第5話 本音
「……ところで、さっきから後ろの方でこっちを見てる人ってだれ?」
「えっ」
(あぁ……もしかしてレアか? ……ってレアかッ!? いぃ〜や、バレるのはやスギィイッ!)
「え? そんな人居るかな?」
背後で恐らくレアをガン見しているのであろうルーナの方へと、どうしても身体を向けることが出来ないまま……どうにかしてルーナの気を逸らそうと恍け始めるシセル。
「うん、あっちの木の所に……こっちを見てる女の子がいる!」
「え、マジ? 女の子!? どこどこッ!」
「……ねぇ、どうして女の子って聞いた途端にそんな反応するの?」
しかし……『女の子』という単語が耳を掠めた瞬間、コンマ1秒で振り向いてしまう
(さて何処にいるのかな〜……って、やっぱりレアじゃねーかッ! アイツ……隠れていないにも程があるだろ! ルーナの発言が『木の後ろに〜』や『隠れて見てる〜』とかじゃなくて、後ろの方やらあっちの木の所やら抽象的な事ばかりだったという事に、少しだけ違和感を感じてはいたが……もはや何も遮蔽物がない道のド真ん中に棒立ちしてんじゃねぇかお前!)
「あの女の子……もしかして、シセルの……知り合い?」
「へ? あ、あぁ。アイツは……」
シセルはレアを友達と紹介して、普段から『すきすきちゅっちゅ』をしていると勘違いされる訳にはいかないが……レアの事を
──……だっでッ! ぼぐっひぐ……男で良かっだなんでッ!
──うん、分かった! 親友の僕に任せてッ!!
初めは怖い程の無表情を浮かべ、水色という髪の色も相まって、より冷たい雰囲気を醸し出していたが……爆速で泣き顔から笑顔まで晒す事となったレア。詳しくは知らない、知らないが……そうなってしまうということは、女の子扱いされるのが嫌になる程の相当な理由があるのだろう。
──ならばシセルが取れる選択は一つしかない。
「……はぁ〜」
「シセル……?」
「アイツはただの知り合いじゃなくて……僕の男友達で、親友なんだ」
そう、例え普段から男同士で『すきすきちゅっちゅ』をしていると思われたとしても──素直にレアを男友達として紹介するという選択しか。
「……しんゆう?」
「あぁ。友達よりも仲が良い相手で、心の友とも呼べる人の事を言うんだよ」
「……そう、なんだ。で、でも……男友達って事は『すきすきちゅっちゅ』はしてないんだよね?」
男友達という事を信用していない様な表情で、そう問いかけるルーナ。
「あ、あぁ。モチロンそれはしてないな……ん?」
──はて? 何故ルーナは、男友達なら『すきすきちゅっちゅ』をしないと確信しているんだ?
顎に手を当てながら、そう疑問を抱くシセル。
「な、なぁルーナ。どうして男友達とは『すきすきちゅっちゅ』をしないと思ったんだ……?」
「昨日お母さんに……男友達と『すきすきちゅっちゅ』して、明日もする約束してきたって言ったら……それは普通友達とする事じゃなくて……恋人とする事だって!」
それを聞いて──なるほど。と、手をポンと叩きながら納得する。
(あ、あ〜! そういう事だったのかぁ〜……! そりゃあ、娘に彼氏ができそうな雰囲気があったら……大体の母親は応援するよなぁ! つまり、現在ルーナは……俺がすきすきちゅっちゅをしたいと言ってきた事に対して、恋人になりたいと思ってると変換している訳で……”男友達だから”『すきすきちゅっちゅ』をしていないのではなく……”ただの友達だから”『すきすきちゅっちゅ』をしていないという事になっているんだな。そうかそうか)
──どっちにしろ終わってて草ァアアッ! ルーナの母親と顔を合わせるのクッソ気まずくて草ァァァアアッッ!
