許されない罪を胸に秘め、貴方のもとへ嫁ぎます。

kouei

第1話 捨てられた愛

 薄暗い部屋の中、差し込む月明り。

 傍らのサイドテーブルの上に置かれたランプだけが、

 部屋に柔らかい光を放っていた。


 ベッドには、今日夫となった男性ひとがいる。

 今宵、私はこの人に抱かれなければならない。

 そうしなければ……!



 この人に、お腹の子を自分の子と思ってもらうために!!




◇◇◇◇



 私はルクス・サンティエ。

 身分は男爵家だが、豊かな領地を所有していたため資産はあった。


 そんな私に縁談が舞い込んだ。

 お相手は、借金だらけで貧乏貴族の次男であるティミド・ベルキス子爵令息。


 サンティエ家は子爵家と縁戚になれるメリットが、ベルキス家は借金を返済できるメリットがあり婚約が成立。


 よくある政略結婚だったけれど、私はティミド様の端麗な風貌に魅了された。


 長く美しいマロンブラウンの髪を後ろに結び、私を見つめるコバルトブルーの瞳は

とても澄んでいた。


 反して私の髪は黒味を帯びた茶色に黒い瞳。

 貴婦人を見慣れているティミド様からしたら、さぞ地味な女に見えるだろう。

 けれど彼はそんな私にとても優しく、そして愛して下さった。


 結婚すれば私は子爵夫人。彼に恥をかかせないためにも、さらに貴族の習わしやマナーの勉強に勤しんだ。


 そしてある日の夜、私は彼に求められた。


「どうせ結婚するのだから…いいだろ? 君を愛しているよ、ルクス」


 私は躊躇せずにはいられなかった。

 結婚前に身体を許す事は、はしたない事だと教えられてきたから。


 けれど彼の言う通り、私たちは結婚の約束をしている。

 それに………拒んで彼に嫌われたくなかった。

 何よリ私は彼の事を愛してる。



 だから、私は彼に全てを捧げた―――…



 しかしこの夜を境に、彼からの連絡が少しずつ減っていった。

 たまに会っても身体を求められるばかり。

 そしてしまいには、彼からの連絡が来なくなった…


 私から手紙を出しても返事はなく、

 会いに行っても、留守だと追い返される。


 きっと借金返済のために忙しいのよ。

 我が家に頼るだけでは心苦しいと思い、彼は努力をしているのよ。


 私はそう思っていた……そう思うようにしていた…


 そんな日々を繰り返してどれくらい経った頃だろう…

 私は自分の身体の変化に気が付いた。


 月のものが来ないし、食欲もなくなった。

 時々眩暈がしたり、熱っぽく感じる事もしばしば。


『もしかして…』

 当然、心当たりはある。


 母に相談しようかと思ったが、出来なかった。


 最近、父の様子がおかしかったから。

 話をしても上の空で、いつもボーッとしている。


 そして何か話があるそぶりをみせるけれど、結局何も話してはくれなかった。

 そんな父を心配している母に相談できるはずもない。


 私は家族に内緒で、ひとり病院へ行った。


 検査結果は……やはり妊娠していた。


 愛する男性ひとの子供が今、お腹の中にいる。

 世界中の幸せをひとりじめしたような気分だった。

 ああ…早く、父親である彼にしらせたい。


 …けれど…


 幸せな気持ちと同時に、ある不安が頭をよぎった。

 最近、妙な噂が耳に入るようになったからだ。


 ティミド様がとある子爵令嬢に見初められ、婚約したという話。


 …ただの噂よ。

 私たちは愛し合っている、この子もいる。

 私はティミド様を信じていた。


 今日こそは彼に会うわ!

