夫婦二世の、異世界スローライフ

こまちゃも

第1話 夫婦は二世


とある山奥に、一人のお婆さんが暮らしておりました。

三年前に旦那さんを亡くし、年に数度、子供が孫を連れて遊びに来るのを楽しみに、畑仕事をする毎日。


「ふぅ‥‥こんだけあれば、明日の分はいいねぇ」


少し曲がったままの腰に手をあて、竹で編んだ籠にたっぷり入れた、採れたて野菜を満足げに見る。

舗装されていない地面が、竹籠を乗せた荷車をガタゴトと揺らす。

一歩一歩進む中、「ニャー」と猫の鳴き声が。

すると、お婆さんは辺りを見渡す事もなく、ゴソゴソとモンペのポケットを探り始める。

ハンカチに飴、クリップを取り出し、最後に出て来たのはスマホ。先程の鳴き声は、どうやら着信音だったようだ。


「明日、昼頃到着か。はいはい、と」


慣れた手つきで「了解」とスタンプを送るお婆さん。

そしてまた荷車を押し、玄関へとたどり着いた。

カラカラと小気味良い音を立てて、人が横に三人並んでも余裕で入れる程の戸を開くと、荷車ごと入って行く。

ひんやりとした土と古い木の香りにほっと一息吐くと、土間の隅に荷車を着けた。

近くに置いてあった竹ザルにナス二本とキュウリ三本を乗せて持つと、上り口には上がらず、奥へと進む。暖簾の掛けられた入り口に入ると、台所に繋がっていた。

靴を脱いで一段上がると、竹ザルを流し台の中へと置いた。

竹とタイルがコツンと当たる。

それから少し遅めの昼ご飯を食べて繕い物をしていると、ふと床の間に置いてある箱が目に入った。


「そう言えば、ずっと触ってなかったねぇ」


片付けを終えて箱の蓋を開けると、そこにはなんとも場違いな物が入っていた。

二つ入っているそれを一つ取り出すと、お婆さんは懐かしそうに撫でた。

それは、少し使い古された、白いゴーグル。

老後の趣味の一つとして買った、ゲーム機だった。

MMORPG「after life」。視覚と聴覚を使い、異世界での冒険を楽しむゲーム。

冒険から生産まで、家を建てたりプレイヤー同士で結婚したりと、その自由度の高さが人気を呼び、アップデートを重ね二十年。異例のロングセラーとなっている。


「冥土の土産に、やってみようかねぇ」


明日の準備を終えると、押し入れから大きなクッションを引っ張り出した。

畳の上で形を整え、ゆっくりと身体を沈み込ませる。お腹の上にタオルケットを掛けると、ゴーグルを着けた。





次に目が覚めると、真っ暗になっていた。

もしや、あのまま寝てしまったのだろうか?

夏とは言え、風邪でも引いたらと思ったが‥‥ゲーム内の記憶が無い。


「?‥‥いやだね、ボケてわぁ⁉」


立ち上がろうとしてついた手が、ズルッと滑った。

そのまま転がっても、下は畳だ。しかも、そんなに高さはないので大丈夫だろうと思って油断していたら、ゴン! と固い感触が額に当たった。


「「痛っ」」


自分以外に、もう一つの声? こんな山奥の年寄りしか住んでいない家に、泥棒⁉

何か掴む物はと弄り、何か棒状の物が手に当たった。

そっと掴み、勢いよく立ち上がった。


「泥棒!」

「ちょ、待て!」


何か、聞き慣れた声のような?


「儂だ、儂!」


目が慣れてきたのか、薄っすらと人影が見えた。その人影が慌てているのが分かる。

もしかして‥‥これが噂の、オレオレ詐欺か!

一度家にもかかって来た事があったが、爺さんが「会社の金を使ったぁ? 俺の息子がそんな事やる訳ないだろ! 仮にやらかしても、手前のケツは手前で拭けるように育てたんだ! 詐欺なんてもんをやる奴が、俺の息子を騙るなんざ百年早い!」と言って電話を切った。

