第7章 第2話
第7章 学園都市メルキス編 第2話(1)
「さて……全員揃ったみたいだな」
その場に集った一同の表情を睥睨し、ゲルマントは口を切った。
三つの部屋で諸々のやり取りがあった後、一刻置いてゲルマントの宿泊室に一同は会していた。陽は徐々に傾きかけており、夕暮れの色が窓から差し込みつつあった。
「そんじゃ、まずは順当に各自の報告から始めるか。便宜上ここは俺が仕切る。いいな」
その言葉に全員が頷いたのを見て、ゲルマントは場を進め始めた。
「んじゃ、まずはレオーネとエヴァンザであったことを教えてくれ。どっちからいく?」
「では、まずは僕から話させてください。いいかな、クランツ?」
「ああ、頼むよ」
ルベールの言葉に、言葉を振られたクランツは視線と頷きで返す。それを受けたルベールが、彼の居留した工業都市エヴァンザでの出来事を話し始めた。
「結果から言うと、エヴァンザの事実上のトップであるコーバッツ公社長は、僕らの計画に賛意を示してくれました。そして、《墜星》の使徒が僕らの元に現れたのも予想通りでした」
「《墜星》か……随分と大仰な名だが、まあいい。それで?」
続きを促したゲルマントに頷きを返し、ルベールも話を続けた。
「使徒はコーバッツ社長の令嬢を攫い、彼女の身を餌に僕達を誘き出しました。僕らを始末するための行動だと考えていましたが、その後に不可解なことが起きました」
「不可解なこと?」
ゲルマントの疑問に、ルベールは頷きを返しながら答えた。
「僕らがルチアを……コーバッツ社の令嬢を奪還したタイミングで、王室直属の特務部隊を名乗る騎兵隊が現れたんです。そして、それを見た使徒があっさりと身を引いたんです。まるで、僕らの戦闘が終結してルチアが奪還されるのを見計らったかのような……あるいは、それをあらかじめ見越していたかのようなタイミングでした」
今考えても不可解とばかりに言うルベールの言葉に、セリナが疑惑の声を上げた。
「あらかじめ見越してたって……それって」
「うん。彼らは内通していた可能性があると僕は考えてる。《魔戒計画》を推し進める《墜星》と、王室直属の特務部隊……この二つの間にどんな繋がりがあるのか、今はまだ判明していないけれどね。もしもそうだとすれば、あの時の使徒や隊長の態度にも説明がつく」
「隊長の態度?」
クランツの疑問の声に、ルベールは不可解な状況を思い出しながら語った。
「使徒が撤退した後、僕が騎兵隊の隊長に所属を含めて質問をしたんです。それこそ、こんな絶妙なタイミングで現れることができたことについても。そうしたら、隊長は去り際にこう言いました。『敵にするのが惜しい』と」
ルベールのその言葉に、エメリアが小首を傾げながら疑問を挙げた。
「敵にするのが惜しいって、まるでルベールさんやエメリアちゃん達を敵に回すような言い方ですねぇ。向こうは王室直属で王様のための部隊で、こちらも王都自警団の王国と国民のための部隊なんですから、何も敵に回ることもないと思いますけどねぇ」
「普通に考えればそうなるはずだよ。だからこそ、そこが引っ掛かるんだ。もしも彼らが、《魔戒計画》を進める《墜星》を止めるための僕達の敵になるんだとしたら、彼らは《墜星》側の《魔戒計画》を推進する立場に与していると考えられる」
そう語ったルベールの仮説に、クランツとセリナが疑問を交わす。
「あれ、でも《魔戒計画》は王国の最終兵器を作るための計画だから、王室直属の部隊が《魔戒計画》を守ることは別におかしくないんじゃ……」
「でもちょっと待って。だったらそもそも、あの場で使徒と騎兵隊の隊長が睨み合うのもおかしくない? だってそうだとしたら、あいつらの陣営は同じなわけでしょ?」
「う、うーん……?」
クランツとセリナの間で混線しかけた話を整理すべく、ルベールがポーチの中の手帳からページを破り、取り出したペンで話を図に書き表しながら話を続けた。
「一旦、ここで少し要点を整理しよう。僕らは《魔戒計画》――
クランツとセリナを始め、一同が頷きを返したのを見て、ルベールはさらに筆を続けた。
「そして、《魔戒計画》、すなわち最終兵器の製造は、団長が見た国府の深部で進行している。それを推し進めているのがアルベルト公の政敵・国府を牛耳る宰相ベリアルの一派であり、それに加担しているのが《墜星》、クラウディア団長やサリューさんの旧知の一団だ」
そうして三つの勢力を図に書き表した所で、ルベールは話を一旦まとめにかかった。
「《魔戒計画》を巡る動きは、概ねこの三つの勢力――アルベルト公、ベリアル宰相、《墜星》の間の綱引きになっている。僕らの立場と残り二派との関係性はさっき明らかになったとして、問題は残りの二派の関係性だ。彼らが敵対関係にあるのか協力関係にあるのか……それがわかれば、僕らとの関係性も相対的に見えてくるはずだ」
そう現在の状況を結論付けたルベールに、事態を静観していたクラウディアが言った。
