15 三人目 偽装倉庫 [サイバーパンク]世界のブローカー

 [サイパン]の世界では、都市が眠ることはない。


 治安が終わって人心が荒廃している世界だからこそ、繁華街は朝まで騒ぎ続けるし、それらで働く人々の要求を満たす業種もまた、夜こそが稼ぎ時だ。

 更に繁華街を縄張りとする犯罪組織が、まばゆいネオンサインの輝きの裏で、陰鬱な抗争を繰り広げ続ける。

 喧騒の裏で消音された銃声が響かない裏路地なんて存在しないほどだ。


 [サイパン]の店も、そんな繁華街の片隅にある。

 表通りから離れ、喧騒も消えかける様な場末も場末。犯罪組織も土地としての価値を見出さない、そんな一角の雑居ビル。

 他のテナントも軒並みシャッターが下りていて、[サイパン]の店も見事にそこに紛れていた。


 そんな表向きは潰れかけた、常時シャッターを下ろしている小物店は、そんな繁華街の喧騒がようやく収まる朝方に動き出す。


「さてと、今日もお仕事をしますかねえ」

「真っ当に労働してる企業労働者に喧嘩売ってる?」

「まさか。ああ、下で店番を頼むぜ」

「はいはい」


 そんな軽口を[AC]と交わし合いながら、[サイパン]が店舗の階段をのぼっていく。

 潰れかけた小物店はあくまで偽装だけど、この店はちゃんと用途がある。

 それが、この店舗の上の階にあった。


(「じゃあ『ファンタ』、商品の補充を頼むぜ」)

(『わかった。『ストレージ』!』)


 空調が整えられ、温度湿度も一定に保たれた倉庫。

 此処こそ、[サイパン]の店の本体だ。

 その一角に。『ファンタ』が『ストレージ』から取り出したマイバッグや店舗の使用後段ボールが並んで行った。

 俺が買い込んだ生鮮野菜や肉類などの食品だ。

 それらは、多目的ドローンが運搬用の箱へと詰め替えて、次々にエアダクトから飛び立っていく。

 行き先は、何人かの仲介業者だ。

 昨夜のうちに一定の顧客に向けて出した商品リストから、それぞれが選んだものを買い付けた形になる。

 仲介業者は、更に伝手を辿って富裕層に売りつけるのだろう。


 [サイパン]の世界は、朝が遠い。

 俺の世界なら朝日が差し込む時間帯だが、未だに暗い空を、ドローンたちがいくつもルートを変えて飛んでいった。


 □


(「本当、あんな程度の野菜がとんでもない値段で売れるよね」)

([工場で生産される類でも希少なんだぞ。おまけに、質も低い])

(『……こっちの普通の食べ物の味、[サイパン]が食べた時分かったけど酷かったよね』)

(【「コモン」と『ファンタ』の所の食べ物が美味しすぎるだけ】)

([マジそれな])


 ドローンを見送る俺達がそんなことを言い合う程度に、この[サイパン]の世界は食べ物が酷い。

 重金属を含んだスモッグが地表の大半を覆い尽くして、真昼に近い時間帯でしか、太陽の光が届かないからだ。

 大企業が力を持ちすぎた挙げ句公的機関が形骸化した結果、環境度外視の利益追求戦争が起きてしまったから、らしい。

 各企業は上辺だけは環境への配慮を謳っているけれど、基準偽装の数々と競争のための違法な開発が、自然環境へ致命的なダメージを与えても止まらなかった結果だ。

 企業競争の結果、そんな環境でも人は生きていける程に科学技術は発達したものの、それを喜べる奴は少ないだろう。


(「店売りの野菜を横流しするだけで、こっちの世界だと桁が4つは跳ね上がるのは、流石に引く」)

([じゃあ「コモン」は、自分の所の世界のメシを食えるのに、俺の世界のメシを喰いたいか?])

(「もちろん嫌だ」)

(【わかる】)


 特に、食の面は最悪だ。

 大半の農作物は、重金属を含んだ大気の中では生産できず、例外は、標高が数千メートルを超える高地位。

 極僅かに耕作可能な範囲は、企業間で激しく奪い合われているのも、真っ当な作物が希少な理由になる。

 庶民向けは、培養キノコ等を加工し生産された合成食が殆どだし、そもそも俺の世界で一般に育てられていた作物や家畜は、殆どが失われている。

 穀物メジャーや畜産業界もそういった企業間抗争に巻き込まれた結果だ。

 残された限られた種子も、工場生産に向かないと言う事で保管されたまま。

 むしろ面積の限られた範囲でひたすらに大量生産できるよう改良され、味を切り捨てた品種しか出回っていないほどだ。


 だからこそ、密かに、極限られた範囲で売り出された[サイパン]の野菜を始めとした生鮮食品は、富裕層に飛ぶように売れた。

 何しろ、既に失われた作物ばかりだ。

 限られた高地で栽培される作物も、本来の生産される環境とはかけ離れた場所での生産によって味は落ちているらしい。

 そういった意味でも、[サイパン]の野菜は別格の味だった。


([金を出して美味い物を食えるなら、出せる奴は皆手を出す。当たり前の話だ。それも富裕層ってのは、お互いにマウントを取りたがる。希少な物を食ってると自慢したいやつが多いのさ])

(「それ、味よりも情報を食べてない?」)

(【情報は食べ物?】)

(『【ポスアポ】、多分思っているのとは違う意味だよ』)


