第13話 リヒトラント協定

 防衛戦の三日後。

 議長邸の協議室で、アスカはジャニスたちと協定案について話し合いに臨んだ。


 テバレシア王国側は、アスカ。

 ゴウマ側は、ジャニス議長、セシル区長、そしてヨゼフ区長。


 という顔ぶれだ。ヨゼフ区長は白髪に水色の瞳、深い皺の入った顔が年輪を感じさせる最長老。年齢は八十歳を超えるという。


 同じ部屋にファブレガスとリータも控えている。


 席に着いた四人は軽く挨拶を済ませ、すぐに話し合いを始めた。

 アスカの正面に座るゴウマ議長ジャニスが口を開く。


「はじめに確認しておく。我々はテバレシアとの間で友好関係を築いていくことに異論はない。だが、貴国に臣従するつもりはない」


 防衛戦以降、ジャニスとアスカはお茶や食事をともにしたりして親交を深めたが、さすがにこのような場で甘い顔をすることはない。


 アスカは頷いて答えた。


「ええ。もちろんです。ゴウマの自治を保障しましょう。わたくしからの提案は、先日、そちらへお届けした通りです」


 アスカはこの話し合いに臨む前に、あらかじめ彼女が作成した協定案をジャニスに示していた。

 その内容は以下のようなものだ。


 ①魔導技術開発の提携。

 ②魔導具職人がゴウマ以外へ移動または移住する場合、リヒトラント領主の許可を得ること。

 ③魔導具制作の素材調達および魔導具の他国への販売は、リヒトラント領主に委託しておこなうこと。

 ④隣国ウェルバニア王国がテバレシアへ侵攻してきた場合、ゴウマはリヒトラント領に協力すること。


 防衛の魔導具を筆頭に、この城塞都市の魔導技術、魔導具はテバレシア王国にとって脅威となる。これらの流出を防がなくてはならない。そして隣国ウェルバニア王国が攻め込んできた場合、ゴウマが彼の国に味方するようなことがあればさらに厄介だ。


 これに加えて、王太后ミランダから出された課題のこともある。


 そこでアスカはテバレシア王国に従属しているように見せかけながら、ゴウマの自治を保障するかたちを考えていた。


「もうひとつ、確認してもよろしいですか?」


 やわらかな笑みを浮かべながら、セシルが発言を求めた。


「なんでしょう?」


「先日頂いた協定案は、アスカ王女、あなたがリヒトラントを統治することが前提になっています。あなたではなく、別の方がリヒトラントを治める場合はどうなるのでしょう?」


「残念ですがその場合、協定の履行は難しいでしょう」


 アスカの言葉を聞いたジャニスは俯き加減にため息を吐いてから、顔を上げてアスカに視線を向けた。


「アスカ、この協議は非公式扱いで、ここにいるのも私とセシル、最長老だけだ。最長老とは面識はなかっただろうが、ここは腹を割って話さないか?」


 すると、ジャニスの隣に座っているヨゼフ区長が口を開いた。


「姫様、ワシは親テバレシア派でも、ましてや親ウェルバニア派でもありませんぞ。生粋のゴウマっ子ですからの。といっても、議長や死んだエインズのように独立維持派でもありませぬ」


「え、ええと、では?」


「ワシは、『姫様派』ですじゃ! ほっほっほ」


 ヨゼフ区長が胸を叩いて笑う。


 その様子を見たセシルはため息を吐き、ジャニスは額に手をあてて頭痛ポーズをした。


 思わぬ援軍を得たハズのアスカは、言葉を失っている。

 初対面のおじいさんに「姫様派ですじゃ」と支持を表明されても、どう答えて良いのか分からない。


「そういうワケだ。何があっても、ヨゼフ翁はお前の支持者だ。それでだ、お前がリヒトラントの領主ならない可能性はあるのか?」


 アスカは目を閉じて頷いた。


「ええ。わたしがリヒトラントの領主になるには、おばあさまの支持が必要なの。おばあさまは、わたしをリヒトラント領主に推薦する条件として、ゴウマをテバレシアの支配下に置くことを求めてきた」


