第17話 星よ、星よ──


 そんなある日伝書鳥が来て、エルダー様は私とダリルを連れて飛んだ。

 行先は、ヘレスコット王国玉座の間だった。


 いきなり連れて来られました。ここはヘレスコット王国の王宮。目の前に玉座があって、国王と王妃、王太子とメラニーがいる。周りにずらりと宰相、外務卿、内務卿のお父様、そして騎士団長、高位貴族の方々。

 国王陛下の後ろに控えている方々は、この前見たダリルの父親ジファール将軍が着ていた軍服と同じに見えるが──。


 近衛騎士が護衛していて、不意に現れた私達にザッと守備隊形を取る。不法侵入だし問答無用で攻撃されるかしら。


 ちょっと心の準備が欲しいと思う今日この頃なのだ。



「お前ひとりに手間をかけさせられて──」

 私を見て憎々し気に言い放つ国王陛下。いつから帝国に肩入れするようになったのか。


「ほうステラ、生きていたとは、だがやっぱりお前は出来損ないだ。こんな所にまんまとやって来るとは」

 バカにしたように私を蔑んだ目で見る王子に私の心が怯む。メラニーは王子の側に居て青い瞳を見開いている。帝国の第八姫君はいない様だが。


 アーネスト殿下が近衛騎士に捕縛せよと命令する。命令を受けて剣を抜き、私を捕縛しようと迫る騎士たち。

「ステラ、追い払ってやりなさい」

 エルダー様が何でもない事のように言う。

 ああそうだ。私は神に会って救われたのよ。もう以前の私じゃないのよ。


「風よ、こいつを追い払って」

 殿下を指差して言った途端、風がゴウッと吹いて、アーネスト王子を巻き上げて壁に叩きつけた。

「ぐわっ!」

 ちょっと手加減したから気絶までは行かなかったが動けないようだ。メラニーが驚いて王子の側に行く。そっか、仲がいいならいい事だ。

 私を取り押さえようとした近衛騎士達は唖然として動きを止める。ダリルがのそりと彼らを牽制して前に出た。


「ダリル、よく無事にステラを連れ帰った」

 お父様がダリルを褒める。そして私を手招いてテラスを指す。

「見なさい」

 開け放たれたテラスの向こうに青い海が見える。王宮は港の見える丘の上に建っている。王宮の広間には何本もの美しい柱が建ち、テラスの向こうロンヴィナ湾が広がる。


「ここから海が見えるだろう」

「見えます」

「船が満ち満ちているのが分かるか」

「夥しいほどの船の数ですが」

 かなり離れてはいるが、それでも青い海にそぐわぬ黒い戦艦がひしめき合っているのが分かる。砲門をずらりと王宮に向けて威嚇するように照準を合わせる。


「あれは帝国の艦隊だ。国王は臣下を裏切り、帝国と手を結び、我がヘレスコットに軍隊を引き入れんとしている」

 ギルモア公爵の発言にそこに居た貴族、大臣、諸侯は目を見張る。

「「何と言う事を、陛下」」

「「それはまことか、ギルモア公爵閣下」」


「帝国と手を結び配下に甘んじ、わが命を安堵してもらい、一貴族としてこの地に永らえようとしている」

 公爵の暴露に諸侯の開いた口が塞がらない。


「反抗するには帝国は巨大すぎる。人も武器も何もかも足りぬ」

 国王の言い草にも開いた口が塞がらない。


「何故自らを安堵してもらう。家臣はどうする、国や民は」

「ええい、カルデナス帝国はサイアーズ境界の森への道を所望しているのだ。道を譲って通せばよいではないか」

「「国を差し出し、布団を被って、奴らが蹂躙するのを震えて待つのかっ!!」」

 国王陛下の言葉とも思えない。諸侯は憤りの声を上げる。


「帝国に道を譲って国王陛下、あなたは何をお望みですかな」

 公爵が遠慮なしに聞く。猜疑心溢れた声で、

「帝国はサイアーズの森に執着しているのだ。あの地に棲まう魔獣と素材。そしてウィンダミア湖に溢れる魔素とフランデレン山脈の竜──」


「そして、王家はギルモア公爵領に、御執心であられましょうや」

 ギルモア公爵は一振りの剣を取り出したのだ。

「我が領地の何が、陛下の心をそのように惑わせたのか」

 スラリと剣を抜き放つ。誰も動きもしない。

「手に入りませぬか」

 公爵の怒りが刀身に乗り移ったかのように赤く染まる。軽く振っただけで火が炎が揺れる。刀身を見ただけで魅了される。揺らぐ炎が見える。

 赤く、青く、白く──。

「手に入れたいと──」



「帝国がサイアーズを欲しがったように、王はギルモアを欲しがった。希少金属の産出される鉱山が幾つもあるからな」

 やや低い寂のある声が、王宮の広間に流れる。

 翼のある男が開け放たれたテラスに居る。その翼を畳んで、黒いマントを翻し、玉座の間に入って来た。