「となると、その《王室直属特務部隊》というのがどこに属していて、どのような目的を持って動いているのかで、状況は変わってくるというわけだな」
「おそらくは。彼らが《魔戒計画》を推進あるいは保護しようとしているのか、それとも阻止しようとしているのかで、彼らの捉え方は変わります。協力者なのか敵対者なのか……もっとも、エヴァンザで会った感じ、味方とは到底考えられそうになかったですが」
そう言うと、ルベールはゲルマントに秘密を睨み出すような鋭い視線を向けた。
「ゲルマントさん。王室直属の特務部隊……何か、心当たりはありませんか」
真実を見透かそうとするようなルベールの視線に、ゲルマントは参ったように言った。
「ベリアルのジジイが私設の隠密部隊を抱えてるって噂なら、何度か耳にしたことがある。加えて奴は国府の重鎮だ。正規部隊のどこかしらを手駒にしててもおかしくないだろう。表と裏で使えるものは全部手中に入れてるはずだ。奴の計画達成のための手段としてな」
「そうですか……そう考えると、やはりあの騎兵部隊はクロですね。しかし、もし彼らがベリアル宰相の指示であの場に現れたとしたら、彼らの目的は……」
ルベールのその疑問に、当時同じ場にいたセリナが再び声を上げた。
「あたし達の邪魔をするためじゃないの? だってあいつら、ベリアルの駒なんでしょ?」
「そうなんだけど、そういう事じゃないんだ。僕らの行動を妨害するより前に、彼らが……ベリアル宰相配下の部隊が動いている全体的な目的について……そこが気になるんだ」
「全体的な目的?」
思考を整理しきれない様子のセリナに、ルベールはどうにか考えを伝えようとした。
「エヴァンザでの局地的な目的とは別に、ベリアル宰相の勢力がどういう目的で行動してるのかっていうことが気になるんだ。おそらく《墜星》と同じように《魔戒計画》の推進と、それを阻止しようとしている僕達の妨害をしようとしているとは思うんだけど……」
「まどろっこしいなぁ。何が言いたいのよ、ルベール?」
痺れを切らしたセリナの問いに、ルベールは観念したように言った。
「推測だけど、《墜星》と宰相一派が全く同じ行動方針の上に行動してるとは思えないんだ。ルチアから聞いた話でも、《墜星》の一派は《魔女狩り事件》を発端に人間に対して反感を抱いているらしい。そんな一派が《魔戒計画》なんていう宰相の国力増強策に素直に協力するとは思えない。双方に別々の思惑がありながら、表面的に協力の形を取っている……そんな気がするんだ。そう考えると、僕らがエヴァンザで会った使徒の言動にも辻褄が合う」
ルベールの結論に、セリナはエヴァンザでの使徒の言動を思い出しながら言った。
「そういえば、そんな感じのこと言ってたわね……まあ確かに、今までの町でのことからしても、ベリアルと使徒達が足並み揃えてる感じがしないっていうのには同感だけど」
「そうね……ベリアル一派と《墜星》は協力関係でありながら敵対関係でもある、そんな所かしら。互いの立場的に考えればわからなくはない話ね」
それにサリューが重ねて話をまとめた所に、ふいにエメリアが得心したように言った。
「ふぅむ……でもそうなると、だいぶお話が見えやすくなってきたんじゃないですかねぇ」
「え……これで?」
それに疑念の声を上げたクランツに、話の筋を見たらしいエメリアがさらっと言った。
「エメリアちゃん達のお仕事は、アルベルト様のお言いつけに従って《魔戒計画》を止めることでしょう? そして、《魔戒計画》を進めてる方々の目星も所属も見えてきました。でしたらあとはその方々に直談判に行けばいいんじゃないんですか?」
エメリアの端的なその提案に、クランツが呆れたように抗議する。
「直談判って……どうやって」
「難しい話じゃないですよぉ。要は、計画を進めてる人達をとっちめればいいだけでしょう? でしたら後は誰を狙えばいいのか、ターゲットを絞るだけじゃないんですかぁ?」
「あー、それなんだがな。ひとつ、お前らにも伝えておかなきゃならんことがある」
その場の話を断ち切るように、ゲルマントの重い声が割って入った。普段ならない厳重な様相のその態度に、声を上げたサリューを始めその場の全員が異変を感じ取る。
「何よゲル、改まって?」
「いいかお前ら、落ち着いて聞けよ。そんで、冷静に分析しろ。目的を見失うなよ」
「何なのよいったい、ゲルマントさんらしくないなぁ。何なんですか?」
焦れるようなセリナの催促に、ゲルマントは渋い顔で、言いにくいことを口にした。
「俺らの追っかけてるその《魔戒計画》だがな。アルもそれに一枚噛んでるらしい」
瞬間、深淵のような沈黙がその場に広がった。全員がその言葉を理解し、呑み込み、頭の中で消化不良を起こしかける中、クランツがぽろりと声を零した。
「……え?」
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