32 プロローグ 土曜日午後 某市古墳群発掘現場 「伝奇」世界の勧誘事情

 テントの中が、紅で染まった。

 まるで秋の夕焼けのような、鮮烈な赤。

 俺が引き抜いた短刀の刀身に宿った輝く刃──霊刃の輝きは、俺の名前を示すような夕焼けのような紅色を帯びていた。

 今は昼間で、このテントもしっかりとした布材を使っているのか遮光性は高いらしく、だからテントの外からこの光が見える事は無いだろう。

 だけれど、もしこれが夜間なら、隙間などから外に光が零れていたかもしれない。


(【真っ赤だねえ】)

(『あの夜にもちょっと疑問に思ったけど、この色は何か意味があるのかな? 魔力も属性によって色が変わったりするけれど』)

([オレからすると、コイツはどういう理屈で光ってやがるのかが気になって仕方がないんだが?])

(『魔力と同じ系統なのかもしれないよ? 魔力は強く流れると空気や液体とぶつかり合う時に僅かに反応して光を放つから、やっぱりコモンの世界のこの技術はボクの世界に似ているのかも』)

(【変異体も、なんか光るよね?】)

(「それより、何かあの時より光が強くないかな、これ!?」)


 俺の中の皆が好き勝手言っているが、その辺りは一旦横に置く。

 この短刀サイズの御霊刀は、確かに光ってテントの中を照らしている。

 その明るさは初めちょっとしたライトくらいはあった。

 それがおかしい。

 たしか、あの夜神谷さんに持たされた際の御霊刀は、ここまで眩く輝かなかった筈だ。


([いや、あの三つ首の時に振りまわしたカタナはこれ位光ってたぜ?])

(「……そうだっけ?」)

(『あのとき「コモン」は戦う方に意識を向けていて、刀そのものは気にしていなかったから、覚えていないのかもね』)

(【「コモン」はわすれんぼう?】)


 皆に言われて思い出そうとするけれど、あの三つ首を切り伏せた時の記憶は手の中の刀の力強さばかりが印象に残り過ぎて、皆の言う刀身の輝きも切り伏せた左右の人面犬の最期もろくに思い出せなかった。

 明確に覚えているのは、何か導かれているような感覚。

 2度放った斬撃も、正直なところあの刀に動かされたような所があった気がする。

 それくらい御霊刀に意識を持っていかれていたのに、俺は御霊刀そのものをろくに見ていなかったのか、それとも……。

 いや、今はそれはいいか。

 ただ、皆が言うからには、あの強力な方の刀を振るった時には、これ位まばゆく輝いていたのだろう。


(【光が弱くなってきた】)


 その輝きもしばらくすると落ち着いて、赤い刀身を維持する程度になる。

 短剣ほどの長さだから、色も相まって交通誘導で使われるハンドライトみたいだ。

 そんな緊張感のないことを考えていた俺とは違い、三郎渕教授の表情は今までとは違っていた。


「……霊刃の安定も速い? 此処までの資質とは……」


 力強く霊刃が発現してから今のように落ち着くまで、その様子を目をそらさずに見つづけていたのだ。

 さらに、本人も気づいているのかいないのか、小声で何かを無意識に零すほど。

 もっとも、そのこぼれた言葉は、小声過ぎて良く聞き取れなかったからわからない。

 ただ一つ確かなのは、この赤い霊刃の輝きが、教授を驚かせるには十分な何かを持っていると言う事だろう。


「三郎渕教授?」

「……あ、ああ。済まない。少々驚かされてしまったよ」


 声をかけると、何か思案し始めそうだった教授が我に返ったように俺に向き合った。


「やはり、何事もこの目で見て確かめるべきだな」


 ただ、その目は今までとは少し違って見える。

 表情はこれまでと同じなのに、ほんの少し目に力が入っただけで、人が変わったように感じられたのだ。

 これまではあくまで大学の教諭に見えていたのが、今は違う。

 服装は全く違うのに、あの三つ首の人面犬と対峙していた忍者隊長が、目の前にいる。

 それを俺は実感として感じ取っていた。


(【少しだった警戒が、本気になった?】)

(『この変わり様は、もしかして「コモン」の事をあまり知らされていなかったって事かな?』)

([ありえるな。あくまであのカタナを扱えるって程度の資質としか知らされて居なかったのかもしれねえ])