こういう詐欺は電話だと思っていたが、家に来るとは‥‥ん? 家に来たら、オレオレ詐欺ではなく、押し込み強盗か。


「婆さん、儂だよ!」


確か、「母さん、俺だよ」ってのが手口らしいとテレビで見た。「婆さん、儂だよ」は聞いた事が無い。む‥‥斬新だ。


「‥‥い。お‥‥。おい!」

「はい?」

「考え事をすると、とんでもない方向に思考が行くのは相変わらずだなぁ」

「?」

「おおかた、「婆さん、儂だよ‥‥斬新」とか思っとったんだろ」


何故バレた⁉


「まったく‥‥何十年夫婦やっとると思っとるんだ」

「‥‥爺さん?」

「そうだと言うておるだろう」


言ってない。


「なるほど‥‥とうとうお迎えが来たっちゅう事かね」


明日の為に作っておいた煮物やらは、食べてもらえるかねぇ。


「まぁ、迎えっちゃあ、迎えだったんだがなぁ。実はな―――」


それから爺さんは、ゆっくりと説明してくれた。





時は少し戻る。

かの有名な川でお爺さんが待っていると、自分の名を呼ぶ声が聞こえて来た。


「松五郎さ~ん、いませんかぁ?」

「松五郎は、儂だが」

「良かった! えっと、奥さんは「きよ」さんで、合ってます?」

「そうだ。今日くらいに来ると聞いとるんだが」


ボサボサの髪に、黒い着流しを着た男は、面倒そうに頭を掻いた。


「あ~、どうやら魂が異世界に持ってかれちゃったみたいで」

「は?」

「最近、ちょこちょこあるんですよねぇ。こっちの裁判の予定とかあるのに、本当に困るんですよぉ」

「異世界って‥‥」

「所謂、異世界転生ってやつ」


異世界、転生? 確か、孫が好きで読んどる小説にそんな様な事があったような?


「で、どうします?」

「どうします?」

「選択肢は二つ。一、きよさんには異世界で頑張ってもらって、松五郎さんはこっちで転生する。この場合、松五郎さんの来世は独り身って事になっちゃいますけどね。ほら、夫婦は二世って言うじゃないですか。まぁ、中にはもう一度あれと結婚なんて絶対に嫌だって言う人もいますけど。あぁ、心配しなくても、その次はまた新たなパートーナーが出来ますので!」

「もう一つは?」

「追いかける。今ならまだ、間に合います」


選択肢になっていないな。


「二、だ」

「即決ですねぇ。本当に良いんですか?」

「二言はない」

「愛、ですねぇ。好きですよ、そういうの。なので、これはサービスって事で」


男が指をパチンと鳴らすと、自分の身体が淡い光に包まれた。

しわしわだった手が、見る見る内にツヤとハリを取り戻していく。


「それでは、良い来世を」


男は緩んだ笑顔を見せると、まるで駅に見送りにでも来たように手を振った。





「そんで、今に至るわけだ」

「‥‥と、言う事は、ここはあの世では」

「ないな」

「異世界で来世で、爺さんが生き返った」

「正確には、儂もお前さんも、転生だな」

「は~。長い事生きとると、不思議な事があるもんだぁ」


異世界と言われても、いまいちよく分からん。


「ほんで、ここは?」

「さぁ?」


慣れて来た目で周りを見渡してみるが、どうにも廃屋っぽい。


「一度、外に出てみるか」

「そうですねぇ」

「戸は‥‥あぁ、あっちだな」


爺さんが指した方を見ると、傾いて外の光が少し差し込んでいる戸が見えた。


「はいはっ⁉」


爺さんの後について行こうとして、何かに躓いた。

倒れる! っと思ったら、爺さんが支えてくれた。


「ふ~‥‥ほれ」


少し照れた様子の爺さんが手を繋いでくれた。

優しく気遣う様に、でも力強く支えてくれる。うん、間違いなく爺さんだ。

そのまま戸まで歩いていく。懐かしいねぇ。


「ん? 歪んどるで、ちょっと離れとってくれ」

「はい」


離れてしまった手が少し寂しいが、今はしょうがない。

爺さんが戸をガタガタと揺らすと、ガコン! と音がして戸が外れた。

差し込んできた光に目が眩むが、少しすると慣れた。


「ここは‥‥随分と田舎の方みたいだな」


爺さんに続いて外へと出る。右を見ても左を見ても、前を見ても大自然。

そして後ろを見ると、やはり廃屋‥‥ん?


「爺さん、爺さん」

「なんじゃ?」

「なんか、見覚えありません?」

「ん~、そうかぁ?」


目の前には、ボロボロで植物の蔦も這っている平屋の廃屋。


「う~ん‥‥ば、婆さん! あれ! 玄関とこ見てみ!」


爺さんが指した方を見ると、斜めになって落ちそうな表札があった。

汚れて見えづらくはなっているが、丸の中に猫が描かれている。


「まさか‥‥異世界って‥‥」


見覚えのある表札は、爺さんが作った物だ。だが、それは住んでいた家の物ではない。


「アフトー・マイフか!」

「爺さん、アフター・ライフですよ」

「ぐふっ‥‥アフター・ライフか!」


言い直したな。やれやれと思いながら爺さんを見た。


「じ、じじじ」

「ん? どうし‥‥」

「「ぬぁぁぁ⁉」」


お互いの顔を見合わせ、叫んだ。

そこには、年月を共に生きたシワシワのお互いではなく、ピッチピチでツヤツヤのお互いがいた。

そしてそれは、まぎれもなく‥‥ゲームの中で使っていた、アバターの姿だった。

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