魔女、はじめました。-境界の承継者は月と踊る-

火稀こはる

第1話

 賑やかな街の駅を挟んだ反対側。高台に茂る森の中に、古めかしい鉄の柵。そして蔦の絡まるアーチ型の門。そこから続く石畳を進むと現れる洋館のような建物。

 ここは、私立黒月学園の特別学生寮『月詠寮』。

私、宵月由依よいづきゆえは呆然と館を見上げた。

(これが、私のもの…)

にわかに信じ難いが、事実である。間違いなく、たぶん。

先日他界した祖母が私に遺したもの、それがこの館と土地の所有権だった。

と、言う訳で今日からこの『月詠寮』の主は私になった(筈)ですよ。

恐る恐るインターフォンを押すと、これまた古めかしい音が扉の奥から微かに聞こえた。

「…」

 待つ。

「……」

 待つ、が。

「………?」

誰も来やしねぇ。

確かに、葬儀から数日で家主が変わるなんて急な話だ。でも、一応弁護士からも連絡行ってるし、向こうも了承して貰ってる。何なら今日私がここに来ることだって当然連絡&了解済みだ。…なのに!

鉤月こうげつさん、だっけ?居ないのかな。」

ここの管理人という「鉤月さん」にもちゃんと連絡してあるし、時間もジャストだ。

「ん~~…」

ドアに手をかけると、少し軋んだ音を立ててすんなり開いた。

(開いちゃった…え、鍵は?!大丈夫なの、ここ!)

ともかく、開いたからには入ります。

大丈夫、だってここ私のだもん!居ないのが悪いんだもん!

自分を鼓舞して、勇気を持ってそっと中を伺う。

「お、お邪魔しまーす…」

館の中は案外普通だった。玄関の天窓から柔らかな光が射し込む。アイボリーの壁が優しい印象で、好感が持てる。フローリングの床は年季こそ感じるが、きちんと掃除されていてピカピカだ。

今日からここが私の家になる。高揚感と共に一歩、二歩と中に歩み入ると、「管理人室」のプレートが掛かった部屋を見つけた。

様子を伺おうと近付いた、その時。

「おい、何してる。」

「!」

声の方に振り返って、思わず息を呑んだ。

耳、がある。いや、普通の人間のそれではなく、獣の耳だ。犬っぽい獣耳の少年が怪訝そうにこっちを見ている。

耳がピクピク動く。よく見たら尻尾もある。

(い、犬耳っ!?)

「あんた、誰?つか何?」

「えっ…あ、宵月由依です!今日からよろしく!」

耳を凝視してたのを誤魔化す様に、勢いよく握手を求める。犬耳くんは反射的に出された手を握った。

「おっ…おう」

「ところで、あなたが鉤月さん?」

私の問に耳がピクリと動く。いちいち気になる。

「違う。鉤月はアレ、ほらそこに寝てるヤツ…」

彼はため息と一緒にリビングの方を指差した。その先には、確かに陽当りの良い床で爆睡中の人が。…あれ?人?

床に丸まってる人の頭にはまたしても獣耳、お尻の辺りからはしゅるんと長い尻尾が。

猫かな?

「ねぇ」

くるりと犬耳くんの方を向くと、おもむろに手を伸ばす。ぎゅう。

「痛っ!」

「え、これ本物…?!」

犬耳をギュッと掴んでみた。確かに温かいし本物っぽい。じゃあ…

床に寝転ぶ猫耳青年に近づく。意外と美形。

「鉤月さん?」

声を掛けると耳がピクリと動いた。

「ん…マスター…?」

「鉤月さーん」

今度は髪に触れてみる。すると、触れた瞬間彼はバチッと目を覚まして顔を上げた。驚いて座り込む私。

「マスター!?」

「わっ」

「もう、どこに行ってたんですかー」

しかも突然猫耳青年に押し倒された。後方に倒れ込む私達を犬耳くんのが唖然として見ている。

「ちょ、違っ!」

「…ん?あれ、胸小さくなりましゴフッ?!」

「うっせーーー!!」

吹っ飛ぶ猫耳青年。私は思いっきり彼にアッパーをお見舞いしていた。

犬耳くん、更に唖然。


「…ど、どうぞ…」

猫耳青年はおずおずと私の前に紅茶とケーキを置いた。ちょっとビビり過ぎ。私も、少しやり過ぎたと内心後悔しながら、とりあえず咳払いをしてみる。

「で、鉤月さん?」

すると、猫耳がピクリと反応する。

「す、スイマセンでした。お待ちしている間に寝てしまって…」

鉤月さんは苦笑して私の傍らに片膝を付いて座った。

「では、改めて…」

そっと私の手を取って見つめる。

「マスター由依、ようこそ『月詠寮』へ。俺は先代から貴方に尽くすように賜った使い魔の鉤月です。」

「使い魔?」

「ええ、だって貴方は先代の観月みつき様からここを受け継いだ、第18代目『月の魔女』でしょう?」

「は?」

魔女って、あの魔法使いの方の?いや、私、魔法なんて使えませんけど?

「……」

眼の前に鉤月さんの猫耳がある。なんの躊躇もなくそれをぎゅぅと握ってやった。

「ふぎゃ!」

「…私、所有権は継いだけど、魔女になるなんて聞いてないんですよね?」

 続いてニッコリと笑う。

「ちょっと詳しく教えて?」

「で、ですから、ここの主になるということは『魔女』を襲名するという事なんです。貴方にはその資格と義務があるんです。」

「つまり、家主=魔女ってこと?」

すると、鉤月さんはちょっと安堵の笑顔を見せる。

「そうです!」

「はぁ…」

あまりに即答で言い切られて、私は気の抜けるような返答しか出来なかった。

(まぁ、呼び名みたいなもんか…その位別にいいか。)


 …なんて、簡単に承諾して『18代目』を継いでしまった私でしたが、この寮…実は本当に魔女が君臨するに相応しいファンタジーな所だったんです!

 と、言うわけで、学生寮を舞台に、月が彩る幻想物語、開演!です!

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