第11話 無くなったPC
パソコンが無ければ話を書き換えることが出来ない。シーヴ・イェフォーシュを司令長官とするエイリアンは、トカゲが進化したものではなく、人類に厄災をもたらすものでもないと。
そして、藤崎とシーヴが恋人同士になるくだりを削除しなければ――。
パソコンがあれば書き換えなくてはいけない。だが無いのだ。
(残念だが仕方がない)
藤崎は心のどこかでホッとしていた。そして、そんな自分に気が付いて自分に言い訳をする。
(何処のどいつか知らないが、パソコンを盗んだ奴が悪いんだ)
狭いキッチンを抜けて部屋の中に入ると、そこも微妙に違っている。家捜しをした形跡があるのだ。
家具がめちゃくちゃにひっくり返っているとか、位置が変わっているとかいう訳ではないが、ロッカーの中の物が微妙にずれていたり、引き出しが少し開いていたり、ベッドカバーも少し捲れている。
慌てて通帳を探したが、それは置き場所にちゃんとあった。
一体何を探したのだろう。取られるような物なんて思いつかない。
警察に通報しようかと考えて止めた。藤崎のパソコンにはとんでもない話が書いてある。万一見られたら、やばい事になるかもしれない。
もし泥棒が、あのパソコンの話を読んだら、どう思うだろう。それを思うと顔が赤くなったり青くなったりするが、見知らぬ泥棒だし、読むと決まった訳じゃない。あのパソコンは新しかったし、金目な物が他に無かったから、きっと土産に持って行ったのだろう。今頃はどこかで叩き売られて、書いた話も消されているかもしれない。
藤崎は不安な思いをそう考えることで何とか宥めて、シャワーを浴びる為にバスルームに行った。
一応、シーヴの部屋で光のシャワーを浴びたが、あれでは藤崎は浴びた気にならないのだ。
服を脱ぐと身体のあちこちが痛いが、昨日より身体が楽なのは、あの飲み物のお陰だろうか。そういえば、シーヴの船に攫われてから、他に何も口にしていない。別にお腹も空かないし、一体どういう飲み物なのだろうと首を傾げる。
風呂から出て鏡を見ると、相変わらず赤い印と、昨日の少し茶色く変色した印が身体中に一杯付いている。
昨日のことを思い出して顔が赤らむ。シーヴが藤崎の身体を強く吸って、痛いと思ったら跡が付いていたのだ。藤崎はやっとキスマークの付け方が分かった。
鏡の中の藤崎は、何処となく頼りない顔をしている。髪の色も肌の色も薄いし、どうにかすると瞳が緑に見えることもあって、小さな頃は外人と言われてからかわれたり、苛められた事もあった。
瞳が潤んで締りのない顔が、小さな頃の泣き顔のようで藤崎は顔を顰める。
シャワーを浴びるとシャッキリとした。きっちりと戸締りをして、背広を着替えて会社に行く。
「おはようございます」と安斎係長に声をかけると、わざわざ藤崎の側まで来た。顔を覗き込んで優しげに聞く。
「どうしたんだ。もう大丈夫なのかい?」
「はい、もう大丈夫です。ご迷惑をおかけしました」
今日は何となく身体の調子がよい。それに、どうせ早く帰っても、エイリアンに攫われて好き勝手にされるのだ。シーヴに抱かれている時の自分は自分じゃないと、藤崎は自分に言い聞かせる。
「無理するんじゃないぞ」
安斎係長は藤崎の肩に手を置いて、優しく撫でながら言った。
(どうしてそんなに優しいんだ!?)
