第39話 殻割りたいし枠越えたいし その3

 ニイが力を溜めて自分の大刀を構えている。眼差しは強く、刀で斬る前に目で破壊してやろうとばかりに僕の作ったワイヤーフレームの立方体を睨みつける。


 その静かな緊張感から西部劇を思い出した。二人のガンマンが向かい合い、腰のホルスター付近に手を泳がせ、いつでも銃を抜ける状態で膠着している、その時の張りつめた雰囲気だ。


 咳払いはもちろん、呼吸する音もはばかられるような静寂の中、気持ちを整えたニイが動いた。


二指覇刃閃にしはじんせん!」


 刀の動きを封じていた左手の二本指を外すと、『方体キューブ』に向かってすさまじい速度の刃が放たれた。右手で横薙ぎに放たれた渾身の斬撃が僕の作った《枠》を襲う!


 次の瞬間、ゴガっという巨大な衝突音が鳴り響き、『方体キューブ』が吹っ飛んだ。それは嵐のような風切り音を発しながら、ほぼ水平に豪速で飛んで行き、木にぶつかって止まった。


 うわあ、すごい音と衝撃だ。こんな威力のある技を使えるのか。負けない自信あったんだけどこれはやられてるかも……どうかなあ? 


 僕はトーと一緒にワイヤーフレームの立方体に近づき、その様子を確認した。


「どう?」


 ニイが期待を込めた声で尋ねてきた。それに対しては、トーが冷静に結果を伝える。


「斬れていないな」


「えー? 全力だったのにー」


「固定していなかったから《枠》が飛んで、力が逃げてしまったな」


「うー。 じゃあ、トーちゃん抑えといてよ」


「勘弁してくれ、私も飛ばされてしまうよ」


「もう、じゃあ、どうしたらいいのよー」


 その会話を聞いて、提案してみた。


「このまま木に固定しようか?」


「あ……えと……うん……お願いします……」


 僕が話しかけると、ニイは下を向き、声が小さくなっていった。


 SDGsの女性三人でにぎやかにしゃべっているときでも、僕が話しかけるとニイの声量はがくっと下がる。楽しいおしゃべりを邪魔する格好になり申し訳ないと思うのだが、オリカやトーには「馴染むためだしその調子でお願い」と言われている。


 ニイにしても別にイヤというわけではないらしい。本人も人見知りを何とかしたいと思っているとオリカから聞いた。


 気を取り直して『方体キューブ』をさっきぶつかった木に別の《枠》でつないで固定した。《枠》を木の幹に向かって横方向に押し付ければ、力は逃げない。


「さあ、いいよ。どうぞ~」


「ありがとう……ございます……」


「僕見てない方がいい?」


 ニイの様子を見て、僕がいると実力が出せないのではないかと思って、トーに尋ねてみた。


「いや大丈夫。そんなことで集中できなくなるようなニイではない」


 大丈夫みたいだ。それなら興味もあるし、見ていようっと。




 ニイは先ほどと同じ居合の構えをとった。さっきと違う点は刀に引っ掛けて力を溜めるための指を二本から四本に変えていることだった。


「あれは? 抑える指が四本になってるけど」


「四本の方がより力を溜めることができる。さっき手を抜いていたというわけではないぞ。時間はかかるしリリースも難しくなるからな。使い分けだ」


 なるほど。見ていると先ほどより力が溜まっているようだ。その様子が僕にも分かった。


 腿周りを中心とした足腰の肉体はグンッと力強くその体積を増し、腕には太い力こぶとと血管が浮き出てくる。普段は可愛らしい顔だが、今はギリリと口元を引き結び、僕の《枠》を断ち割る力を生み出さんとしている。


 その全身に"力"が血液となって巡り、重力がニイに向かって働いているのかと錯覚してしまうような迫力だ。


「行くよ……四指重斬ししじゅうざん!」


 ゴウという音を立て、剛剣が《枠》を襲う。派手な衝突音がして、攻撃が《枠》に達したことがわかる。


 僕の《枠》どころか支えている大木ごと切断してしまいそうな一撃であったが……刃が《枠》の”辺”部分にぶつるとそれ以上は動かなかった。それを見て、刀を引きながらニイが落胆した声でつぶやき、下を向いた。


「ダメだったかあ……」


「まあ、仕方ない」


 トーが慰めるが、ニイの肩が細かく震えている。やがてすすり泣く声が聞こえてきた。


「ううっ、グスッ、うわーーーん!」


 顔を上げて泣き出し、僕の方を見て、キッと睨んだ。


「次は負けない! もっと【ニギリ】を振る!」


 そう宣言すると、パッと振り返って、帰る方向に走り出した。


 女の子を泣かせてしまった。わー、なんてことをしてしまったんだ。罪悪感に身をさいなまれながら救いを求めてトーに聞いてみる。


「どどどどうしよう。泣かせちゃったよ。女の子を泣かせるなんて最低だよ。やばいやばい。どうしよう。ちょちょちょっとどうやって謝るか考えなきゃ」


 心が静まらなくて、頭を抱えて周囲をうろうろと歩き回る。


「落ちついて、おとうさんは何も悪いことをしていない。ニイがおとうさんの《枠》に挑んだが、力が足りず敵わなかった。それだけのことだ。あいつも何も泣くことはないだろうに。今なら私が走れば追いつける。行ってくる」


 そうトーが言ったときに、ニイが走って行ってしまった方向から【ヴィノ】に乗ったオリカがやって来た。


「おーい。様子を見に来たよー」


 うわあ、後光が指してるように見える輝く笑顔! 天使がやってきた? 頼むよオリカ〜。

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