第18話 奈由香と読書

「今度はこれやりたい!」


 奈由香がやりたいと言ったそれはクレーンゲームだった。




「これ、キリシオンじゃない? 私これ欲しいな」

「取ろうか?」


 唐突に来た好感度アップチャンスだ。これは取らなければならない。


「ありがとう! てかクレーンゲーム得意なの?」

「……得意だと思う」


 まあ二個ぐらいは取ったことはあるし、得意と言っても問題ないだろう。


「早速やりますか」


 と、さっそくクレーンを動かしていく。


「がんばって!」

「ああ」


 自信があるわけではないが、奈由香の悲しい顔を見たくはない。


「ああ!」


 落ちてしまった。だが、これはわかっていたことだ。クレーンゲームのアームは弱い。ただ、諦める訳には行かない。


「行け!」


 今度は落ちた時のことも考えて、掴む場所を変える工夫したが、落ちた場所は元の場所から一ミリ程度しか動いていない。やはり長い戦いになりそうだ。


「がんばって」

「ああ、頑張る」


 奈由香に言われて頑張らないのは男じゃない!


「うおおおお!」


 叫んだら取りやすくなるなんて決まりはないが、まあなんかあるだろう。


「無理か……」


 ただ、まだ七百円。千円も使っていない! 諦めるな雄太おれ


 それに心配そうに見つめる奈由香を喜ばしてあげたい。


「いけー!」


 結果二千二百円でキリシオンが取れた。まあクレーンゲームであることも考えると十分な結果だろう。知らないけど。


「ありがとう! 大事にするね」


 喜んでもらえたようだ。良かった。


「そういえばこれで思い出したんだけど……今日後で私の家に来ない?」

「なんでだ?」

「理由はさ、一昨日映画見たでしょ。私あの作品の小説版を持っているんだ」

「それって元々WEB小説だったやつ?」


 確かネットのサイトに投稿されてたのが元のはずだ。今も一応ネットで読もうとしたら読めるはずだ。読んだことなんてないけど。


「うん。私ハマって、全巻買ってたんだ」

「でもさあ、俺小説とか読んだことないんだけど」


 いくら知ってるやつとは言え、小説を読める自信が無い。


「大丈夫。小説とは言ってもあんな国語の授業でやるようなものじゃないから」

「そうなのか」

「うん、きっと大丈夫よ」

「分かった信じてみるわ」


 そう言う訳で二度目の奈由香の家訪問が決定した。俺は何回女子の家に行くんだ。


「いらっしゃいわが家へ」

「お邪魔します」


 奈由香はドヤ顔で言った。


 この前は四人だったからあまり緊張しなかったけど、今回二人きりだから緊張するな。こんな事考えてはいけないが、この状況はまるでデートだ。


「どうぞくつろいで」

「ああ」


 とは言ったものの、上手くくつろげる自信がない。前回は麗華たちがいたからただの友達の家と思えた。だが、今回は好きな人の家だ。落ち着くわけがない。


「はい! どうぞ」


 と、奈由香がティーを入れたカップを持ってきた。


「牛乳とか入れる?」

「じゃあお願いします」

「じゃあ牛乳入れるね」


 そして奈由香が牛乳のパックを斜めにして、そこから牛乳が流れていく。きれいだ。


「こうしてみると奈由香ってきれいですね」

「そりゃあね」

「じゃあいただきます」


 そしてティーカップを口につけて飲む。おいしい。


「おいしいです」

「それは良かった。じゃあそんなところで目的を果たしましょうか」

「ありがとう」


 そして奈由香は取りに行った。はあ、誉め言葉は言えるのに告白の言葉は言えない俺が嫌いだ。もう家にお邪魔している訳なのに。告白練習もしたはずなのに……


「お待たせー、とりあえず三巻まで持ってきたよ」

「何巻まであるんですか? それ」

「二十三巻までかな」

「長いなー、この文字ばかりの本がですよね」

「うん」

「すご」


 聞いた事があるのだ。小説一冊で漫画三巻分程度の量があると。


「私はすでに全巻読んでるし、好きに読んで」

「奈由香は?」

「私も別のやつ読んどくわ」

「そうですか」


 そして少しずつ読み始める。最初っから多い文字に若干吐き気がするが、これがあの面白いアニメになるのかと思い、少しずつ、少しずつ読んでいく。


 するとすぐに見知ったシーンが出てきた。主人公がゲームの世界に突入しようかしないかというシーンだ。このアニメはオープニングでそのシーンから始まる。


 この小説版では、その前にも軽く日常シーンがあってからの、ゲームの世界に行くというものらしい。段々と面白くなっていった。やはり知っているシーンが出てくるというのはいいものだ。