納得して情報を咀嚼したが故の結論を出してしまったシセルは、本来自身の未来に待ち受けるモノとはまた違った形のバッドエンドが確定した事で、過去一の心の叫びをあげる。
「でも……してないなら良かった。女の子の友達が居ても、私としかしてない……やっぱりそうだ」
「ん、待ってくれ……アイツは女の子じゃなくて男なんだ! 信じられないっていうなら直ぐに呼んでくるから確かめてみればいい!」
何やらマズそうな勘違いをしている様子のルーナに気付かず、必死に的外れの説明を始めるシセル。
「……シセル。そうやってウソつくって事は、本当は『すきすきちゅっちゅ』もしてるの?」
「いや、それだけはマジで本当に神に誓ってしていないッ!」
「ふ〜ん。そうなんだ」
そう言ってルーナは……一瞬だけ視線をレアの方へ向けると『すきすきちゅっちゅ』をしていないという証明をどうやってしようか考えているシセルの身体に飛び付く。その勢いで地面に尻餅を着く体勢となってしまい、彼の服が肩の部分だけはだける。男の露出は別に求められていないのだが……乙女ゲー世界であるという事の因果がそうさせてしまったのだろうか、その光景は割と刺激的なモノとなっていた。
「あはっ♡」
その様子をヒットボックス全開で……というかもはやほぼ真横まで近付いて来ているレアへと見せ付けるかのように……シセルの事を強く抱き締めるルーナ。『私の方がシセルと仲がいい』とでも言いたいのか……興奮しながらこちらを見ているレアに対して、再度視線を送る。
「る、ルーナ……ぐはッ! ……ち、力が強いぃ」
しかし、レアはシセルに対して……親友以上の気持ちを抱いていないのでダメージはなく、主に多大な被害を受けているのはシセルの方であった。
「ル、ルーナ……ちょ、ちょっとまっ! ぐおっ! メキメキ鳴っとる! メキメキ鳴っとるぅッ!」
シセルが身体を離そうとする度、更に倒れるようにして身体を押し込み……どうやっても離そうとしないルーナ。そして、そんなシセルの目をじっくりと見つめながら──昨日母親に言われた事を思い出す。
「そうよ、す、すきすきちゅっちゅ……流石に恥ずかしいわねコレ……すきすきちゅっちゅは普通なら友達とじゃなくて、恋人とするのよ?」
『すきすきちゅっちゅ』という単語を、顔を赤くしながら口に出すルーナ母。
「そうなんだ〜!」
「ルーナはその『すきすきちゅっちゅ』をした男の子と恋人になりたいと思う気持ちはある?」
「え? ……いっぱいあって、どれがこいびとになりたいきもちか……わかんない」
(──すきすきちゅっちゅはすごいよかったし、あしたもするってやくそくしたけど……しせるとはなれるのはさみしいよ)
「そうねぇ……その男の子が他の子とすきすきちゅっちゅしてたらルーナはどう思う?」
「えっ……や、やだッ!」
母が言った通りの事を想像してみると……胸の部分に”凄く嫌な気持ち”が広がり、勢い良く顔を振り上げながらそう叫ぶルーナ。
「ふふ、それはルーナがその男の子を独り占めしたい気持ち……立派な恋心よ!」
「こい、ごころ……?」
「キャーーッ! うちの娘、この歳でもう恋しちゃうなんて……流石私の娘だわッ! そうと決まれば、さっそく始めるわよ!」
何故かルーナとは比べ物にならない程に興奮しているルーナ母。
「な、なにをはじめるの?」
「男を絶対に堕とす為の修行……を始めるわよ〜♪」
(──お母さんといっぱい勉強した、全部頭に入ってる。絶対にシセルを堕とすッ!)
昨日のルーナ母と同じくらい興奮した息遣いをしながら、シセルの身体をガッチリと地面に押さえ込んで口付けを始めるレーナ。
「……っぷはッ! レア……んべぁ……くっ、レア!」
シセルは、ルーナのキスが止むその一瞬を使ってレアの事を呼んでみるが。
「はぁ〜、すごぉ〜えぇ〜!!」
(クソッ! 聞こえてねぇッ!)
