レクスタリア流星雨 王都の冒険者たち

たくあん魔王

冒険者は儲からない

冒険者は儲からない 1

「いい加減に起きてくれないか!!」


 ニワトリの鳴き声が朝を告げるように、今日もマクベスに朝を告げる怒号が響き渡る。広くも狭くもない部屋で、マクベスはシーツを引っペがされてベッドから転げ落ちた。


「いってぇ!?」


 思いきり顔面を打ちつけ、赤みを帯びた鼻を押さえながら起き上がり、マクベスは赤と青の瞳を青年に向けた。


「やぁマクベス。こんな時間になるまで、随分と楽しそうな夢を見ていたようだね?」


 やや暴力的な方法で朝を告げた、軽鎧とマントを装備した緑の髪の青年は、朝日のような爽やかな笑みを湛えているが、隠しきれていない怒りが顔に表れている。


「いやー、毎朝ご苦労様だぜロウゼン!」


 ロウゼンと呼ばれた青年のブローが飛んでくるが、マクベスは身をひるがえして避け──られなかった。赤いメッシュの入ったクリーム色のロングヘアが舞い、それは華麗な回避の動きではあった。が、ロウゼンの拳はきっちりとマクベスの顔面を追えており、あまり力を入れず殴ることに成功した。


「ふぎゃっ!」


 マクベスは短い悲鳴を上げ、さらに赤みが増した鼻をさすりながら苦笑いを浮かべる。


「お、おいおい……ガントレットをはめたままは危ねぇって。割とマジで骨折れるって。せっかくの美貌が台無しになっちまう」

「だろう? だから明日からは自力で起きてくれ。次は本気で殴るからね?」

「え、今ので軽く殴ったつもりだったのかよ?」

「えっ?」


 ロウゼンは自身の右手をじっと見つめ、つぶやいた。


「……次はミトンをつけて殴ろうかな」

「そもそも殴るのをやめてくれねぇ?」

「とにかく、今度こそちゃんと起きてくれ」


 溜め息混じりに言って、ロウゼンは部屋から出ていった。マクベスのお願いは聞き流されたようだった。

 マクベスは大きな欠伸をすると、クローゼットから着替えを取り出して身につける。ロングマントを羽織り、腰まで伸びた長い髪を一つに結ぶ。ロングブーツを履いて、壁に立て掛けていた双剣をベルトに吊り下げる。スタンドミラーを覗けば、整った顔立ちと横に伸びた耳が特徴的な種族──エルフの青年が映る。支度を終え、マクベスは部屋を出て鍵をかけた。

 マクベスがいるのは冒険者ギルドの建物に併設されている宿舎で、一階の渡り廊下から行き来ができる。扉を開け、マクベスは冒険者ギルドのロビーへと足を踏み入れた。いくつものテーブルと椅子、ソファーが置かれた広いロビーには二人の人間の姿があった。一人は先ほどマクベスを起こしに来たロウゼン。彼は茶色の瞳で、壁一面に広がるコルクボードに貼られた依頼書を眺めている。もう一人はこの冒険者ギルドを仕切るギルドマスターで、カウンターでノートに何かを書き込んでいる六十代の男である。灰がかった緑色の髪を一つに結んだ初老の男は、マクベスに気づくと作業を止めてペンを回した。


「やっと起きたか」

「おかげさまでな。朝食は何が残ってる?」

「サンドイッチだな。少し待ってろ」


 そう言うと、ギルドマスターはキッチンの方へと入っていく。彼はすぐに戻り、マクベスは冷水が入ったコップとサンドイッチが乗ったトレイを手渡された。近くの椅子に座ると、サンドイッチを頬張り始める。新鮮な野菜が使われており、それは料理の味にうるさいマクベスでも、満足気に頷きながら食すほどの美味さだった。


「この依頼書について訊きたいことがあるんだけど、いいかな?」

「ん、どれどれ──」


 ロウゼンとギルドマスターが依頼内容についての会話をしている。マクベスは興味を示さず、聞き耳を立てることもせず口にサンドイッチを放り込む。

 食べ終えるとトレイを返却台に置いて、コルクボードの前に立った。寝坊をしたのであまり報酬の良い仕事は残っておらず、ならばせめて得意なものをと、盗賊の捕獲依頼が書かれた依頼書を取る。振り返るとロウゼンの姿は無く、既に依頼を受け仕事へ行ったようだった。マクベスは依頼書をギルドマスターに渡し、簡単な手続きを終え、ギルドの押印がされた依頼書をベルトポーチに突っ込んだ。


