第3話 新生活の始まり

「ぬぅおぅわぁああぁぁああぁぁぁぁぁぁ~~~~……う……うんみゃぁぁいぃ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~……~~……」


 できたて手作りワインを一口飲んで、トロけてしまった弥生。

 口の中に芳醇な渋みとまろやかな酸味が広がって、それを若く新鮮な甘味が包み込んでくれる。適度なアルコールは喉を刺激し胸を温め、心をほぐしてくれるようだ。


「葡萄はヤマソーヴィニヨン。野趣あふれる強い香りは、日本古来の山葡萄やまぶどうとヨーロッパ系品種カベルネ・ソーヴィニヨンの良いところをかけあわせた――――」

「ウンチクはやめろう1000年ぶりの酒が不味くなる。こういうのはな、理屈じゃなく感情で――――う……うんみゃぁぁいぃ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~……~~……。これでいいんだよ。風呂のゔぁぁぁぁああぁぁぁぁああぁぁぁぁ~~~~~~~~~~と同じなんだよ~~~~」

「……はしたないですよ弥生様」


 困り顔の彭侯ほうこう

 しかし最高の褒め言葉に、優しく微笑んだ。


 兎と狸のモドキ肉も美味かった。

 塩胡椒に迷迭香ローズマリーを添えただけの焼肉だったが、臭みもなく赤ワインとの相性は抜群だった。

 昭和初期あたりまではこうしてジビエ(?)もよく食べてたもんだ。

 弥生ははるか昔のことを思い出しながら目覚めの宴を楽しんだ。





「いやぁ~~~~食った食った。1000年ぶりに食う肉はやっぱ美味いな。謎肉でもな!!」

「お粗末様でございました」


 腹をぷっくり膨らませて、芝生のソファーに寝転ぶ弥生。

 けっきょく肉はほとんど弥生が食ってしまった。

 彭侯も少しは食べていたが森の精霊なので基本食事は必要ない。

 人間形態を保つため、最低限の栄養を摂取した程度である。


 ――――ちゅん、ちちちちちちちちち……。ほーほつくつくほーほーつくつく。

 鳥(?)の鳴き声が聞こえる。

 木の葉の隙間からは秋の空が高く見え、雲が静かに流れている。

 ゆるやかに頬をなでる秋風が心地よい。


「……これから、いかが致しましょう?」

「とは?」

「さしあたって何をなさいますか? という質問です。前回は街人として人間社会に溶け込んでいましたが今回もそうされますか?」

「……人間はいるの? 全滅したんじゃなかった?」

「いえ、文明が消滅しただけです。種は残っています……進化は分かれましたが」

「……詳しく」


「時は遥か西暦203X年。I国で開催された国家首脳会談での決裂を期に、世界は三つに分裂しました。A国大統領――――……」


「ごめん。詳しくなくていい……興味ないそういうの。ざっくりお願い」


阿呆あほうが生物兵器をばら撒いて、報復戦争で人類は壊滅。生き残りも病気の影響で突然変異が多発。進化に影響を及ぼし、人にして人にあらずの『亜人』が爆発的に増加。人々は分裂し文明は衰退しました」


「ふ~~~~ん……かい」

「はい。懲りないようで」

「んで亜人ってのは?」


「弥生様は覚えてらっしゃるでしょうか? 10万年ほど前まで栄えていた種のことを」

「……ああ、ああ、あいつらね。ゴブリン的な? ドワーフみたいな?」

「さようでございます。呼び名は違いますが、まぁ同じようなものでございます」


「そうかぁ~~またそんな時代に戻ったかぁ~~……。じゃあ、なに? また魔法とか広まってたりするの?」

「はい。まだまだ発展途上ではありますが……」

「へぇ~~。あ、それで機械族っていうのは?」


「過去の文明の遺産です。……彼らはかつての人間が辿った悲劇を繰り返さぬように今の世界を見張っています」

「なんだそりゃ……どこのSF映画だ……つ………っての……ぐぅ~~~~……」


 話の途中で弥生は眠ってしまった。


「……やれやれ、はしたないですよ」


 1000年も眠った後に、よくまた眠れるものだと思う。

 龍族の活動期は100年。

 その間も人や動物と同じように毎日眠る。


「とりあえず、屋根くらいはこしらえておきましょう」


 洞窟に戻って寝てもらいたいが、1000年もいた所にまた戻るのは流石に嫌かもしれない。なので日除け屋根を作ることにした。

 新鮮な森の空気の中、心地よいお昼寝を提供したいからだ。


 草の繊維から作った糸。それで編んだ草布を森に貯蔵しておいた。

 それを適当な形に切り取り、木に結びつける。

 するとあっという間にタープができあがった。


「はい。……あとはそうですね。ワインもまだまだ要りそうですね。それを保存しておく小屋も作っておきましょうか」


 トンテンカントンテンカン、ギコギコ、シュルルン。

 呑気に寝ている主人の側で、せっせと働く彭侯であった。

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