イマジナリー・サクラメント~ラノベオタクの俺が異能学園の教師になった~

亜未田久志

第1話 とある三十路の非常勤講師


 求人サイトで「君にはこの職がいいと思うよ!」と紹介されたのが私立櫻ヶ丘学園の非常勤講師だった。一応、大学で教員免許は取ってるし、まあ出来なくはないが。

「ふむ……再就職先が一応とはいえ教師か……」

 前の仕事を「お前空気読めねぇからクビ!」されてから職探しをしていたのだが、だが……。

「うーん、教師か」

 いまいち想像がつかない。自分が教師をやっている姿が、だ。

 今年で三十路になる俺、別に年寄りを気取るつもりもないが、若いと自分で言うと十代から鼻で笑われそうで嫌だ。

 まあでも教師やるならこのくらいの年齢が妥当っちゃ妥当か。

 そんな妥協の下、俺はこの私立櫻ヶ丘学園とやらに面接に行く事にしたのだった。

 俺はその時、思いもしなかったんだ。それが俺の人生のスパイスになるどころかメインディッシュになるだなんて。

 

 都内某所、私立櫻ヶ丘学園。

 面談室。

「いやー遠路はるばるよく来てくれました」

「別に遠路ってほどでは、都内ですし」

「こりゃまた失敬、口癖みたいなもんでしてね」

「はぁ」

 なんか糸目にスーツの胡散臭い感じの大人がごまをする感じで向かい合わせに座る俺に話かけてくる。

 面談室とは名ばかりの狭い談話室。

 正直、息苦しくてしかたない。

 久々に着たスーツのせいかもしれないが。

「それで伊佐木善継いさぎよしつぐさん、伊佐木さんでよろしいかな? あなたはどうしてこの高校を選んだんです?」

「求人サイトにオススメされたので」

 別に詭弁を弄するところでもないだろうと思い実直に話した。

 すると糸目は相も変わらずに話を進めた。

「なるほど、なるほど、教員免許は現国という事でよろしかったかな?」

「はい」

 そういや昔書いた卒論の内容、アレは我ながら傑作だった。その名もズバリ「ラノベに見る現代文学」……だったかな。今でも生粋のラノベオタクの俺にとっては綺麗な思い出だ。まああの時の狸教授が何を思ってたのかまでは知らんが。

「ところで! ウチが特殊な学校というのはご存知かな?」

 急に声を荒げたので少し驚いた。

 なんだ急にと思って糸目の顔を覗き込むと、こちらを目を見開いて覗き返していた。

「いや……求人には普通科の私立校だって」

「ええ、ええ、表向きにはそうなってますとも、ええ、ええ、その通りです。だがしかし!! その実態はちがぁう!」

 なんだこいつ、癇癪持ちか。

「この学園は罪禍ざいかと戦う戦士を育てるために設立された秘蹟の学び舎なのです!!」

 いよいよ言ってる事がわからんくなってきた。

 ざいか? 戦士? ひせき? なんの話だ?

 俺は妄想のし過ぎでラノベの世界にでも迷いこんだのか?

 そう思って俺が自分の頬をつねった辺りで、がらっと談話室の扉が開いた。

 そこには美人――そう言うしかないほど――の女性が立っていた。

 スーツルックに長い黒髪が映えている。

 切れ長の瞳は赤く染まっていた、カラコンだろうか?

 彼女は俺を睨みつけた後、同様に糸目の男(そういやこいつの名前を俺は知らなかった)も睨みつけ。

狐屋きつねや先生! まだこの人は部外者なんです! あまり大っぴらに話さないでくださいと何度も何度も!」

「これはこれは赫津あかつ先生……仰る通りで……」

 どうやら糸目の方はきつねやと言い、女性の方はあかつさんと言うらしい。後で漢字も教えてもらおう。

「全く……すいませんね、狐屋先生はいつもこうなるから誰も採用出来ずに困っていたんです。だから仕方なく虚偽の求人を……」

「きょぎ?」

「……あ」

 このあかつって人もだいぶ迂闊らしい。

「……確か、伊佐木さんでしたよね」

「は、はい」

「あなたには選択出来る権利があります。このまま何も知らず帰るか、全てを知って帰れなくなるか。その二択が」

 超絶に嫌な二択だった。

 俺は知らないという事が嫌いな性分で一度関わった事から自分から逃げたくない性格だった。

 だから即答してやった。

「知らないまま帰るくらいなら、帰れなくなる方がマシですね」

 するとその言葉にあかつさんもきつねやも驚いていた。

「……失礼ですけど、今、あなたが何かを考えたようには見えなかったのですが」

「これは俺の生き方の問題ですので」

 するとそこで糸目が拍手をした。

「すっばらしい! 赫津先生! こういう方こそ我々が求めていた人材ですよ!」

「興奮しないで下さい狐屋先生! はぁ……分かりました。面接は合格とします。ですが先ほど述べた通り、貴方にはもう自宅に帰る権利はありません。ご自宅にペットなどおられるのなら今の内に引き取り先を探して連絡するなどしてください」

「独り身の万年床で何にもないのでご安心を」

 ちょっぴり皮肉を込めて言ってやった。

 するとあかつさんは苦笑いすると。

「……確かに、あなたのような人材が必要なのかもしれませんね。これから起こるであろう戦いには」

「たたかい」

 自分で発したその言葉はどこか空虚で現実感が無かった。

 だけど彼女が本気なのは嫌という程、伝わってきた。

 だから俺はこう返す。

「俺はやる時はやる男ですからね」

 またしても糸目の拍手喝采が狭い談話室に木霊した。

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