 これが小説の面白さというものなのか? という点についてはまだ良くはわかっていない、ただ読み始めた時の気持ち悪さとは反して、意外と読み進められるものだった。


「奈由香……小説バージョンも面白いですね」

「でしょ! 学校で読まされる小説も面白いけど、こっちも面白いの」

「わかります」

「でしょ」

「もう少し読み進めたいな」


 と言って再び読み始める。


 さらに読み進めて、よくこんな文字だけで表現できるなと思った。こんなの漫画とかだったら絵を一枚張るだけですべてが表現できるというのに。


 そしてしばらく経った。


 飽きた。いくら面白いとはいえ、俺は文字を読むのには慣れていない。そりゃあ途中で詰まるよなっていう話だ。正直に言うと奈由香には悪いが、アニメ版のほうが面白い。


「はあ」

「どうしたの?」


 ため息を奈由香に聞かれたようだ。聞こえないと思ってたのに。


「少し疲れて……」

「まあそりゃあ情報量多いからね」

「そうなんですよ。漫画みたいに一枚絵で表現してくれると見るの楽なんだけど」

「まあそこが小説版の良さなんだけどね」

「読むのに時間がかかるんですよね」


 漫画だったら頑張ったら十分で一冊読み終わるのに……。


「まあ仕方ない。応援するから頑張れ」

「はーい」


 頑張って読む物なのか? という疑問があるが、確かに後少し読めばアニメ第一話の終わりまでいける。そう思ったらもう少し読むのが良いのだろう。


 たしか一話の最後で、噛ませと闘う時に主人公が鍛えすぎたことに気づくシーンがあったはずだ。


 ここだ!


「おーい、お前、お前に言ってんだよ。この間抜け小僧」


 そうそう確かこいつめっちゃ煽ってくるんだよな。


「お前、ランキング最下位付近なんだってな。初期勢なのに。てかおい聞いてんのか雑魚?」


 で、主人公にぶん殴られると。


「黙れ」


 そして噛ませは口から血をふいて三メートル後方まで吹き飛ばされたとさ。


「はあ面白かった」

「どこら辺まで読んだの?」

「たぶん七十三ページまでくらいかな」

「おお、結構読んだね」

「初心者にしてはな」


 結構頑張ったぞおれ!


「だね。じゃあ今日中に一巻目指して頑張ろう」

「それはさすがにきつくない? だって三十分かけてこれだし」

「大丈夫。読みやすくなってるから」

「わかりました。頑張ってみる」

「がんばれー、あと。紅茶のお替り欲しかったら言ってね」

「はーい」


 そして再び奈由香を目の前にして読み始める。今だから思うが、奈由香の整った顔を見ながら小説を読むってすごいことだな。


 いや、だめだ。そんな気持ちで読んではならない。小説に集中するんだ。


「ふう」


 少し読んだところでまた飽きがきた。仕方ないところだけど、また本を閉じる。



「また疲れたの?」

「ああ、疲れた」


 と言って軽く寝転ぶ。


「あ、勝手に寝転んだけど、許可とってなかった」

「そんなこと言ったら私堂々と寝てたんだけど」

「確かに」


 杞憂だったようだ。


「まあ少し休憩」

「少し経ったら起こすわね」

「ありがとうございます。寝ないけど」


 そして完全に寝転ぶ。普通に小説読むの疲れるな。





「雄太、雄太」

「ん?」


 目の前に美少女がいる。奈由香だ。


「どうしたんだ?」

「いや、三十分寝てたからそろそろかなって」

「え?」


 ぱっと時計を見る。もう五時四五分だった。


「そろそろ帰らないとかなって思って」

「確かに」


 とはいえまだ帰りたく無い。ただ我儘を言うわけにはいかない。


「じゃあまた明日」


 と、抱きつかれた。


「だからなんで抱きしめるんですか」


 照れる。普通に好きな人に抱きつかれている状況ではやはりニヤつきを抑えるのがやっとだ。


「俺本当は帰りたくないです」


 抱きついている奈由香にそう告げた。


「なんで?」

「まだ遊び足りないから」


 理由はつけたものの、本音を言えた。帰りたい、こんな楽しい時間を終わらせなくない。


「じゃあ明日も来る?」

「うん!」


 やっぱり言ってみるものだなと思った。これで約束を取り付けられた。明日の放課後もきっと楽しくなるぞ。


「あ、そうだ一巻借りて良い?」


 まだ読めていない。家で読むかどうかはわからないけど。まあ多分読むだろ


「良いよ!」


 そして一巻を手土産に帰路についた。

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