【てんとれ祭】ルイスの飯テロ!?

ふむふむ

【てんとれ祭】美味しいお魚が食べたい

 とある港街の小さな飯屋で、僕は兄さんと二人、簡素な丸テーブルを挟んで座っている。


「ティト、秋と言えば何だ?」


 蜂蜜酒ミードの入った木製のジョッキを、ドンと音を立ててテーブルに置くと、兄さんがいきなり問いかけて来た。


「やっぱり秋刀魚サンマですよね?」


 僕が勢いよく答えると、なぜか兄さんは少し複雑な表情かおをした。


「あっ。ああ……。まあ秋刀魚サンマもそうなんだが……。俺が言いたいのは『戻りガツオ』のことだ。ちょうどこの時期は、北の海でたっぷり栄養を蓄えたカツオが南下して、この辺りの海に戻ってくる。それが、脂が乗って激うまなんだよ」

「おっ! それ、聞いたことがあります。それはぜひ食べてみたいですね」

「だろ? 明日の朝、近くの港に水揚げされるって情報を掴んだんだ。だから、最上級の『戻りガツオ』、盗みに行くぞ」


 そう言うと、兄さんは嬉しそうに口の端をあげて笑った。





 翌早朝、僕たちは船着き場のすぐそばにある建物の屋根の上にいた。


「水揚げの瞬間を狙う。ティトは一番おいしそうなカツオを探してくれ」


 そう言うと、兄さんは弓と矢を取りだした。矢の後ろの部分には、丈夫な白い糸がくくり付けられている。


 しばらくすると、船が港に入って来て目の前に接岸した。

 係留が終わって、船が固定されると水揚げがはじまった。たくさんの木箱が陸に並べられていく。その中には、カツオが詰め込まれた木箱もあった。

 僕は目を凝らして、カツオたちを見る。


 どれも、これも脂が乗っていて、色つやも良く美味しそうに見える。

 その中でも、一番おいしそうなカツオを探す。


 見つけた! 他と比較しても一段と輝いて見える。


「兄さん、右から2つ目の箱。左端のやつが美味しそうです」

「分かった」


 僕が、そのカツオを指差すと、兄さんは小さく頷く。

 そして、きりきりと弓弦ゆづるを引き絞る音がしたと思うと次の瞬間、矢が放たれていた。

 矢は、まっすぐに僕が指したカツオに向かって飛んでいき、吸い込まれるようにその中心部に突き刺さった。


 すぐに兄さんが矢に括り付けた糸を引っ張る。すると、一本釣りのごとくカツオちゅうに舞った。

 一瞬の出来事に、漁師たちは気付いていない。いや、気付かれないタイミングを兄さんが選んだんだ。


 カツオは緩く放物線を描いて、僕の腕の中へと飛び込んできた。


「よし、ティト逃げるぞ」


 兄さんはそう言って、きびすを返す。

 逃げる直前に、金貨を1枚、船の上に立っている漁師に向かって投げるのが見えた。

 その金貨は、緩く弧を描きながら漁師の方へと飛んでいき、漁師の腰にあたると、そのままその下のポケットへと納まった。





 昼前、僕たちはいつもの飯屋にやってきた。まだ、開店直後で、お客さんは僕たち以外いない。


「おやじ! このカツオ、料理してくれ」


 兄さんは、先ほどって来たカツオをおやじさんに手渡す。


「ほお、これは見事なカツオじゃねぇか。旨そうだな」


 おやじさんが目を輝かせて、そのカツオを見た。


「どんな料理が食いたい?」

カツオのタタキが食いてぇ。それ以外は、おやじに任せるよ」

「あいよ」


 おやじさんは、返事をすると奥の厨房に引っ込んだ。




 待つことしばし。

 一品目が運ばれてきた。最初は兄さんのリクエスト、鰹のタタキだ。

 大皿に二段に並べられたそれは、表面が炙ってあり、焦げるぎりぎりの色合いをしている。それが1センチを超えるほどの厚さに切り揃えられていた。外側以外は生で、その切り口は、たっぷりとした脂によっててらてらと光って見える。