藤崎には安斎係長の変身が解せない。気味が悪いばかりだ。安斎係長が手を置いた肩の辺りをそっと払った。
その日は安斎係長の文句は聞かなかったが、反対に、何かあると側に来て肩やら腰やらを撫でられるのには閉口した。
「藤崎君、気を付けなさいよ」と女子社員にまで小声で忠告される始末だ。
シーヴのような男に抱かれた所為だろうか。泥棒が入ったのもシーヴの所為だ。これから起こる悪い事は全てシーヴの所為だ。藤崎は全てを金髪の美丈夫の所為にした。
今夜、迎えに来たら何から問い詰めてやろう。
どこから来たのかとか、元は何だったのかとか、やはり何の目的で来ているのかが一番重要だろうか。
仕事が終わって、色々考えつつ帰途についたが、その日金髪美形のエイリアンは現れなかった。
久しぶりに自分の部屋でゆっくり出来ると思ったが、エイリアンが来なければ、それはそれで不安になったし、気を紛らわせるパソコンは無し。無理やり寝ようと思っても、これからどうなるのかと思うと、悪いことや恐ろしい考えばかりが押し寄せてきて、目が冴えてなかなか眠れなかった。
翌日、寝不足のまま会社に出た。安斎係長は変身したままで、藤崎に擦り寄ってくる。いつの間に男に鞍替えしたのか、小言を言うときもねちこいが、言い寄るのもねちこい。
その日一日、仕事が忙しい振りをして逃げ回っていたが、終業間際になってデスクに呼ばれた。
「藤崎君、久しぶりに飲みに行かないかい」
「はあ…」
一応は上司である。断れば、この先どんな仕打ちが待っているか分からない。この会社にずっと居ようと思ったら、断れない。
どうしようと迷った。安斎係長の手が藤崎の肩に伸びる。藤崎を見る目付きが、若い女子社員を見る目付きと同じだ。何故そんな目付きになるのだ。
金髪美形のエイリアンが良い訳ではない。この男が嫌なのだ。
会社を辞めようか。どうせ、人類はトカゲの食料になるのだし――。
藤崎はとうとうそこまで考えた。相当自暴自棄になっているようだ。だが、そう思って身体を引いて、係長に文句を言おうとした時だった。
「こんにちはー」
と嫌味のない明るい挨拶をして、甲斐が入って来たのだ。得意先であってみれば無碍にも出来ない。安斎係長は卑屈なほどにヘコヘコして揉み手で出迎える。藤崎は内心ホッと息を吐きつつ頭を下げた。
甲斐は注文の品の確認に訪れたのだと説明して、係長と製品について二言三言話した。
「チュールレースのデザインについて次回より変更がありますので、こちらに来るついでにお知らせしようと思いまして」
「さようでございますか。私どもの方ではいつでも変更いたします」
係長が揉み手で答えている。
話が終わると甲斐は藤崎を振り向いた。
「ちょっと話があるんだが、これからいいか?」
藤崎にとって願ったり叶ったりだ。
「いいです」
と頷いた。安斎係長がトンビに油揚げを攫われて、間抜けな顔をしている。
藤崎はやれやれと思いながら会社を出て、甲斐の高級外車に乗せてもらったのだが、一難去ってまた一難だったのだ。
しばらく車を走らせた甲斐が、路肩に車を寄せて聞いてきた。
「お前、この前送って行った時、金髪の男とベランダに居なかったか?」
(うわあぁぁ――!!! 選りに選って、何で甲斐に見られたんだ!!)
藤崎は心の中で叫び声をあげた。
ところが甲斐は真面目な顔付きで言ったのだ。
「藤崎に頼みがある。これは藤崎じゃなきゃ出来ないことなんだ。本当なら俺は――」
甲斐はそこで言葉を止めて、じっと藤崎を見た。
日本人っぽい、すっきりしたイケメンだ。シーヴのような何処の国の何人か訳の分からない顔と違って落ち着く。
きっと甲斐の頭には、シーヴのような解せない言葉は書いてないだろう。
甲斐は思い切ったように言葉を続ける。
「あいつを偵察してくれないか」
藤崎にとって思いがけない言葉を紡いだ。
「何で――」
「あいつはエイリアンじゃないのか!?」
「何で知っている」
甲斐は藤崎の話の中ではレジスタンスになる筈だが、まだ早いのではないだろうか。
昨日、暇で久しぶりにニュースを見たが、エイリアンはどうしているのかテレビは何も言わなかった。砂漠にドームが出来たという話もないし、人が居なくなったという話も聞かない。
「今は言えない。でも、藤崎には必ず言う」
甲斐が藤崎の手を握って真摯に囁く。
「わ、分かった」
そうか。きっと、エイリアンは人類に気付かれぬよう密かにやっているのだ。もしかしたら、甲斐はもうレジスタンスに身を投じているのかもしれない。
話の順序が若干違うけど、この方が面白いかもしれない。
そして藤崎はエイリアンの弱点を探り出すのだ。藤崎の心は燃え上がった。
思えば藤崎の人生は逃げてばかりだった。自分から積極的に何かをした事がない。
甲斐との厚い友情に燃えながら書いてしまった話を、そして自分の人生を修正するんだ。藤崎はこぶしを握ってそう考えた。
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