旅は道連れ世は情け~together with Vampire~

あやね

第一章~縁の糸が視える者~


 とある山中に飛行機が墜落した。

 木々が生い茂るはずの場所には、機体の残骸が散らばり、墜落した衝撃により、硝煙が立ち上り、その場所だけ焼けていた。

 現場に到着した救助隊も、必死に救助活動を行ったが、出てくるのは無残な死体ばかり。五体満足でそろっている方が良い方で、最悪、本人の識別が出来ないほどの損傷、もしくは五体が四散しているという死体もあった。

 絶望的な状況だった。そんな中、機体の残骸に挟まれている青年の指先が動いた。


 この日、五百二十三名死亡。生存者はたったの一名だった。


「今日はどうなさいますか?」

「今日は少し短く整えたいの。そうねえ、ミディアムヘアにできる?」

「分かりました。では……」

 お客様の要望を聞き、ある程度のイメージを浮かべる。ハサミを手に取り、お客様の髪を細かく慎重に、かつ素早く切っていく。

 お客様の髪を綺麗に整える。それが美容師としての俺の……西条桐斗さいじょうきりとの仕事だ。

「西条さん。実は相談があるけどいいかしら?」

「ええ、いいですよ」

「実は、サークルの先輩でとても話が合うのだけど、だんだん一緒に居たいって思うようになってきて……思い切って告白してもいいのかしら?」

 だいぶ人生の分岐点になりそうな相談だ。普通の人なら、どうアドバイスするか迷うところだが、俺は普通に人とは違う。

 俺は、人の縁が糸のように見えるのだ。

 縁の種類によって色が違う。お客様の指には家族との縁を表すオレンジと恋愛を表すピンクがあった。

 恋愛の縁があるということは、脈ありということか。

「大丈夫だと思います。それに告白せずに時間が経ってしまいますと、後悔が残っていますかもしれません」

「そうかしら?」

「まあ、俺の助言は一つの意見だと思ってください。決めるのはお客様です。だって、お客様の人生なのですから」

 そう話していくうちに、お客様のカットが終わった。切る前より五センチくらい毛先を切りそろえ、ミディアムに整えた仕上がりだ。

「決めた。私、告白してみる!西条さんのおかげで勇気が出たわ!ありがとう」

「お客様の力になれて良かったです」

「西条さん。もし振られたら、ベリーショートにするから!」

「そうですか……上手くいくように祈っています」

 お客様は満面の笑みでお店を出ていった。

「いやー、西条君の接客スキルは凄いねえ。1年前からさらに磨きかかってない?」

 店長が笑顔で話しかけられた。

「そうですかね?」

「俺が君の年でそんな会話できないわあ」

「ありがとうございます」

 店長との会話を終えると、次のお客様が来店した。


 帰宅する頃には、日が傾き始めていた。時刻は十九時。だが今は八月の上旬。日が長いこの時期は、夕方だと思うくらい明るかった。

 今日はコンビニ弁当にしようかなあと考えていた時だった。街中にあるテレビにニュースが流れる。

『あの飛行機事故からあと五日で一年になります。現場には遺族らが集まり、献花が供えられています。なお、この事故に関し……』

 約一年前の飛行機事故。当時の映像が映し出されると、胸が締め付けられる感覚が走ると共に当時のことを思い出す。

 約一年前、俺はこの飛行機に乗っていた。一人旅行の余韻が残ったまま帰宅するだけだった。突然の揺れ。傾く機体。そして、衝撃と共に意識が途切れた。

「すみません。西城桐斗さんですか?」

「そうですが?」

 男が声をかけてきた。

「私、○○という雑誌を編集しているものでして」

「はあ」

 手には手帳とペンが握られていた。おそらく記者だろう。

「あの飛行機事故から約一年経ちます。唯一の生き残りである西城さんにインタビューしたいのですが……」

 悪意のない笑みだった。だが、あの事故はそんな表情で言うことじゃない。それに、俺と話したいならアポを取るのが礼儀だろう。それが出来てないんだ。ろくな記者ではないのだろう。

「俺と話したいならアポを取ってください。正直迷惑です。あと、一つ忠告しておきますけど……無理やりなインタビューを続けると恨まれますよ」

「な!」

「失礼します」

 記者の男は怒りの表情をしたが、それを無視して足を進めた。

 あの男はおそらく今のように無理やりなインタビューをしてきたのだろう。彼の指には濃く血のような赤い糸が数本も結ばれていた。そして、男の背後には半透明の女がひっそりの佇んでいた。要は幽霊だ。もちろん、女と男の間にも濃い赤い糸が結ばれている。

 霊的なものや縁の糸は、もともと見えていたわけではない。あの飛行機事故から生還した時から見えるようになった。

 病室で目を覚ますと、様々な色の糸が人と人を結びついている風景。そして、生気を感じない者や異形の者。その風景に困惑したが、それ以上に困惑したのが、その風景に対する知識が頭に浮かんできたということだ。オレンジ色は家族の縁、ピンク色は恋愛の縁、あれは幽霊であれは妖怪など、知らないはずの情報が次々と流れ込んできたのだ。