 アスカとジャニスが初めて顔を合わせたとき、アスカはテバレシアの大貴族たちがゴウマの従属にこだわっていると話した。

 けれどもジャニスは、アスカがそのことを自分に伝えた理由を図りかねていた。


「そういうことか」


 ジャニスは納得した様子で、セシルの方へ顔を向ける。

 セシルはアスカが届けた協定案に視線を落とした。


「なるほど。この協定案はゴウマ経済の根幹である魔導具をおさえたうえで軍事的協力関係を構築し、ゴウマがテバレシアに従属しているかのように見せかける意図ですか」


 セシルの言葉にアスカが頷く。そこへ、ヨゼフ区長が発言した。


「じゃが、姫様のおばあさまというのは、あのミランダ王太后じゃろ? この協定内容で納得しますかのう?」


「もし我々が、テバレシアに臣従しない場合は?」


 セシルがアスカに尋ねる。アスカは言葉に詰まったようだった。


「武力制圧しろということだろう。ペンドラ侯爵と変わらないな」


 ジャニスはアスカの様子を見て察したらしい。


 アスカは俯いた。今の彼女なら、ミランダが「従属」にこだわった理由が分かる。これほどの戦闘力を有する都市が、自治都市として国内に存在しているのだ。加えて、魔導士バーリンが残した魔導具の数々。放っておけないのは確かである。


 すると、ただでさえ皺の深い顔に、さらに皺を作ったヨゼフが口を開いた。


「そこでじゃ、姫様。ふたつほど、ご提案させて下され」


 アスカたちの視線が、ヨゼフに向けられる。


「ひとつ、リヒトラント領民がゴウマに入都するさいの入都税を免除いたしましょう。王領の住民から入都税を徴収しないということなら、臣従の意思があると考えることもできますじゃ。ふたつ、リヒトラント城の修繕にゴウマから資金、資材、労力、技術を提供いたします。王領内の城や都の整備、治水事業などは、多くの場合、国内の領主たちが負担しますからな。どうじゃろう?」


「ええっ!?」


 望外の申し出に、アスカは目を丸くした。とくに二つ目の提案は予想外のものだった。

 テバレシア王国王領にある城の修繕に資金、資材、労力を提供するなど、国王が領主に課す賦役と変わらない。臣従している者がすることだ。


 アスカはジャニスとセシルの方を見た。ふたりはこのような提案に納得するのだろうか。


「ふむ。テバレシアに臣従の態度を見せるようなかたちになるが、それでもアスカがリヒトラントを治めるなら他の区長たちも納得するだろう」


「そうですね。テバレシア王都の改修なら私もお断りですが、アスカ様のおられるリヒトラント城の修繕なら喜んで応じましょう」


「???」


 こうして、アスカが当初考えていたコトとは思いもよらぬ方向に話が進み、あれよあれよという間に協定原案が作成された。


 後世の歴史家たちが「リヒトラント協定」と呼ぶ協定の原案である。


「では、この協定原案をゴウマ議会に諮ることにしよう。お前は、その協定案をテバレシアに持ち帰り、王太后に見せるといい。ああ、それから議会には、お前にも出席してもらう。いいな?」


「え、ええ。わかったわ」



 そして議会当日――。


 ゴウマ中央塔本会議場で臨時議会が招集され、協定原案の審議が行われた。


 中央塔二階にある本会議場は、議長席・演壇をかなめとして広がる扇形のホールだ。


 本会議場内は白い大理石の壁に囲まれ、床にワインレッドのカーペットが敷かれている。天井に設置された大きな円い光石灯が、議場内を明るく照らしていた。

 

 会議場入口から入って正面奥に、黒檀でつくられた大きな横長の演壇、演壇前に議長席がある。

 そして八席の区長席が議長席、演壇を扇状に囲む。 


 本日の出席者は、議長ジャニス、セシル区長、ヨゼフ区長のほか二名の区長、そしてアスカを含む六名。


 エインズ区長が死亡し、ウェルバニア派ロバート区長とテバレシア派の区長二人は失踪。現時点で一名の欠員、三名の欠席が生じた。


 議事に関して『コード・ゴウマ』という法典には、議長または区長二名以上の要請があれば臨時議会を開くことができ、議長のほか区長四名の出席があれば審議できる旨定められている。


 今回の臨時議会は、セシル区長とヨゼフ区長が議長ジャニスに要請するかたちで招集された。

 議長ほか区長四名が出席したので、無事、審議を行うことができる。


 まず、ジャニス議長から協定原案の説明が行われ、その後、協定原案の審議に入った。


 ここで、協定原案に異を唱えた者がいた。

 バレージというウェルバニア派の区長である。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る