ちんぷんかんぷん

 やっぱり何か変だ。


 今度は養護教諭、いわゆる保健の先生のたちばな一香いちかがわざわざ結衣子の席までやってきた。


「昨日は大変でしたね」優しげな笑顔で声をかけてくる。「うちも心配してたんですよ。二条先生も三船先生もちょっと抜けてるところありますから」


 一般的な保健室の先生がどんなものかは正直、結衣子はよく知らない。この学校が初めての職場なのだ。しかしたぶん、世間的にはこんな美人で耽美な保健の先生はそうそういないだろう。


 男子生徒の目を引いてやまない綺麗な顔立ちと均整が取れた体つき。女子生徒があこがれる余裕のあるたたずまい。ちょっと関西弁が入っているのも、生徒たちが身近に感じる要素の一つである。


「ご心配かけてすいません。みなさんもうご存知なんですね」


「それはもう。普段はうちがしっかり見張っているんですが、今回は里から呼び出しがあってどうしてもはずさないといけなくって。お頭もだいぶんらしくなってきたんですが、やっぱりまだ甘いところがありますね」


 一香はほほに手を当ててため息をつく。その姿が様になっていて、思わず黙ってしまった。


「先生?」


「あ、すいません。ちょっとぼーっとしちゃって」


 まさか見惚れていた、とは言い難い。何か誤魔化せるような話題はないだろうか。


「その、不勉強で申し訳ないのですが、三船先生もおっしゃってたお頭さんとはどなたのことなんでしょうか?」


 一香は少し驚いたような顔をした。ややあって、またため息をついた。


「お頭もまだまだね。報連相は社会に馴染むためにも身につけておく必要があるのに」


「……?」


「すいません、こっちのことです。あとでうちから本人に言っときますんで、どうかお気になさらずに! そうなると、うちの話もちんぷんかんぷんだったでしょう? 普段はもっとしっかりしている、期待のリーダーなんですけど」


 意味ありげなことを言って、職員室から出ていく。


 去り際に、


「もしまた変な奴らがうろついていたら、すぐにうちに連絡してください。消し炭にしてあげますよ……炎のように」


 最近は本当に何かが変だ。まったくもって、ちんぷんかんぷんである。

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