「はぁー。お前さんほどの実力者なら、直接依頼が来てもおかしくはないはずなのに、全然来ないのは何故だろうな?」


 ペンを回しながら、ギルドマスターが愚痴を溢す。


「んなもん日頃の行いが悪いからだろ」

「自覚があるなら直さんか!」

「ギャハハ! 無理な相談だぜ!」


 癪に障る笑い声を上げ、マクベスは冒険者ギルドから出ていった。



* * *



 数日後、夕刻に差し掛かろうとする頃。マクベスは薄暗い森の中で小石を思いきり蹴り上げた。


「あーもう! 全然予定どおりにいかねぇ!!」


 マクベスにとって小規模な盗賊団の討伐など簡単な依頼に過ぎず、三日後には帰り着く予定だった。が、訳あって大幅に狂ってしまった。

 盗賊団が出没する森で商人のフリをして誘き出し、捕まえるまでは良かった。しかし彼らの仲間に盗賊を引き渡した姿を目撃されていたようで、街の中だろうとお構いなしに報復しようとする彼らと戦い続けなければならなかった。その数はあまりにも多く数日も滞在する羽目になり、結果的に盗賊団を壊滅させるに至ったが、街の要人から得られた報酬はあまり納得のいく量ではなかった。

 他にも細々とした出来事が起きてしまい、今日中に帰り着くはずが、そろそろ太陽が沈もうとする時間帯になってしまった。地図を広げ、一泊させてもらおうと最も近い村へ急いで向かっているのが、今のマクベスの状況だった。


「ったく、冒険者ってやつは儲からねぇな」


 脳裏に浮かぶのは、仕事量に見合っていない報酬金が入った小袋だった。

 悪態をつきながら獣道を進んでいくが、


「!」


 嗅ぎ慣れた臭いに足を止めた。駆け足で進むと道の一部が赤黒く染まっていた。血は付近の木にも付着しており、激しい戦闘が行われたのは間違いない。その証拠に、深い傷が刻まれ動かない獣型の魔物が数体横たわっている。


「……もう一仕事ありそうだな」


 マクベスはわずかに見える灯り──地図に載っていないほどの小規模な村に向かって歩き始める。

 村の様子は酷いものだった。一部の家屋は倒壊し、真新しい墓が村人の手でいくつも作られている。自警団らしい者たちは、うつむいたまま動こうとしない。あちこちから怪我の手当てに必要な物を求める声がしている。陰鬱とした空気は村全体を覆い、マクベスが近づいても誰一人何者かと問おうとしなかった。


「なぁアンタ、何があったんだ?」


 井戸の前で水汲みをしていた若い女に話しかけるが、


「……すみません、話なら村長に訊いてください」


 今にも掻き消えそうな声で小高い丘を指差した。いくつかの墓と誰かの姿が遠目に見える。若い女はそれ以上何も言わず、水の入った瓶を持って家の中へと入っていった。

 辺りを見回し、商人らしい若者がいたので話しかけるが、


「……ここで骨を埋めることになるなんて……こんなことなら……」


 押し寄せる後悔を吐露しており、マクベスの声が耳に届いていなかった。付近の人に話しかけても会話を拒絶する意思を示すか、村長に訊けと言われるばかりで埒が明かない。マクベスは仕方なく、詳しい話は村長に訊いてみることにした。

 小高い丘を登ると、剣が添えられた墓の一つを前にして、涙を流す老人がいた。


「よぉ、アンタが村長だな。オレの話を聞く気力はあるか?」


 村長らしき老人は涙を手の甲で拭くと、ゆっくりと顔を上げた。老人は眉をひそめ、マクベスはしばらくの間じっと見つめられる。


「……何用かね」


 怪訝けげんそうに問われ、マクベスは肩をすくめながら答えた。


「いったい何があったんだ? 村人に話しかけても無視するか、村長に訊いてくれの一点張りで全然オレの話を聞いてくれねぇ」


 そんなことかと、村長は力なくつぶやいた。


「お前さんは見たところ、この村に来るまでに魔物に襲われなかったみたいじゃのう」

「ああ、魔物の死体なら見たけどな」

「……この村は直にその魔物らの襲撃で滅ぶ。外に出ようとすれば瞬く間に魔物に見つかり殺される……それがこの村の現状じゃ。運の良さに自信があるなら、今すぐ発った方が良かろうて」