 皆が浮かべた感想を、俺も同時に抱いていた。

 言い方は悪いけれど、さっき迄の教授は学校でたまに居るやる気の無い教師にも似ていたのだ。

 俺の通う高校は、はっきり言って進学校でもない公立校で、お世辞にも生徒の質は良くない。

 そんな質の良くない生徒を教える教師の中には、何処か人を突き放した真剣さが足りない人もいる。

 何を教えても、対して育たない、そんな諦観。

 鞘から御霊刀を抜き放つまでの教授は、それと似たような物を漂わせていた。

 それはつまり、


(「神谷さんは、俺の事あまり話さなかったと言う事かな?」)


 そんな想像が頭をよぎる。

 思い返すと、神谷さんは俺を妖怪の案件に関わらせたくは無さそうだった。

 あの夜、彼女に御霊刀を試された際の輝きはこの短刀の輝きよりも強く、神谷さんが書いていた報告書には必ず記載するべき事項のように思える。

 だと言うのに、この三郎渕教授の驚き様だ。

 もしかすると、神谷さんは俺を文化財第零課に関わらせたくはないのかもしれない。

 理由は……彼女のプロ意識とかだろうか?

 あの夜も、俺を三つ首の人面犬がいる現場へは遠ざけたし、素質があるとはいえ素人が関わっていい世界では無いと言う事かもしれない。


([聞いた範疇だとあのカタナを扱える連中は、ある意味選民思想的な考え方も混ざってそうではある。だからまあ、あり得ない線では無いだろうけど……しかしなあ?])

(【「コモン」がしらじらしい】)

(『ん~? どうだろう? そもそも彼女も「コモン」が戦う所を見ていないから、不確かな資質だけ言及するのを避けただけかもしれないよ? 多分違うだろうけど』)


 俺の頭の片隅によぎったモノを、皆が揶揄ってくるが、無視だ。

 俺にとってそんな都合が良い様なそうでもないような事が、早々起きるとは思えない。

 それよりも目の前の教授だ。


「何時までも霊刃を維持するのは、慣れていない身ではよくない。刀を納めてくれるかな?」

「……それもそうですね」


 一瞬たりとも俺の霊刃から目を逸らさなかった教授に言われ、俺は短刀を納め元通りに置く。

 そこで教授はようやく短く息を吐いた。

 そして、俺を改めて見据えると、こんな事を聞いてきた。


「君は、神谷から霊刃についてどれ程聞いているかね?」

「あ~……ええと、確か…何か妖怪を倒せる力、くらいです」


 御霊刀について俺が知っている情報は、神谷さんからの聞き齧った程度しかない。

 ただ実際振るった感覚からすると、それだけではないような気がする。

 ただ、それを表現する言葉が、俺の語彙ではなかなか見つからなかった。

 ああ、それでも神谷さんの言葉なら思い出せる。

 確か……、


「他には、この霊刃? の強さも個人差があるとか」

「その通りだよ。そして、君が示した資質は、非常に強力なものだ。君は神谷が妖怪に対処する姿を見たのだったね? その際、神谷も霊刃を発現させていたはずだが……このように光ってはいなかった、そうではないかね」


 そう、あの夜の公園で神谷さんが振るっていた御霊刀に、こんな光は宿っていなかった。

 難なく人面犬たちを切り捨てていたし、普段の文学少女的な姿からは想像もつかない動きを発揮していたのにも関わらず、だ。

 その一連の光景を思い出した俺は、教授に頷いた。


「本来御霊刀使いというのは、先ほどの君のように刀身を輝かせてようやく資質が認められるのだよ。その点、神谷も素養は高いが、まだ未熟でね。だからこそ、彼女はまだ見習い扱いというわけだ」


