘がそう告げたのである。
「……冗談だろ?」
ベックとしては、そう答える他になかった。
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