第6話 恋敵

 次の休み時間


「ちょっといいか?」


 クラスの金髪の男子、前田篤樹まえだあつきに声をかけられた。


「はい、なんですか?」

「とりあえず外に出ろ!」


 俺は分からないまま彼の言う通りに外に出た。普通に怖かったからだ。


「なんであの人と喋ってるんだよ!」


 前田は猛々しく俺に話しかけた。



「昨日の放課後に二人きりになった時に仲良くなったんだよ」


 俺は少しビビりながらも答えた。


「なるほど、だがなあ俺にとっては彼女が好きなんだよ。だから手を引いてくれないか?」


 ああ、なるほど。どうやら俺が奈由香さんのことが好きだから、俺が猛アピールして友達になったと思ってるらしい。


 俺が奈由香さんのことを好きなことはあってる。しかし、俺が猛アピールしたわけじゃない。彼女が友達になろうと言ったのだ。別に俺にとっては引き下がるも何もない話だ。だが、手を引いてくれないかと言われたら、いやだ。俺は奈由香さんのことが好きなのだ。なので、怖いが俺も徹底抗戦しないといけないようだ。


「俺には手を引くわけにはいかない。俺たちが友達になったのは俺の意思じゃなくて彼女の意思なんだよ。すまないけど手を引くことはできない」


 俺は強く言い返す。言い返してる途中でふと思ったのだが、俺はよくここまで人に強く言えたな。奈由香さんから勇気をもらったのか? まあそれはいい。問題はこれで彼が引き下がってくれるかどうかだ。


「俺は、お前みたいな無口で、積極的に学校行事にも参加しない、部活にも入らないようなやつと霜月さんとが楽しそうに笑ってるのが気に入らないんだよ」


 俺はこれを聞いてようやく気づいた。この人はただ嫉妬しているだけだ。ならさっきまで少しだけ震えてたのはなんだったんだろうか。別にこの人相手ならビビる必要なんてないじゃないか。


「嫉妬しないでくださいよ。あなたは俺が奈由香さんと話してるのが気に入らないだけなんでしょ。最初はそれっぽいこと言ってたけど、今は論理性とかも何もないじゃないですか。俺は奈由香さんがあなたのことを好きになるとは思いません」


 まだ少しだけ怖いけど、なんとか自分の主張を言い切った。


「てめえふざけんな」


 彼は手をグーに握り俺に殴りかかろうとする。俺はそれが怖くて思わず目をつぶってしまった。


「あれ、痛くない?」


 すると目の前には奈由香さんがいた。


「なんであなたが?」


 彼が言った。


「私は最初から話を聞いてました。最初は助けようかなと思ったけど、雄太くんが言い返してるのをみて、放置してたの。でもあなたが殴りかかろうとしたから雄太くんを助けに来た。私はあなたみたいな言葉で勝てないと踏んだら暴力に訴えるような人になんかに比べたら雄太くんの方が百倍好きです。帰ってください。そして雄太くんに謝ってください!」


「あ、ああすまん」


 そう言って彼は頭を下げて、目線を下に向けたまま帰って行った。俺は奈由香さんが言った百倍好きですと言う言葉が気になる。なにしろ彼の奈由香さんのことが好きだと言う言葉を聞いた後なのだ。彼を貶すためだけに言った言葉とはどうしても思えないし、心なしか嬉しくなる。


「ふう、気持ちいい!」

「気持ちいいんですか?」

「だって、あんな言い方されたらさ、私だってムカつくよ。雄太くんの悪口をいっぱい言ってくるんだもん。それと別にあいつの言うこと気にしなくてもいいよ。さっきのあなた、カッコよかったし、あなたのいいところは私が知ってるんだから」

「ありがとうございます」


 俺にとっては最高の褒め言葉だ。


「また敬語になってない?」

「ああ、すみません」


 言われて気づいた。


「それも敬語だからね。てかまたビンタしようか?」

「あれ阻止力ないよ、痛くないんだから」

「そう、なら威力を上げようかな」

「やめてくれ」


「キンコンカンコンキンコンカンコン」


 チャイムがなった。


「ちょっと時間見てなかった」

「時間大丈夫かな」


 少し遠出したから、教室までは十五秒ぐらいかかる。


「でも先生入ってきてなかったから大丈夫なはず」


 奈由香さんは向こうをちゃんと見てたようだ。そして俺たちは走り出す。


 結果はギリギリセーフだった。





「よし、この問題を有村、お前に解いてもらおう」


 授業中、さっき奈由香さんが言っていた褒め言葉の意味を考えてた俺にとって、当てられることは全く予想していなかった。


「えーと」


 俺は必死で答えを考える。だが、俺の願いとは裏腹に答えは出てこない。この世界史の登場人物の名前はなんだったか。


 向こうから気配を感じる。俺は見ると奈由香さんがていせいこうと指の形でなんとか作っているようだ。もはやその指の動きを見ると、バレてないのが不思議なぐらい、堂々とした動きだ。だが、普通にありがたい。


「鄭成功です」


 俺は名前を言う。奈由香さんはその瞬間嬉しがってるように見えた。良かった、俺は彼女の望みを叶えられたようだ。


 授業後


「ありがとうございます! 教えてくれて」

「うん。明らかに予想してなかったような顔をしてたから」

「そんな顔をしてました?」

「してた! してた!」

「そうですか。でもあの動きたぶん次にやったらばれますって」


 結構大胆な動きだったと記憶している。


「そう? 私は結構いいやり方だと思ったけど」

「いや、たぶんすぐにバレると思います」

「そんな辛辣なこと言わないでよ!」

「あはは」

「なんか雄太くん、明るくなったね」

「え?」

「前は死んだような顔して学校来てたから」

「そんな感じだったんですか!?」

「うん。私が声をかけたのもそう言うところがあるし」


 そうか、同情だったのか。少しだけ自惚れてたかもしれない。俺を好きなんだと言う可能性を考えてたことが。そう考えると俺は虚しくなってくる。友達になれたことは嬉しいが、彼女、奈由香さんが俺のことを同情だけであんな提案をしてたのか……。


「そうなんですか……」


 俺は少しだけ悲しい顔をしてたかもしれない。彼女に気づかれてなかったらいいのだが。



「悲しい顔しないでよ」

「悲しい顔なんてしてませんよ」


 恐ろしいことに彼女は気づいていたらしい。


「私は別に死んだような顔をしてたから声をかけたわけじゃないわ」

「ならなぜ?」


 俺は聞く。もしかしたら一介の希望があるかもしれない。


「私は元々あなたと、雄太くんと仲良くなれたらいいなと思ってたの。まあ直接的な表現をすると、気になってたの。そうじゃ無かったら誘ってなかったし」


 どうやら俺のことを気になってたらしい。それが好きなのか、それとも友達になりたいからかそれは分からないが。同情だけじゃ無いと言うことを知れて、嬉しくなる。


「そうですか、ありがとうございます」

「でも敬語はやめなさいよ」

「うぅ、善処します」


 そしてまたチャイムが鳴る。

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