どうやら自分の世界に入っていて、シセルの声が届いていない様だ。そんなレアを見たシセルは……ルーナが呼吸の為に唇を離すタイミングで先程よりも大きな声を出す為に、勢い良く鼻呼吸をして肺に空気を入れる。
「……ぷはぁっ! 止めてくれッ! 親友ッ!」
「……ハッ!? 分かりましたッ!」
彼の幼い身体から発した渾身の叫びが漸く届いたのか……レアは急いでシセルの身体からルーナを引き剥がす。
「……はぁ、はぁ……やっと、離れた!」
「ご無事ですかッ! シセル様ッ!」
「……ははっ、おせーけど大丈夫だ……ありがとな。お前こそ、話し方戻ってるけど……大丈夫か?」
「申し訳ございません。シセル様を守る事が役目なのにも関わらず、飛んだ失態を犯してしまいました」
「バカお前、俺が離れてろつったんだからしょうがないだろ……アレ、お前離れてたか? ……いやいや! ミスくらい許すのが友達ってもんだろ。そもそも今のはお前じゃなくて俺のミス……だよな?」
”俺のミス”と言った辺りから、先程見たばかりの……レアのだらしない顔面が脳裏にチラついてしまったシセルは──。
(男ならあんなの見て興奮しない訳ないもんな、そこまで頭が回ってなかった俺が悪いな。うん)
──そう無理やり結論付けて、考えることを辞めた。
「というか敬語をやめろ……って、もう遅いか」
表情が見えないが、ルーナには全て聞かれている。今更止めたところで意味は無いだろう。
「……どうして」
「ん?」
「……どうして止めるの?」
レアに引き剥がされ、尻餅をついたルーナは……地面に肘をつけた状態で俯きながら、震える声でシセルにそう問いかける。
「守る為って……どういう事? 私の事、警戒してたの?」
(あぁ〜マズイっすねこれ、非常にマズイっす。色々な勘違いが重なって、相当エグい事になってるんじゃないっすかねぇコレッ!)
まるでルーナの事を最初から危険人物と扱っていたかの様な状況となり、その通りの勘違いを起こしてしまっている様子のルーナ。一刻も早くその勘違いを正さなければ、最悪……絶交となりかねない。
「いや、それは……」
しかし現在、勘違いを正す為の弁明よりも先にやるべき事があった。
「話し方も、その子との方が距離が近そうだった。仲良さそうだったッ!」
それは、レアとシセルとの間にある信頼関係のような物を眼前で見せ付けられてしまった事により、嫉妬心を剥き出しにしながら爆発してしまったルーナを鎮静化させること。何せシセルを堕とす為に一夜漬けでここまで変わる程の労力を費やしたのにも関わらず、その相手は自分よりも仲がいいなどと明言された人物と目の前でイチャイチャしている。困惑や怒りの感情が昂《たかぶ》ってしまうのも仕方のない事だろう。
(……ふぅ。なるほどな。こういう時は、変に隠さない方が良いと相場が決まっている。勘違いを解消する為にも、相手に伝える為にも……これ以上、ルーナを絶対に傷付けない為にも。俺が始めた事だ、当たり前だが……自分の身を守る為なんかで、友達二人を傷付ける訳にはいかない)
「ルーナ、こっちを向いてくれ……そして、『俺』の目を見てくれ」
「っ……?」
──自分を偽るのはもう辞めだ。シセルはそう決心する。
転生した人間である……という事までは話せないが、シセルがルーナに対して『すきすきちゅっちゅ』をした理由、そして自身の身分などは全て話す……と。もちろん、素のシセル──鳴海がどんな人間なのかも。
「ルーナ、俺は今から話さないといけない事を全て話す。ルーナなら分かると思うが、それは全て本当の事だ、一切嘘はない。……聞いてくれるか?」
「……うん」
シセルの目を見て、今は自分の事だけを真っ直ぐ見ていると理解したのか、ルーナは……しっかりと頷く。
「ありがとう。実は俺……」
「……」
「生涯の伴侶。恋人が欲しいんだッッ!」
「「……??」」
突然そんな事を言い出した
──違う、そうじゃない。シセルよ、お前が伝えるべきはそんな事ではないだろう。
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