 

 そう決心し、ティミド様の屋敷を尋ねた。

 対応した執事は、いつも通り私を追い返そうとする。

 けれど今回は引き下がるつもりはなかった。


 この子の事を彼に伝えたい。

 だから簡単に帰る訳にはいかないわ。


 根負けした執事は一旦家の中に戻ると、ティミド様が出てきた。

 最後に会ったのはいつだったろう…


 久しぶりだというのに、いかにも迷惑そうな表情を見せ、

 私の腕を掴み馬車に乗り込ませた。


「出してくれ」


 彼は明らかに不機嫌な顔をしていた。


「――ったく、ここに来るなんて…」


 舌打ちをしながら、けがらわしいものを見るかのように私に視線を向ける。

 こんな目で見られたのは初めだ。


「今、が来ているのに、こんなところ見られたら面倒な事になるだろ!」


「こ、婚約者って…どういう事ですか? 私たちは…」


「そんなもの破棄に決まってるっ 僕は子爵令嬢と結婚するのだから!」


「!!…う、噂は…本当だったの…?」


「金はあっても地味なお前に、いつもうんざりしてたんだよ。それに結婚前にも関わらず、簡単に男に身体を許すようなだらしない女を本気で好きになる訳がない。そんな当たり前の事も分からない教養のない女なんが僕の妻としてふさわしいはずがないだろ?」


「わ、私はあなたを愛していたから! あなたと結婚の約束をしていたから!」

 だから婚姻前で躊躇したけれど、全てを捧げたのに…! なのに…!!


「資産がなければ男爵家のおまえなんかを相手にするわけがないだろ? 慰謝料なら多めに払ってやるよ。彼女は子爵家の長女だから、結婚すれば将来僕が子爵家当主になる。君の父親が婚約不履行で訴えるとか言っているけど、やればいいさっ 余計な恥をかくのはそっちだ。男にだらしない女ってさっ 本当、親も教養がなさすぎて笑えるよ!」


「!!」

 

 パン!!


 私はたまらず彼の頬を打った。

 …お父様…婚約破棄の話が来ていたから、だから最近様子が変だったのね。


「この…っ」

 バシ!


「あっ!」

 彼は私を殴り返した。


 ドンドン

「止めてくれ!」


 馭者に馬車を止めるように指示をしたティミド様は、

 私に怒鳴り始めた。


「この俺に手を上げるとは何様のつもりだ! 二度とその顔見せるな!」


 彼は馬車の扉を開くと私の腕を乱暴に掴み、引き摺り降ろした。


「きゃあっ!」


 私はバランスを崩し、道に倒れ込む。


「馬車代だ。感謝しろよっ」

 彼は懐から出したお札の束を私に投げ付けると、馬車に乗り込み走り去った。


 目の前には何枚ものお札が宙を舞う。


 ああ…私を愛していると言ってくれた彼はどこに行ってしまったの?


 いいえ……最初からいなかったのかもしれない…


 本当は連絡が取れなくなった時から感じていた。

 彼が私を愛していなかった事に…


 けどそれを認めたくなくて、自分の都合のいい解釈で彼を信じ続けて…バカみたい…


 風に吹かれるお札を眺めながら、私の目には何も映らなかった。


 ポツ…ポツ…

 ザー…


 散らばったお札は、突然降ってきた雨に濡れ、地面と同化していく。

 私はゆるりと立ち上がり、彷徨うように歩き始めた。



 あなたとの赤ちゃんが出来て、この世の祝福を一身に受けたような気持ちだったわ。

 なのに、この子の事を話すもなかった…


「……この子は私の子よ…あなたが愛さなくても私が愛してる…っ」


 私は自分のお腹を守るようにそっと両手を当てた。

 でも…お父様に知られたら、堕ろすように言われるだろう。

 婚約破棄の上、子連れの女性を娶ろうと思う方がいるはずがないもの。

 

「うっ!」


 お腹に痛みが走った。

 

 いた…っ

 ど…しよ…病…い…ん…


 ふらつきながらも歩こうとしたが、力が入らず足元から崩れ落ちた。


 突然の雨に、目の前で人々が行き交う。

 誰も私に眼もくれない。



 誰か…誰か…赤ちゃんを助けて…!!



 意識を離す前、伸ばした手を掴むぬくもりを感じ、

 優しい声を聞いたような気がした…


『大丈夫…大丈夫だから』















 

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