「ジファール閣下!?」

「艦隊に居られたのではないのか」

「何故ここに──」

 国王の後ろに控えた帝国の将官たちが騒めく。


「俺は辞めた。海軍提督に喧嘩を売って、馘になったからな」

 ジファール将軍の言い草に慌てふためいた。

「な、将軍であるあなたが何を言われる」

「そんなことが許されると──」


「辞めろと言われたら、仕方ねえし。暇になったから、ここで高みの見物でもしてやるかと、俺の手下どもも引き払って来たぞ」

 ジファール将軍はいけしゃあしゃあとほざく。後ろから何人かの将官が一緒に玉座に入って来た。皆黒髪で、赤い瞳の者も何人かいる。ちょっと獰猛そうな人も居る。

「何という事だ」

「わあぁぁ、将軍がいないとか──」

 玉座の間に居た帝国の将官が固まっている。

「邪魔はせんぞ、見ているだけだ」

 将軍は広間の一角に腕を組んで立った。傍若無人な男だ。

「ヘレスコット国王陛下はどうせ、ギルモアの伝説も知っていたろう? ステラの魔法ももしやと思った筈だ」



『昔、ギルモアの地に星が落ちた。一瞬の閃光と轟音と共に人々は消え去った。森は焼け台地は火を噴き切り裂かれ抉れ、海は大荒れて逆巻き大地に襲い掛かった。稲光が襲う空は粉塵が厚く垂れ込め暗く雪と氷が舞った』



 国王の顔が歪む。

「フン、そのような魔力の欠片もないゴミのような小娘に何が出来る。先程のような風で戦艦がひっくり返ると思うたか。一応は死んでもらおうと思うたが無駄なことであった」

 やはり、あの断罪劇は王家も絡むものだったのだ。



「ステラ、あの艦隊の真ん中に星を呼ぶんだ」

 エルダー様が私を引き寄せて、当たり前のように言う。

「そんな事が私に出来ますの?」

「出来る」

 力強く頷くエルダー様。


「させん!」

 国王は開け放たれたテラスの向こうに手を広げる。

「見よ、この海を。満々と満る戦艦を。続々とこの国に来る帝国兵を。もう覆らぬぞ」

 そして嘲笑って続けるのだ。

「今更遅いわ。そこな小娘に何が出来る。その剣ごと我が物にしてくれよう。わはははーーーー!!!」

 国王の哄笑が王宮の玉座の間にこだまする。



「押し寄せる帝国に抗うにはお前しかいない、ステラ」

 お父様が言う。

「私も、境界の森を帝国に荒らされては困るのだよ。我が一族、隣人、全てが灰燼に帰す」

 エルダー様と私が出会ったのは、これの為だろうか。あの満々と押し寄せる帝国の艦隊を退ける為。ヘレスコット王国と、サイアーズの森を守る為。


「承りました。それが私の使命ならば」


 王国の騎士達は帝国の艦隊を見て誰も動かない。誰も私を止めない。

「ええい、何をしている! 早くその娘を押さえるのだ!」

「止めさせよ!」

 国王や王妃や王太子が喚いても、私を止める術はない。

 だって神が、そして魔王とその子が私を守っているんだもの。


 私は星を呼んだ。



「星よ、星よ、星よ、

 我が願い聞き届け給え。

 あの黒い船の満ち満ちたる海に、

 彼の海に、

 星よ、堕ちよ────」




 遠く轟く音が聞こえる。何の音だろう。


 最初に来たのは白い光だ。


 彼方から白い光が、段々大きく眩しく目も開けられぬほどに光り輝いて、そして音が追いかけて来る。

 轟音、轟くような音が、つんざくような音が、光は弧を掻き何度かの爆音を巻き知らしながら海に、その瞬間、間近で雷の落ちたような音と衝撃が、誰も立っていられない程の──、そしてゆらりと空間が揺れた。


 王宮の広間に衝撃が来る。

 焼かれるほどの閃光と光の波、そして爆発、衝撃波が王宮を揺らす。水蒸気が天高く上がり、波が押し寄せる。衝撃波は何度も押し寄せ、空は水蒸気と塵に覆われる。




 王宮の玉座の間に居た人々はみな吹き飛ばされた。転がって床に這いつくばる。首を振ってようやく顔を上げて海を見る。水蒸気と塵に覆われた海を。そして今まさにこの王宮に押し寄せんとしているのを。


 私はエルダー様に抱き留められ、しがみ付いた。

 この閃光と衝撃に立っていられた人がどれ程いただろう。

「お父様、エルダー様……」


「うわああぁぁーー!! 帝国の船が、船がぁぁぁーーー!!」

「きゃああぁぁぁーーー!!」

 床に転がった王と王妃が叫んでいる。

 国王派と貴族派とに分かれた広間を、殺伐とした空気が覆う。

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