溜まってるの?

「それで? お兄様と殴りあったの?」

「手合わせな、手合わせ」


 最終的にどつきあいまで発展したが、あくまでも手合わせの一環である。そういうことにしておこう。


 今は決着がついた後。ルビィの頑なな主張により現在看病されているところである。

 とはいえ、


「包帯なんて巻かなくていいし、傷薬だっていらな――いてて!?」

「染みて痛がってる怪我人は大人しくしなきゃダメでしょ!」

「……はい」

「うんしょ、うんしょ」

 

 おそらく怪我の治療の経験は大してないであろうルビィだが、その分一生懸命にやってくれている。

 不死身であるオレは放っておけば勝手に治ると知っていてもなお、献身的に。


「オレばっかりもなんだな。ダスカも看てやったらいいんじゃないか?」

「お兄様の身体は再生能力も強いし、今頃みんなが集まって必死に治療してるから大丈夫よ」

「あー……、そりゃあ主があんなになれば心配もするか」


 愛用する武器を用いての打ち合いは数十回では済まず、別に怪我をしてもなんとかなるのを知っているので手加減もさほどしない。


 首を飛ばすだの身体に突き刺すだのまではいかなかったが、それは手加減しているというよりも、切迫した互いの力量も相まって致命傷を負わせるところまで行きつかなかったからだ。


 最終的には武器が弾き・弾かれで、手合わせは肉弾戦へ。

 体質も後押しした防御無視のフルスイングは、見事それぞれの顔面に直撃しダブルノックダウンとなった。


「もうムチャクチャよね。吸血鬼と正面から戦うのもそうだけど、一応お兄様はこの城の主で、王様よ? それを殴り飛ばすなんて」

「お互いに放った最後の一発が交差して当たるのを、格闘が盛んな国だとクロスカウンターっていうらしいぞ」


「あら、余計な知識が増やされちゃった」


「しかし中々スッキリしたなぁ。やっぱりダスカぐらいじゃないと、まともに戦えないというか、不完全燃焼になりやすくて」

「意外とグラッドって戦うのが好きよね?」

「好きってわけじゃないが、戦うのが職務みたいな一団にいたからかもな。定期的にやらないと、鬱憤が溜まりやすいみたいだ」


「……溜まってるのはそれだけ?」


 神妙な顔で訊いてくるルビィの声は、彼女らしくないとても落ち着いたものだった。


「は? それってどういう意味――」

「失礼します。ルビィ様、お風呂の用意ができましたよ」


 すぐに聞きかえそうとしたが、ちょうどいいタイミングでロベリーさんが現れたので言い切れない。

 ルビィも聞こえていたはずだが、オレに先を促さずに「うん、すぐ入るわ」と準備を始めてしまった。


「今夜はいっぱいお話が聴きたいわ、グラッド。旅先でどんなことがあったのか知りたいの」

「あ、ああ。オレもルビィに話しがあったからちょうどいいな」


 ダスカには既に伝えたが、オレは数日したらこの城を発つ。

 それはルビィにも伝える必要があるし、そもそもこの城に来た理由もルビィだ。彼女の気持ちにどう応えるべきかの答えを、オレは出す必要がある。


 たとえ、嫌われることになったとしてもだ。


「ふふっ、今夜は寝かさないんだから♪」


 彼女らしくない神妙さから、いつものわがままで可愛いルビィに戻ってぱちりとウインク。そのままお風呂場へと向かっていくルビィを見送ったのだが。


「えーと」


 何故かロベリーさんが部屋に残ったままだった。


「ロベリーさんは行かなくていいんですか? ルビィのお世話とかするんじゃ?」

「ええ、すぐに行くつもりですがその前に……もしグラッド様も入浴されるようでしたらと思いまして」


「ああ、必要な物があれば教えてくれ的なやつで?」


「いえ、ルビィ様と一緒にご入浴されるのであれば、人目につかない抜け道をお教えした方がいいのではと」


 このメイドは突然よくわからんことを言い出すな!?


「一緒に入るとかないからな!? お前は一体どこに気を回してるんだよ!」

「ルビィ様のような大変可愛らしい女の子と一緒に入りたいと考えるのは男として当然かつ常識では?」

「どこの常識だよ知らないよそんなもん」


「では、一緒に入ってもいいと言われても食指も動かないんでしょうか?」

「うごかッ……ない、ぞ」

「何故どもられたんでしょうか。や、やっぱりグラッド様もご興味が……うぅ、セクハラというやつでしょうか」


「冗談はその辺にしてはよ行け思春期メイド」


 オレもロベリーに対して大分遠慮がなくなってきたなぁと思いつつ、しっしっと追いやるポーズをとる。


「はい、グラッド様もお疲れでしょうからお風呂に入ってくださいね。それから最後にお伺いしたいのですが」

「なんだよ」

「別に、ルビィ様に興味がないわけじゃないんですよね?」


 こいつまだ聞くか。

 少々呆れながら、ココはいっちょ大げさにかますべきかとお疲れ気味の頭がそれにGOサインを出した。


「興味ないどころか、いつも我慢してるぐらいだぞ。もしも裸で一緒に風呂なんて入ったら襲わない自信がない。ダスカを筆頭に城中に頭を下げる程度じゃすまない事態になるだろうな」

「そ!? そんなに我慢を!?」


「それぐらい普通だろ」


 世の中の男がルビィを前にしたらであって、オレ限定の話じゃないけどな。


「そ、そうなんですね。教えてくれてありがとうございます。私、グラッド様を見る目が変わりました」

「お前がどういう目で見てたのかは気になるけど、あえて訊かないようにしよう」


「それでは失礼します。……あ、あの……今夜は私以外に部屋の近くには誰もおりませんし、私もなるべく離れていますので! ご安心ください!!」


 バタン! と勢いよく扉の向こうに出ていくロベリー。

 

 なんだかよくわからない言葉を口にしていたようだが……。


「オレも風呂に入ってくるか」


 わからないものはわからないので、深く気にせずオレもひとっぷろ浴びに行ったのだった。

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