外伝:吸血鬼の友人が語る、過去の物語 終

 人間の代表と吸血鬼の代表が対等な立場で向かい合う場。

 少しでも話が分かる者達だけではあるものの、無駄な争いと因縁にケリをつける一環として、テーブルにつき、言葉を交わす。


 その大切な場に、我やグラッドも同席していた。

 本音を交わしあい、何かあった場合はすぐに動けるように。


 人間側の主張。

 吸血鬼側の主張。

 ちょっとやそっとでは解決するはずもない。


 理性的に振る舞おうとしても、感情に邪魔されずに臨める者がどれほどいるというのか。どれだけ辛い経験があったとしても、未来のために飲み込める者がどれだけいるというのか。


 直近の勢力図は大きく変わった。

 過激派の吸血鬼達は先導者を失い、大人しくなった。

 それですべてが丸く収まるのか? 否だ。


 とりわけ、吸血鬼にも譲れない事情はある。


「人間に対して無闇に危害は加えないのは問題ありません。悪戯に業を増やすのは我々とて望まないのですから」


 しかし……と、吸血鬼の代表が言いよどむ。

 彼は元々中立派だった。だからこそその先の言葉を紡ぎ、受け入れてもらえるかが難しいかを理解していた。


「血の提供に関しては、ご理解してもらいたいのです。あなた方の血が、我々の種族にとっては欠かすことのできない物なの――」


 最後まで言い終わる前に、怒号が飛び交った。

 人間側にすれば当然の反応である。


 これまで「血」のために、同胞が犠牲になってきたのだ。だというのに、相手は血を分けてくれと要求してきているのは、簡単に呑み込めるはずもない。

 殴りかかろうとしなかっただけマシであろう。


「…………」


 吸血鬼の代表は黙ったまま目を伏せた。

 そもそも彼は決して誰かの血を無理矢理奪うような真似は一度たりとも行っていない。ただ代表である。その立場ゆえに、怒りと憎悪をその身一つで受け止めているのだ。


 だが……あまりにもひどくなる様なら我も口出しせずにはいられない。

 そう思い、立ち上がろうとするが。


「まあまあ、ちょっと落ち着いてくれよ」


 グラッドの方が早かった。


「いがみあっても解決しないなんて事は、この場にいる人ならわかってるだろ。気持ちをすべて我慢しろとは思わないし、いっそぶちまけてしまえば楽になるかもしれないけどさ。あまりいじめてやるなって」


 皆の視線がグラッドに集中する。

 込められた感情は、困惑、怒り、驚きと様々だ。


「吸血鬼から説明されたんじゃ納得出来ない人もいるだろうから、言わせてもらうけどな。こいつらにとっちゃ「血」はそんだけ大事な物なんだよ。誰だって腹が減れば苦しいし悲しくなるだろ? それと同じようなもんだ」


「だから、この身を差し出せと?」


 誰かがそう言うと、グラッドはじっと声のした方を見やった。


「悪く受け取りすぎだよ。医療が発達した国なんかじゃ血が足りない人に血を分けて回復させる技術があって、それと似たようなもんだろ」


 少しだけ、ざわついた。


「……ん、わかりにくかったか。だったらさ、自分の大切な人がすごくお腹を空かせてるのを想像してくれよ。今にも死にそうなその人が助かるなら、誰もがどんな手を使おうが食べ物を用意しようとするだろ。犯罪に手を染めようが、悪事だろうが、それが悪い事だと分かっていても大切な人のために行動しようとする」


「…………」


「そうならないように歩み寄ろうって、そういう話だろ。相手は言葉が通じない怪物なんかじゃない。人間と吸血鬼。種族や文化に違いはあるだろうけど、同じ『ヒト』じゃないか」


 しん、とその場が静まり返る。

 少なからずグラッドの言葉に想うところがあるのだろう。


「グラッドさん」

「ん」

「あなたの言いたいことは分かります。けれど、すぐに頷くことはできません。失われた物はそれだけ多いのです」


 人間の代表が言葉を選んで口にする。


「口でならなんとでも言えるのです。そこに保障はありませんし、なにより……吸血鬼に血を提供することについて了承できる者は少ない」

「その少ない人はこれから増やしていけばいい。だろ?」


「それは……」

「意地悪に聞こえたならごめんな。ただまあ、あんたの言い分もごもっとも。吸血鬼の代表にしたって、口約束だけじゃ納得しないし同胞を抑えにくいよな」

「ええ」


「じゃあこういうのはどうだ。細かいところはさておき、人間側はとにかく今に必要な分の血を用意する。吸血鬼側は人間の領土にいる同胞達を、残らず吸血鬼の土地に引き上げさせる」


「不可能です。大体血はどうやって用意するのですか? 人間の代表者によれば我々を拒否する者が過半数でしょう。群れの中で少数派の者が同意するのも、厳しくなることは想像に難くない」


 我は気づいた。

 グラッドが一瞬、不敵に唇の端を上げたのを。

 アレは、あやつが無茶をいう時の顔だ。








「俺が提供するよ。好きなだけくれてやるさ」

 

 そう告げた直後、グラッドは己の手を深く切り、どこからか取り出したガラス瓶――吸血鬼が血液を持ち運びするための道具――に注いだ。








 今日一番のどよめきが会場を埋め尽くした。

 グラッドめ、やってくれる……。



「グラッドさん!?」

「悪いな、部外者が割り込んじまった。元々勝手に割って入ったヤツの我儘ってことで見逃してくれ」

 

