第43話:撤退戦③
その後も優香の射撃は頭のスレスレを飛び続け、立て続けに魔狼の血を撒き散らしていった。
なぜ頭のスレスレを撃つかは理解できる。外皮が硬い狼の口が開いた瞬間を狙っているからで、狼の口は獲物である彩たちに飛びかかる時に開くからだ。
理解できるからと言って怖いのは変わらない。後ろから足の速い狼が喰らい付いてくるのも恐いが、次の瞬間には顔の横を弾丸が飛び去っていく方が何倍も怖い。
「こりゃやばいね〜」
あさひがどこか余裕そうに言うが、友希乃の肩に回している手は震えていた。
「あの子、銃器取り扱いの講習で最初に言われることを忘れたのかしら?」
「なんですか? それ」
「咲希、あんたでも覚えてるでしょ」
「『人に銃口を向けてはいけません』。でも優香は向けてないと思うけど」
「あんたは余裕があって何よりね……!」
咲希は唯一自衛が十分できている。氷の魔法使いである咲希は自分の周囲に氷の塊を発生させ、それをぶつけて吹き飛ばしている。
魔狼を倒すことはできないが、道を作るのには十分だった。
「にしても、しつこい」
彩が最初に遭遇した時は気絶した仲間を加えてすぐどこかへ退散したのに、今回はまったく退く気配がない。
「追い込めばいつか狩れると思ってた獲物が、今は逃げ出そうとしてるから必死なんでしょ」
軽口を叩き合ってる中でも弾丸は飛び、魔狼は死んでいく。
やがて諦めたのか、それとももう狩り尽くしたのか。いつの間にか追いかけてくる魔狼はいなくなっていた。
「お疲れ様です」
そして大きい方のガンケースを担いだ優香と合流した。もう危険はないとばかりに帰り支度をしている。
「私の手を離れて独立した優香ちゃんがいつの間にか悪い子に育ってたわ。およよよよ」
「彩さんに持たせた弾丸だけじゃ足りないかなって思ったんですよ」
彩は無言で優香の額にチョップをかました。
「それで、首尾は」
優香を除いてただ一人、余裕のある咲希が尋ねた。
余裕があると言っても、不機嫌なのか、ただ無愛想なだけなのかわからないいつもの態度だ。
「詳しくは聞きませんでしたが——というかよくわかりませんでしたが、シリウスが遭難者を見つけてたみたいです。向こうも向こうで身動き取れなかったので——色々ありましたがとりあえず先にゲートへ戻しておきました」
こいつ、めんどくさくなって説明を端折ったな……とその場にいた誰もが思った。
「じゃー私の足は文字通り骨折り損ってわけだ」
ははは、と一人なぜか爆笑するあさひ。一人だけテンションが高い自虐に突っ込んでいいか反応に悩む彩。
咲希は無愛想なのか不機嫌なのかわからない顔をしていて、友希乃は横で笑うあさひにため息をついている。優香はハハハ……と力なく愛想笑いをしている。
カノープスの面々は正直キャラが濃ゆい。
配信者を兼業しているテンションお化けのあさひに、反比例するように無愛想な咲希。元メンバーの優香もどこかの世界を救った英雄とは思えないほどの陰キャだ。
委員会ではなぜか、強い能力を持つ人間ほどズレていると言う通説がある。
救った異世界の難易度に対して強い能力を得ると言われているが、難易度が高い異世界を救うのには異常な精神が必要なのではとも言われている。
優香は異世界を救うのに同じ1年を80回も繰り返したと言っている。
その難易度の高い異世界を救って、発狂せずに自分の世界に戻ってこれたのは陰キャと言う属性に隠れた人とは違う精神力があるからだろうと彩は思っている。
それでいうと彩は自分が平凡な帰還者であることを自覚していた。
濃ゆいメンバーが多いカノープスだが、それでも委員会の看板になっているのはひとえに珍しく強いのに普通 な友希乃がチームをまとめているからだ。
だから彩は、とりあえずその友希乃の足を治すことにした。あとは帰るだけだが、とりあえずこのメンバーをまとめて欲しいと願いを込めて。
*****
委員会の人間は「帰るまでが異世界だ」とみんな至極当たり前のことを冗談めかして言う。ゲートをくぐるまでそこは異世界なので、文字通りだ。
逆に言えばゲートをくぐればほとんど仕事は終わりだ。遭難者やら捜索隊やらが元の世界に戻った時、自然とゲートは閉じる。
だから今回も、ゲートをくぐる直前にはみんなが脱力しきっていた。終わったら帰れると。
しかしゲートをくぐって元の世界に戻った時、なぜか現地は慌ただしかった。
「ど、どうしたんですか……?」
異変を感じた優香が橋本に尋ねる。橋本は深刻そうな顔で言った。
「驚かないで。2時間前、東京にドラゴンが現れたわ。推定60メートルの、でかいやつよ」
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