 もちろん、最初は困惑した。見える見えないの差異に戸惑ったり、霊的なものに絡まれたりもした。だが、時間が経つと人間というものは慣れるというもので、半年経った頃には、見える見えないの差異にある程度慣れていた。それに、縁の糸が見えることによって、先ほどのように接客に活かせることが出来るので悪いことではないとも思った。


 記者の男をようやく撒いたと思った時には、帰り道より大きく外れていた。仕方がないので遠回りしながら帰ろうと思った時だった。

 ビルとビルの間から大きな物音がした。恐る恐る音がした方へと足を向けた。人目がほとんどない細い道。その角に人がうつ伏せで倒れていた。

「大丈夫ですか⁈」

 急いで駆け寄って仰向けにする。

 十代後半の少女だった。腰まで伸びた銀髪、整った目鼻立ちをしていたため、外国人に見えた。首からデジタルカメラを下げていることから、観光客だろうか。

「う……」

 意識はありそうだが、受け答えができる状態ではないな。

 俺は救急車を呼ぼうと携帯を取り出そうとした時だった。頭にかぶっていたつば広帽子がずれて、髪の隙間から尖った耳が見えたのだ。

 もしかして、人間ではない?

 携帯を取り出そうとした手が一瞬止まった。

「……でも、見捨てるわけにはいかねえよな」

 人だったら救急車を呼んでいたのだが、人にはみえない少女を病院に見せるのはまずい。俺は少女を抱えて、家まで急いだ。




 アパートの二階。そこが俺の自宅だ。ひとまず自宅に連れていき、ベッドに寝かせた。

 少女の容姿をよく見ると、人間離れした美しさがあると感じた。腰まで伸びた銀髪。極力日に当たっていないような白い肌。

 尖った耳や鋭い爪を持っていたが、少しフリルが付いた青いワンピース来ているからか、フランス人形に見えた。

 どうして倒れてたんだ?この時期だったら熱中症が多いけど……

 様々な考察するが、本人が起きないと分からないことだと結論を出し、俺は麦茶を出そうと台所に向かった。そういえば夕飯まだだったなあとか、コンビニ弁当買い忘れたどうしようとか考えていた時だった。

 後ろから物音がした。振り返ると少女が立っていた。

「ああ、起きたのですね。体はどうですか?」

 少女の方へと駆け寄って尋ねる。

「どういうつもり?」

「え?」

 少女の赤い目と合った時だった。

 急に糸が現われて俺の体に巻き付いた。手首を頭の上に縛られ、足が床から離される。糸に吊り下げられた状態になった。

 全体重が手首にかかり、糸が食い込んでいたため痛みが走る。

 よく見ると、糸は少女の指先から出ていた。少女が糸を操って縛っているのだ。

「吸血鬼を家に招くなんて不用心ね。こんな風に血を吸われるかもって思わなかった?」

 吸血鬼と言われ、俺は驚きを隠せなかった。

「いやいや⁈吸血鬼って知らなかったし!」

「でも見たでしょ?この尖った耳。人間じゃあり得ないでしょ?」

「それじゃあ、なんで倒れてたんだよ!しかも、今も辛そうじゃないか!」

 そう言った途端、少女の目が見開いた。

 一見俺がピンチに見える状況。だが、少女の顔は青いままだ。

 一瞬の沈黙、そして

「ふふ……あはははははは!」

 豪快に笑った。

「ごめんね。化け物を抱えて家に招き入れる人間なんて初めてだったから、どんな人間なのか試しちゃった」

 糸が降ろされ、足が床に着いたところで手首が自由になった。

「まったく……ふらふらな状態ですから、横になっててください」

「敬語」

「ん?」

「敬語じゃなくていいわ。さっきの素がいい」

「まったく……」

 少女をベッドに誘導して座らせる。

「私はフォルティシア。吸血鬼よ。改めて礼を言うわ。ありがとう。今日、初めて日本に来たんだけど、想像以上の暑さにやられちゃって、めまいが来てしまって倒れてたの」

「俺は桐斗。西城桐斗だ」

 お互い握手をした。少女、フォルティシアの手から冷たさを感じた。

「それって熱中症だよな?だったらポカリとか麦茶だけど……吸血鬼だったら血を飲んだ方がいいのか?」

「……麦茶でいいわ」

「分かった」

 コップに麦茶を注ぎ、フォルティシアに渡した。のどが渇いていたのか、一気に麦茶が無くなった。

「ふう……ありがとう。だいぶ楽になったわ」

 そう言った途端、フォルティシアの体が分裂した。分裂した塊は蝙蝠となって視界を遮られた。思わず目をつぶり、再び開けたときには、フォルティシアの姿は無かった。飲み終えたコップと窓から吹く風の音だけが残されていた。


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