 人間の代表が動こうとするのをグラッドが手で静止させる。

 誰かがやるべき最初の行動を、勝手に肩代わりしたことを詫びながら。


「吸血鬼の旦那。いますぐ俺を血が必要なやつらのトコに連れて行ってくれよ。少し時間はかかるけどな、耐え難い餓えから解放してやるからさ」


 一言を発するたびに、ヤツの手から赤い雫が流れ落ちる。

 吸血鬼にとっては命の水に等しい代物が、惜しげもなく晒されているた。我自身やルビィもあの血に助けられたことは何度もあるが、グラッドの血液はそこらの血よりも遥かに渇きを潤し、力を与えてくれたものだ。


 つまるところ、あの赤き雫には大きな価値があるのだ。

 上手く利用すれば誰よりも優位に立てる。この地の支配者になることすら不可能ではあるまい。


 ソレを、グラッドは選ばない。

 ただただ問題解決に役立てるためだけに使うと言っている。


 衝撃的な光景に全員が動けない。

 その間にも、ガラス瓶にはなみなみと命が注がれ続けていく。この土地に住んでいた当事者ではなく、元々は外からきた部外者がそこまでしているのに何も動かないのは恥であろうよ。

 

「…………誰かッ、グラッド殿の治療を」

「彼の心意気を無下にするな! すぐに必要な者のところへご案内せよ」


 人間側の部下に治療をされ、吸血鬼側の部下に連れられて。

 グラッドが会場を後にする。

 去る直前、我の方へ意味ありげな顔を向けられた。


 ――あとは任せた。お前ならできるさ。


 まったく、度し難い友も居たものである。

 とてもではないが静観したままではいれなくなった。


「人間の方々、どうか耳を傾けていただきたい」


「我が友グラッドは、人間の身でありながら吸血鬼に対して行動で示した。なればこそ、我も吸血鬼の一人として行動で示そう」


「まずは、東側に住まう人間の領地にいる吸血鬼を西側に撤退させる。合わせて信頼できる同胞を必要な場所に配置し、人間・吸血鬼・モンスターを問わず危険が迫った時の剣と盾として動いてもらう」


「また、少し先の話ではあるが――我々は現存する吸血鬼の貴族――まとめ役の代替わりを行なう。要職に就くのは、そなたらとこれまで交流してきた者達だ」


「我もまた、その礎となる。人間の家と吸血鬼の家が隣り合い、共存できる――そんな『同士の街」を作りたい」


「賛同、協力、なんでもよい。共に歩みたいと望むなら、いつでも歓迎する」



 ……自分で口にしておきながら、なんとも仰々しい。

 少しはヤツの粗雑さを見習うべき。うむ、この場はそうさせてもらおう。


 大きな呼吸をひとつ、した。



「……オレ達も行動で示し――――未来の夢を掴もう」



 ◆◆◆


 言いたいことは言えた。

 ざわめき消えぬ会議が終わった後、我が友の下へ向かおうとした途中。


 会議場の廊下。

 我の後ろから、バタバタと急いで追いかけてくる足音が聞こえてきた。


 子供だ。

 少年と少女の兄妹だった。


「あ、あの! ダスカービル様!!」

「うむ、どうかしたか」


「僕でも!」

「私でも!」


「「ダスカービル様と一緒に行けますか!!?」」


 後に本人たちから聞いた話だが、この時の兄妹は我らに救われたことがあったらしい。以来、強い憧れを抱いたようで、吸血鬼に対する偏見を持たない新しい世代の代表だった。


 己のしてきた行ないの結果が、目の前で芽吹いている。

 その事実に目頭が熱くなった。


「……もちろんだとも」


 付いてくる新たな同胞に礼を述べながら、我らは共に同じ道を歩んだ。



 ◆◆◆


 

 その歩みの成果が今の世である。

 未だ道半ばなれど、行動で示し続けたことによって混沌の昔よりも遥かに平和に近づいていると断言できよう。


 人間と吸血鬼が共存する地は増え、いくつもの人の町が出来た。

 相手の種族を根本的に忌み嫌う者も見なくなって久しい。少なくとも、我が治めることになった場所はバランスが取れている。


 時折町に顔を出すと、皆が歓迎してくれた。

 まるで英雄扱いだ。


 ――――真の英雄は、他にいるのだがな。


 ルビィに振り回されている友の背を見送っていると、自然に顔が緩んだ。

 まったくなんてザマだ。とても大きな光をもたらした男と同じとは思えない。

 思わず笑ってしまう程に滑稽ですらある。


 人間と吸血鬼が恋に落ち、家族となる者達が増えた。

 そう伝えたのであれば英雄様はどんな顔をするだろうか。可愛い妹の後押しになるのであれば幸いである。


 ◆◆◆


 最終的にこの土地の騒動が落ち着いたら落ち着いたで。

 大して居座ることもなく旅立っていった友に、我は尋ねた。


 どうして、貴様はここまでしてくれたのだ? と。





「俺と共に居た大事な人達なら――そうするからさ」


 

 

 

 なんとも人らしい。

 そう感じる、自信にあふれた答えであった――。 


 

 

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