 大皿の周りには、岩塩、醤油、わさび。それからすりおろしの生姜に、刻みネギとガーリックチップといった様々な薬味が並べられていた。


「さあ、食うか」


 先に兄さんが箸を伸ばす。

 大胆に中央付近にある1枚を箸で掴むと、岩塩を少しだけつけて口に放り込む。一口食べただけで、兄さんの顔が緩むのが分かった。


「旨い。これは、やべぇよ。ティト、お前も早く食ってみろ」


 兄さんに促されるままに僕も箸を伸ばした。

 兄さんに倣って最初は岩塩だ。


 肉厚の鰹の身を一切れ、口の中に放り込んむ。

 最初に感じたのは、香ばしい香り。たぶん、表面を炙るときに藁を使ったのだろう? 香ばしい香りの中に、わずかに藁の香りが広がった。それが鼻孔を抜ける時、なんとも幸せな気分になる。

 歯を身に立てると、ほどよい弾力を感じる。その弾力を楽しみながら噛み切ると、脂の甘味あまみ旨味うまみがじわりと口の中に広がった。少量の岩塩が、さらにその旨味を引き立てる。それと同時に鰹の身の爽やかな香りが鼻孔を抜けた。

 僕は、驚くほどの美味しさに目を見開く。


「なっ? 旨いだろ?」

「はい。これは、いくらでも食べられます」


 他の薬味も試してみたが、どれもカツオの味を引き立てていて旨い。

 美味し過ぎるものを食べると人は無言になると言うが、その通りかもしれない。僕たちはしばらく無言でカツオのタタキを口に運んでいた。



 しばらくすると二品目が運ばれてくる。

 二品目は、シンプルにカツオの刺身だった。

 綺麗な赤み部分だけを使って、先ほどのタタキの半分くらいの薄さに斬られ、大皿に花が咲いたように並べられている。こちらには、芽ねぎと生姜が添えられていた。


 刻んだ芽ネギとあらずりの生姜を少量乗せ、醤油を少しだけつけて口の中へと放り込む。

 先ほどのタタキと違い、その身は香りも味もさっぱりとしている。

 それに、芽ネギの香りと食感、生姜のアクセントが加わり、口の中を清涼感のある風が通り過ぎたような感覚がした。

 だが、その後にしっかりと鰹の味を残していく。

 同じ鰹でも、これほどまでに違うことにびっくりした。


 ふと兄さんのほうに目を向けると、兄さんも幸せそうな顔をしていた。この顔を見られただけでも、早朝から頑張った甲斐があったというものだ。


 その後も、鰹のステーキに、フライのタルタルソースがけなど、いくつかの料理を運んできてくれた。そのどれもが美味しく、最後はお腹のベルトを緩めなければならないほどだった。



 それから、しばらくすると昼が近づいてきたのか他の客たちも入ってくる。


「おっ、カツオのタタキか。いいねぇ。おやじ、こっちにもくれ」

「そういやぁ、王都で流行っている魔女イーリスの星占い。今月のラッキー飯は『戻り鰹のタタキ』って言っていたな」


 客の誰かが言った。


「お、今月のラッキー飯か。おやじ、こっちにも鰹のタタキをくれ」

「おう。こっちも頼む」


 お客さんたちの声が重なる。


「兄さん、もしかして『戻りガツオ』を盗みに行った本当の理由って……」


 僕の言葉に、兄さんは慌てて視線を逸らした。

 兄さんが、占いを信じていたなんて。いつも、かっこいい兄さんの意外な一面が知れて、僕はちょっと嬉しくなった。



『参考・引用/蜂蜜ひみつ/てんとれないうらない/第70話 今月のラッキー飯 戻り鰹のタタキ! 9点』

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る