第27話 水回り掃除の達人 その3

「おりゃああ、まずは数を減らすで!」


「出し惜しみはせえへんで!」


 床面にみっちり詰まった〈不スラ〉めがけて、ゴシンとユタンが勢いよく飛び降りた。


「「『ハングテン』!」」


 両足をそろえて伸ばし、キリモミ回転しながら突撃する。何匹か集まっていたスライムの中心部に攻撃を叩き込むことに成功し、透明な大福たちは四方に吹き飛ばされた。


 二人は勢いのままお尻で着地し、ザザーッっと滑っていく。そして、スリップが収まったところでこっちに向かってサムズアップしながら得意そうに叫んだ。


「「どうや!」」


「バカ! そんなことしてる暇があるなら、立ち上がりなさいよ!」


 オリカがそう叫ぶのとドヤ顔の二人に周囲の〈不スラ〉たちが襲い掛かるのは同時だった。スライムがボボボボンとゴムまりのように獲物に飛び掛かる。


「「うわわわーっ」」


 その数、数十匹はいるだろうか。ボヨボヨとした〈不スラ〉の大群に包まれて、ゴシンとユタンはあっという間に見えなくなってしまった。


「うわあ、急いで助けに行かないと!」


 スライムは弱いとは聞いているが、あれだけの大群である。二人が大丈夫だとは思うことができず、心配になって叫んだ。


 すぐに飛び降りようとしたが、トーに肩をつかまれて止められた。


「落ち着け。普通の〈不スラ〉であれば十五分くらいなら五体満足でいられるはずだ。冷静さを失うと危険だぞ」


「そうそう、ちょっと皮膚を消化されるくらいなら『ヒール』で治せるし」


 さすがにオリカとトーの二人は経験豊富なためか、落ち着いたものだ。助かる。


「そうなの? ふう、それを聞いて安心したよ。確かにこういう時はパニックになっちゃだめだ。ちょっと深呼吸でもしたほうがいいのかな」


 そういって腕を左右に広げ、胸を開こうとしたときにトーが言い出した。


「まあ、窒息する危険もあるから、のんびりとはしていられないがな」


「その場合は『ヒール』も効かないね」


「うおい! じゃあ急がないと!」


 そうツッコむ僕に対してオリカがまじめな顔をして言った。


「"慌てず、焦らず、急ぐ"よ。慌てたり、焦っているうちは動いちゃダメ」


「私もこれくらいなら一拍おくようにしている。それにしても、初撃でうまくスライムたちを吹き飛ばしたと思ったのだが、滑っていって群れの中に入っていくとはな。ああいう技を使うならきちんと連携を確認してからにして欲しいものだ。【バチツチ】」


 そういいながらトーが、"バチ"モードの【バチツチ】を構えて飛び降りる。


「『弱連打』」


 スライムを避けながら着地すると、トンットンットンッとリズムよく【バチツチ】の"バチ"でスライムの"核"をたたいていく。すると"核"に刻まれた<不スラ>の文字が消えていった。


 トーは休むことなく、次々と足元に広がる〈不スラ〉達の"核"をたたきながら、ゴシン・ユタン兄弟の方に駆けて移動していく。


 飛びかかってくる〈不スラ〉は体を動かして華麗に躱す。ここ数日の間、一緒にトレーニングをしているが、さすがの身のこなしだ。


 〈不化〉の解けたスライムたちは、攻撃性がなくなり、通路で見た個体のようにプルプルと揺れながら移動せずにいる。あれなら人を襲うことはなさそうだ。


「鮮やかなもんだね。僕たちはゆっくりついていっても大丈夫そうだ」


「ふっふっふ、あれがこの町でも指折りのスピードアタッカー"トー=アースヒル"よ」


「なんでオリカが得意そうなのさ」


「"チームメンバーの力はチームの力"よ。ヒデンでんが活躍したときも大いに自慢させてもらいますよ~」


 チーム員として早く馴染めるようにいろいろ教えてくれているんだろうな。ありがたい。教えられたことは実践していかないと。


「ご教示ありがとう。さて、ご期待に沿えるように頑張りますよっと。【枠枠連棍ワクワクレンコン】」


 作った棍を構えて、オリカの方を見ながらお願いする。


「【ヴィノ】に乗せてピット床まで降ろしてくれるかな?」


「お、"慌てず、焦らず、急ぐ"と"チーム員の力はチームの力"を早速両方取り入れた判断ね。やっぱりヒデンでんは見込んだ通り、チームになじめそう! オッケー任せて!」


 【ヴィノ】にまたがって、ピット床の方に降りていく。着地地点付近にいるスライム、その"核"に向けて【枠枠連棍】の先を押し付けてみた。


 ブニッとした感触が手に伝わる。"核"を突いてから、手を緩めて、様子をうかがう。すると"核"にある〈不化〉の文字が消えていった。


「よし」


 まずは一歩。


「おめでとう。前回は自分では〈不化〉を解いてないって言ってたし、初解きだね」


 【ヴィノ】に乗る僕たちにとびかかってくる〈不スラ〉を風で退けながらオリカが言う。


「また一つ、この世界に馴染めたかな。よし、僕に気を使わないでどんどん行ってよ」


「オッケー。『ウインドブロウ』!」


 そう言うとオリカは軽々とスライムたちを風で吹き飛ばした。



《》 《》 《》 《》 《》



 オリカとトーの活躍でこの"D−5"ピットの〈不スラ〉たちは全員〈不化〉が解けたようだ。


 ゴシンとユタンの二人もオリカに治してもらってピンピンしている。


「第五ピットがこんな感じやったら、全ピットに〈不化〉したスライムが詰まってそうやな」


「せやなー、どうする? 兄ちゃん」


「姉ちゃんたちはまだいけそうけ?」


「大丈夫だよ」「同じく」「僕は何もしてないに等しいし大丈夫」


「せやったら次のピットを見てみよか。人数多い時に偵察だけでも済ましときたいし」


 よし、慌てず、焦らずいこう。

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