 そうやって俺の世界の野菜で利益を得た[サイパン]だけど、同時にあくまでそれは裏のルートだ。

 真っ当な流通経路ではないし、そもそも[サイパン]の世界にはない作物の出どころを探られると拙い。

 だからこそ、ドローンを始めとした幾つかの偽装経路や偽装倉庫、仲介業者を経由しての販売になっている。


(「あのドローン、使い捨てなんだっけ? もったいない」)

([追跡されるわけには行かないからな。その分の金は毟り取ってる])


 もっとも、そこは裏の世界。

 幾ら情報を秘匿しても、嗅ぎ付けてくる者は居る。

 それが、儲け話に一枚嚙みたいと言うのならまだマシで、貴重品を奪う事しか考えていないスラッシャーさえもよってくる。

 企業の治安部──軍隊と警察と警備会社を足して過激さを倍掛けしたような連中だ──の庇護を得られない以上、対策は必須だ。

 今飛ばしているドローンも市販品の量産タイプを使い、更にエアダクト経由で町の地下を通って経路を秘匿しているのだから徹底している。


 □


 そのまま、ドローンは全部飛び立っていった。

 俺が仕入れた分なので量も限られている分、あっという間だ。


([さて、これで今日の仕込みは終わったな……じゃあ、やるか])

(「やるって、何を?」)


 普段ならそのまま下の階に戻って、[AC]と暇をつぶす[サイパン]が、今日は違った。

 倉庫の一角、管理用PCの前に陣取ると、身体から出ているワイヤーを直結し始めたのだ。


([記録した俺達の視界を抜き出して、解析する。「コモン」、お前もいろいろ気になってるだろ?])

(「神谷さんの事か……確かに、気になるな。だがそんな事出来るのか?」)

([ああ、俺の記憶領域からなら、抜き出せる。あの一瞬で見聞きしたことも、見直せばわかることもあるかもしれねえ])


 [サイパン]は、自分の中の外付け記憶領域から、俺と神谷さんのやり取りをコピーしていく。

 すると、複数並んだモニターに、あの時の記憶が画像となって表示された。

 モニターには、普段目にしていた神谷さんの姿から推測される各種データが数値化されて、あの夜戦っていた彼女の可視化されたデータと重ねられている。

 それは、見事なまでに一致していた。


([……改めて照合しても、武器とコスチューム以外は、体型も音声波長も、「コモン」の知るあの嬢ちゃんのデータと合致するな。今思うと、昼間に【ポスアポ】が感じていた血の匂いは、こんな戦闘を頻繁にこなして手負いだった可能性もあるな])

(「神谷さん、体調も崩していたみたいだからな……」)


 次に表示されたのは、神谷さんが人面犬の群れと戦っている光景だ。

 普段物静かな彼女が、こんなに激しく戦う姿というのは、改めて見ても余りに意外だった。


(『ん? あれ? 気のせいかな……?])

([『ファンタ』、どうした?])


 神谷さんと人面犬との戦闘を見ていた『ファンタ』の意識が、不意に首をかしげる感覚があった。

 [サイパン]が問いかけると、『ファンタ』は自信なさそうに続ける。


(『このカタナ、人とか斬れ無くないかな?』)

([ああ? どういうこった?])

(『ほらここ、拡大してみてよ』)


 言われるままに[サイパン]が神谷さんの刀を拡大すると、不思議なものが映っていた。


(「刃が、無い?」)

(『でしょ? 先は尖っているけどそれだけで、刃になってない』)


 彼女が振るっていたのは、刀の形をしているものの、模造刀の鋭さすらないナマクラだったのだ。

 ただ、俺の記憶の中でも、そして表示されている映像でも、人面犬たちは確かに切り裂かれている。


(『……そういえばさ、「コモン」の世界の物語で、中華系? の話の中に桃木剣とか銭剣とかあったよね。邪気を払うとか、悪霊を払うとかの設定の。アレも刃とかついてないよね?』)

(「もしかしてこの刀は、そういう物と同類って事か?」)

([……「コモン」の世界は『ファンタ』寄りの世界だったか。てっきりオレの世界寄りだと思っていたんだが])


 黒い靄になって消えていく人面犬。

 この黒い靄が、邪気や瘴気と言ったものだとしたら、『ファンタ』の推測は当たらずしも遠からずと言った所だろうか。

 もっとも、【ポスアポ】の銃や念動力でボス人面犬を倒せていたのだから、そういった特別な武器でしか倒せないと言う事も無い筈だ。

 所謂、特攻効果のある武器の類だろうか。


([となると……「コモン」にコレを突き付けていたのも、ちょいと話は変わって来るか。ナマクラなら素の「コモン」は切れないだろうしな])

(『どうだろう? 繋がってる僕達って十分異常だから、切られない保証無くない?』)

(「『ファンタ』、不安をあおらないでくれ」)


 一瞬[サイパン]の想定に、神谷さんとの話がやりやすくなりそうな気がしたものの、『ファンタ』の指摘で再び不安になる。


(【「コモン」、大丈夫?】)

(「……まあ、ちょっといい方向に向かえる目は出て来たと思うよ。あとは…[サイパン]、ちょっと夜までに手に入れて欲しい物がある」)

([おう、何が欲しい?])


 それでも幾らか希望の目が産まれた俺は、今夜に迫った次の番に備えて、[サイパン]に幾つかの物を手に入れるよう頼んだのだった。

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