忍者の掟
淳弥は校舎へ戻った。山頂へ向かってから、すでに四半時は過ぎている。
敵は撃退しているはずであった。
が、様子がおかしい。静かすぎる。もはや剣戟の音や銃声どころか、物音ひとつしない。
夜襲してきた坊主たちは駆逐したはずだが、生徒たちの声もない。
暗く、静かになった校舎を抜けて、校長室へ向かった。
月光が差す室内には半蔵一人だけが、机の向こうに座っていた。
「先生はどちらへ?」
散らかったままの敵の死体を跨いで室内へ入ると、半蔵は力無く淳弥を見た。
「去った」
「去った?」
「そう。お上の元へ去った」
「……!」
恐れていたことだった。淳弥も考えてはいた。日本政府も一枚岩でない。いつ心変わりするのかなどわからなかった。
しかし、まさかこんなに早く手のひらを返すとは。
「まさか、沙汰があったのですか」
差し出された文書を見た。
「語部結衣子 右の者、ただちにこの文書持ちたる者へ引き渡し、委細滞りなく……これを行うべし……」
「お上の沙汰だ。我々は受けるしかない」
負けた。
敵は政府を味方にしたのだ。
力で勝てないならば、別の方向から攻める。戦の常套だ。敵が
淳弥は力無く天井を見上げた。忍者など、所詮は使われる者。何ができるというのだろう。
半蔵も配下の忍者達も、負け戦に沈黙していたのだ。
「一番の弱みを突かれた。結衣子殿のことは、もはや忘れるしかあるまい」
力無く呟く半蔵の人生には、何度このようなことがあったのだろう。
が、淳弥にとっては初めてだった。無言で見上げたままだ。彼の目の先は天井を超え、届かない暗闇が見えていた。
初めて拠点を襲撃された。
初めて任務に失敗した。
初めて負けた。
淳弥も忍者だ。感傷など許されていない。しかし、まだ柔らかさを残した瑞々しい心に、重いものが伸し掛かった。
「坊。下がっていい。片付けはこのあと下知する。他のものに任せて休め」
それでも動かない。彼にとって、それが唯一の抵抗だった。飲み込まざるを得ない苦汁がいつまでも舌に残って痺れている。歯を食いしばっても、いつまでも消えない。
半蔵はそれ以上は何も言わない。無言の我慢比べのようだった。
「おや、取り込み中でしたか」
聞きなれた軽口が聞こえた。
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