五対一

 例えば、野球の試合において、ここぞという場面で登板した絶対的エースなど……。

 その場の雰囲気全てを変えられる人間というものは、存在する。


 まるで、周囲の温度そのものが下がったかのように……。

 その人物が姿を現わすと、ピリリとした静寂が訪れるのだ。


 光子ビームによって開けられた大穴から姿を現わした機体……。

 戦闘機形態のベリング・タイプに搭乗したパイロットも、間違いなくそんな存在であった。

 本来ならば、すぐさま迎撃態勢を取らなければならなかったところで、青の海賊団に属するパイロットたちはただ息を呑み、敵機の出現を見守ってしまったのである。


 もし、迂闊に砲撃を加えればセントラルタワーに甚大な被害を与えてしまう状況であったとはいえ、これはやはり、呆けてしまっていたとしか言いようがないであろう。


 真の一流というものは、アームシップの装甲越しにこちらを威圧し、すくませるもの……。

 パイロットとしてはあまりに未熟な青の構成員たちは、初めて、その事実を思い知っていたのであった。


 そして、当然ながら、こちらが呆けているかどうかなど、敵からしてみれば知ったことではない。

 悠然とセントラルタワー内部から姿を現わした敵ベリングは、戦闘機形態の機体下部へ装着されたフォトンカノンの砲口を、こちら側へと向けてきたのである。


「――っ!?

 よ、よけろ!」


 さすがに、自分たちの命が危険に晒されれば、体も動く。

 敵機から放たれた光子ビームは、回避マニューバを取ったアームシップ隊の誰にも当たることなく、ただ虚空を薙ぐだけの結果に終わった。

 しかしながら、それこそが敵の狙いであったのだ。


 ――グオッ!


 戦闘機形態となることで、最大限に推進力を活かせるようになった敵ベリング・タイプが、一気に加速し、セントラルタワー内から飛び立つ。

 そして、そのまま一直線に……回避マニューバを取ったばかりの一機へ肉薄したのだ。


「え……?」


 肉薄された味方機のパイロットが、間抜けな声を上げる。

 敵のベリングは、接近すると同時にトランスフォーメーションを終えており……。

 人型となった機体の蹴りが、回避マニューバ直後で身動きのできない味方機に放たれた。


 ――ガギンッ!


 金属同士の激しくぶつかり合う音が、ロピコの空に響く。

 一見して、強固な装甲で覆われたアームシップ同士で格闘戦を行うのは、互いに関節などを傷めるだけの不毛な行為と思える。

 だが、敵機が放った蹴りは、脛部分の装甲も厚く、構造的に強固な部分を利用したものであり……。

 反面、これを受けた味方機の方は、構造的に脆いアポジモーターが存在する箇所を狙われたのだから、彼我の被害差は明らかだ。


「――うおおっ!?」


 バランスを崩された友軍機が、たまらず地上へと落下していく。

 しかし、そのまま墜落することはない。


 ――ズオッ!


 ノールックで敵の放ったフォトンカノンにより、機体は貫かれ、爆散したのだから……。


「――やられたっ!?」


 味方機のパイロットが叫ぶ。

 この惑星ロピコを攻めるにあたって、投入されたベリング・タイプの数は合計で九機。

 これは、一般的なアームシップ編成で中隊規模とされる数である。

 その内、一機がこうして敵に奪われ、二機がタワー内部で撃墜。さらに、外部へ残っていた内の二機も撃破された。


 残る味方アームシップの数は、四機。

 いつの間にか、全戦力の半数以上が喪失していたのである。


 瞬間、青の海賊団に所属するパイロットたちが抱いたのは、恐怖心だ。

 このまま、なすすべもなく全滅するのではないか……。

 そのような予感が、全身を支配したのであった。


「落ち着け! まだこっちは四人いるんだ!

 一斉にかかるぞ!」


 そんな自分たちを落ち着かせたのは、リーダーの立場にあるパイロットである。


「そ、そうだな!」


「やってやる! やってやるぞ!」


「タワー内にさえいなきゃ、撃ち放題なんだ!」


「タワーにビームを当てないよう、注意しろよ!」


 ――四対一。

 いまだ圧倒的な数的優位であることに気づき、青のパイロットたちが勢いづく。


「かかれ!」


 そして、文字通り四方八方から……。

 アームシップの機動性を活かし、立体的な攻撃が加えられたのである。

 囲い込み、あるいは挟み込む。

 これは、路地裏の喧嘩から集団での戦争に至るまで共通する、戦いの必勝形だ。

 それを実現した以上、散々に暴れてくれた侵入者も、これまでと思われたが……。


「う……!」


「こ、こいつ……!」


 敵ベリングが見せた回避運動の、なんと見事なことだろうか。

 敵機は、あえて戦闘機形態に変形することなく飛翔し続け……。

 時に急加速し、時には一切ブースターを用いることなく自由落下し、こちらのフォトンカノンを回避し続けたのであった。

 しかも、場合によっては、四肢の運動を利用した姿勢変更まで用いてくるため、まったく動きが読めないのだ。


「ヒラヒラと、蝶か何かかよ!」


「これじゃ、ロックオンが役に立たねえ!」


「くそったれ!」


 イラついた味方の一人が、フォトンカノンを撃ち放つ。

 三連射されたその砲撃は、ベリング・タイプのフォトンカノンにとって砲身がもつギリギリの攻撃だ。

 だが、それもやはり、当たらない。

 いや、それどころか……。


「――うわっ!?」


 冷静さを欠いた一撃は、よりにもよって、敵機を挟んで直線上にいた味方機の末端部へ命中してしまったのである。


 ――同士討ち。


 アームシップを用いた集団戦において、最も留意せねばならぬ事柄の一つだ。

 それを引き起こしてしまったのは、こちら側の未熟さもさることながら……。

 同士討ちが起こりやすいよう、敵機が巧妙に立ち回った結果であるといえるだろう。


 そして、海賊たちの精神的動揺を見逃すほど、敵のパイロットは甘くなかった。

 ノールックで後ろに向けたフォトンカノンを撃ち放つと同時に、同士討ちを発生させた友軍機へと一直線に接近したのだ。


 フォトンカノンの光子弾は、味方の誤射でバランスを崩したベリングの胴体へ直撃し……。

 またも味方に命中させてしまうのではとためらった友軍機は、戦闘機形態のまま、人型へ変じている敵機の接近を許してしまう。

 こうなってしまっては、そう、東洋の言葉で、まな板の上の鯉だ。

 左手を用い、逆手で腰アーマーから引き抜かれた敵機の折り畳み式カトラスが、味方ベリングを切り裂く。


 惑星ロピコの夜空で、アームシップの爆発による花が二輪咲き……。

 これで、残る味方機は二機となる。


 ――ギョロリ。


 ……と、敵機のカメラアイがこちらへと向けられた。

 慣れ親しんだベリング・タイプの頭部。

 量産を前提とし、いかにも簡易なデザインをしているそれが、今は地獄の底から這い上がってきた死神の顔に見える。


 それが錯覚でなかったことは、すぐさま、証明されることになったのであった。

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