 そういえば、あの三つ首の人面犬と戦っていた忍者たちは、程度の差はあっても刀に光を宿していた。

 つまりあの姿が御霊刀使いの本来の姿、そういうことなのだろう。


 あの古墳では、そんな御霊刀使いたちが次々と妖怪を倒していた。

 その場に神谷さんも合流していたけれど、妖怪のせん滅速度は神谷さんが一人遅れていたように思う。

 実際、【ポスアポ】とマンイーターのイータが助けに入らなければ、少々危なかったほどに。

 だけどそれは、あくまで神谷さんが弱いと言う事ではなく、他の忍者達の技量が優れていたのと、あの場の妖怪の物量が異常だったのもあるのだろう。

 実際、俺が居なければ、公園での人面犬の群れは神谷さんでも対処が出来ていたのだから。


 そはいえ三朗渕教授の言葉は、神谷さんはやはりまだ未熟で、そんな彼女すら妖怪への対処に駆り出しているという現状への苦労が、かすかに混ざっているように思える。

 だからこそ、


「そんな神谷ですら戦力としている現状に、素晴らしい資質の持ち主が現れた。君という存在がね」


この場で資質を示してしまった俺は、三朗渕教授にロックオンされてしまったようだ。


「先ほどまでは、君に妖怪に対処する事の必要性を話させてもらったけれど、逆に協力してくれた場合について話そうか」


 そこから始まったのは、俺が仮に文化財第零課に所属した場合の恩恵と報酬についてだ。

 実際文化財第零課というのは、表立っては名乗れないものの一種の公務員であり、さらに官民一体の支援企業のサポートなどもあって、資金は豊富らしい。

 報酬金額は、ちょっとしたプロスポーツ選手の年俸程度だったのだから、ある意味とんでもない。

 そのほとんどが実質危険手当だとしてもだ。


([だがまあ、「コモン」はそこまで金には困ってねえんだけどな])

(『[サイパン]が野菜の仕入れ用に運用してる資金は、どんどん増えてるものね』)


 とはいえ「俺」自身は、金に困っているわけじゃない。

 『ファンタ』が言うように、[サイパン]が野菜の仕入れ用にこっちの世界でAIに常時資金運用をやらせているせいで、いつでも使える金は膨れ上がる一方なのだ。

 何なら、高校卒業後は即気ままな自由人を気取っても、馬鹿な散財をしない限り多分やっていけるだろう。


 ただ、そんな生き方は、俺には無理だ。


(「本当に狡い言い方だよ。あんな事聞かされたら、もう安心して気ままに生きるなんて出来る訳がない」)

([「コモン」ならそうだろうな。いや……俺も同じか。一度知っちまったら忘れられないのは、”俺達”の性分なんだろうさ])


 教授が言う社会の裏に潜む脅威を知った以上、何もしないと言うのは無理だ。

 俺にはそれに対処できる力があるらしいし、その脅威はきっと俺の身近な家族も脅かしている。

 そんなの……もしすべて忘れたふりをして、万が一のことが会ったら、後味が悪いなんてどころじゃない。

 きっと俺自身が俺を許せなくなる。


 となると、この教授の勧誘も無碍には出来ない訳だけれど……、


(「とはいえ、いきなりは無理なんだよなあ」)

([そりゃそうだ「コモン」のフリーな時間が今無くなるのは困るぞ。俺達の為の物資の仕入れはどうなるんだ])

(【こっちはしかつもんだい!】)

(『僕もまだ「コモン」の伝手で知りたい事は多いから、今それが無くなるのはね……』)


 少なくとも猶予は欲しかった。

 何しろ皆にとっての俺は、重要な補給の急所だ。

 [サイパン]への食料の仕入れや、【ポスアポ】への食料の調達、『ファンタ』への各種書籍の購入や本の借り入れは、この世界で生きる俺でしか出来ない。


 話を聞く限り、もし今教授の勧誘を受けた場合、訓練や他の手続きなどで時間を持っていかれる様なのだ。

 流石にそれは、他の”俺”にとって拙い事になる。

 最終的に、御霊刀使い達に力を貸すにしても、今直ぐには無理だ。


 だから、俺は三郎渕教授にこう切り出した。


「お話は分かりました、三郎渕教授。ただ、今即座にというのは、難しいです」

「そうだね、君の人生に関わる事だ。だからゆっくりと熟考をしてくれたまえ。必要なら、神谷を通じて他の資料を手配しよう」


 教授も、俺の言葉はある程度予想出来ていたのだろう。手回し良く待遇などの資料を用意していた。

 一見教授の所属する大学への進路案内に見えるような、巧妙なものをだ。

 そして、それは俺にとっても好都合でもある。


「いえ、そうではなくて」

「……うん?」


「この大学進学後でもいいですよね? 指定校の推薦とかって貰えますか?」


 時間稼ぎと進路の問題。

 二つを同時に処理できる、コレは格好の機会なのだった。


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現在前作の書籍化作業により更新ペースが落ちております。

申し訳ありません。色々あって3月末まではそちらの作業にかかりきりになりそうです。

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