 地面に置いた杖を掴み、村長は家へ戻ろうとする。しかし、マクベスは立ち塞がり阻止した。


「魔物の数や種類は?」

「お主には関係の無い話じゃろう。それに話して何になるというんじゃ」


 押し退けようと伸ばした村長の手は、マクベスにがっしりと掴まれた。驚いた村長が目の前の青年の顔に視線を移す。赤と青の瞳は、真っ直ぐに村長を見つめていた。


「知り得る限りの情報を教えてくれねぇか」

「な、何のつもりじゃ?」


 空いた方の手で、マクベスは腰に吊り下げた得物に触れながら話す。


「なぁ、交渉しようぜ村長。アンタが魔物の情報とオレの寝床をくれるなら、その魔物を退治してやるぜ。悪い話じゃねぇだろ?」

「!」


 村長は声が出せなかった。マクベスの発言は全て冗談でないことは見てとれる。無論、マクベスは本気だった。


「止めなされ、死にに行くようなものじゃ……」

「おいおい、実現不可能な交渉なんて持ちかけるわけねぇだろ? アンタはただ頷けばいいんだぜ」


 村の惨状を目の当たりにしてもなお、堂々と振る舞うマクベスに、村長は驚愕するしかなかった。


「お、お前さんはいったい……?」


 震える声の村長に、マクベスは自慢げに答える。


「魔物の掃討、未開の地の調査、犯罪者の捕獲、商団の用心棒──あらゆる仕事を報酬次第で引き受ける、冒険者ってやつさ」


 冒険者と聞いて村長はたじろいだ。マクベスの言うとおり、冒険者は報酬次第では危険な仕事も遂行する、命知らずの者たちを指している。


「……その話は本当なんじゃな?」


 打開する手段など持ち合わせていないこの村は、ただ魔物に蹂躙じゅうりんされるのを待つだけだった。それはマクベスも理解しており、この村を助けられるのは自分しかいないこともわかっていた。


「当たり前だろ。オレはオレなりの、冒険者としての矜持プライドってもんがあるからな」


 なのでマクベスは、冒険者らしく依頼という形でこの村を救うことにした。


「……頼む」


 村長が頷くのを確認し、


「よし、交渉成立ってことで」


 マクベスは手を離し、辺りを見回した。


「そろそろ日が落ちるな。話はアンタの家で訊こうか」


 村長は承諾し、マクベスを家へ招いた。水しか出せないことを詫びるとマクベスは「構わねぇよ」と全く気にせず、縁が少し欠けたコップに入れられた水を飲み干した。

 村長は冷静になることに努めながら、村人たちや自警団が死の間際に告げた情報の全てを話した。魔物の数は二十から三十、種類はわからないが、この辺りでは見かけない魔物も多数いたという。


「まるで儂らが苦しむ姿を見て楽しむかのように、数人殺しては撤退を繰り返しおった。あの数で襲えばすぐにでも村は滅ぶというのに」

「それは不自然だな。ただの魔物がそんなことをするとは思えねぇし」

「ま、まさか誰かが魔物を操っておるのでは……?」


 マクベスはあごをさすって唸った。


「うーん、どうだろうな。その可能性は高いが、今ある情報じゃ何とも言えねぇ。魔物の生態なんて不明な点の方が多いしな」


 マクベスはいくつかの質問をし、何度か村長とやり取りする。


「教えてくれてサンキューな。村長、村人には全員家から出ないように伝えといてくれ」


 そう言うとマクベスは席を立った。


「全員……まさか一人で魔物と戦うと!?」

「そのつもりだけど、何かあんのか?」


 心外そうにマクベスが目を丸くし、すぐにニヤついた笑みを見せた。


「ああ、ひょっとして心配してくれてんのか? 問題無いぜ。魔物を誘き寄せるアイテムがあるから、しばらく村に魔物は近寄らねぇ。それに、オレの戦い方は一人の方が都合が良い」

「しかし……儂も魔術の一つや二つ扱える。じゃから──」


 村長が拳を硬く握る。


「儂を連れていってくれ。孫の仇を討ちたいのじゃ」


 村長は小高い丘で、孫の墓前で仇を討つために戦う決意をしていた。しかし、マクベスは首を横に振る。


「気持ちはよくわかるけどよ、アンタがたおれちまったら元も子もねぇんだぜ?」

「じゃが、儂はこの手で村人たちの無念を晴らしてやりたい……!」


 声を震わせ、涙ぐむ村長。マクベスはしばらく黙ってその様子を見つめていた。村長が自暴自棄になっているのは明白だった。


「……それでも連れて行けねぇよ。助かるはずの命を危険に晒すわけにはいかねぇ」


 マクベスは正直に意見を告げるときびすを返し、玄関のドアノブに手を置いた。


「残された者にできることは、亡くなった者たちの分まで生きること──ってよく言うだろ? アンタの孫がどんな奴か知らねぇけど、さすがに仇討ちで死んじまうのは望んでねぇと思うぜ」


 後は頼んだぜと言って、マクベスは村長の家を後にした。


「……亡くなった者たちの分まで生きること……」


 村長はマクベスの言葉を反芻はんすうし、自警団の一員だった亡き孫が、小さな頃からよく言っていたことを思い出す。村長が何かとかこつけて儂も年だからのうと言えば、必ず返ってきた言葉だった。


──じいちゃん、長生きしてくれよ? 俺も村のみんなも、じいちゃんを必要としてるんだからさ──


 村長の目尻に涙が溜まり、雫となって溢れ落ちた。マクベスに止められなければ、彼は孫の願いを無下にするところだった。魔術を使えるとは言ったが、それは魔物の集団を相手するにはあまりに無力だった。

 村長は手を組み、村の命運を託したエルフの青年の無事を祈った。

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