幽世のまれびとたち:激闘!? 二体の雷獣たち(前編)
「さて皆様準備は宜しいでしょうか。令和六年、春分を迎えるこの日に、二体の強大な力を持つ雷獣同士の勝負と相成りました。幽世と現世、普段は交わる事のない、異世界に住まう者同士の勝負ですので、いわばドリームマッチと呼んでも過言ではないでしょう。
この度の勝負に関しましては、わたくし萩尾丸と林崎ミツコ氏の二人でそれぞれ実況・解説を行って頂きたく思っております。林崎さん、どうぞ」
「はい。実は古来より春の雷の事は春雷と申しまして、啓蟄の頃の春雷は冬眠中の虫たちを目覚めさせる役割があったと信じられていました。
お話の通り今は啓蟄を過ぎて春分ですが、大瀧選手と園田選手のドリームマッチにて、観客の皆様の中にある何かが目覚めると良いですね」
萩尾丸先輩、めっちゃノリノリやんけ。妖術でこしらえた実況中継席に当然のように腰を降ろし、更には側近たるミツコを解説役に侍らせる萩尾丸の姿に、源吾郎はそのようなツッコミを行っていた。
既に準備は出来ている。観客たちは座しているし、常闇之神社広報部長の蕾花もこの闘いを記録しようとカメラを構えている(撮影の許諾は既に降りていた)
それに何より――この舞台の主役たる二人の雷獣は、早くも戦闘モードに入っていたのだ。
「三國君。あんたの強さは雪羽君や穂村君たちの話から想像してはいたけれど、実際に向き合ってみるとやっぱり妖気の圧がすげぇな」
既に灰緑色の戦闘服に着替えていた蓮は、自身の武器である金砕棒を片手で構えつつ、笑った。その笑みは狼の本性を思わせるかのような凄味があった。ついでに言えば蓮の身体からは絶えず放電が繰り返され、妖力の熱を放出するかのように、背後では七尾が蓮華のごとく広がっていた。
こいつは楽しめそうだぜ――この凄絶な笑みを向けられて、意識と変化を保てる妖怪たちはどれほどいるだろうか。源吾郎は尻尾の毛を震わせていた。
だがしかし、三國は、そんな蓮の様子を見ながら満面の笑みを浮かべていた。お気に入りの玩具を見つけたような、少年のような無邪気な笑みで。
「はははっ。幽世最強の雷獣様に褒めて頂くとは嬉しい限りだぜ。俺自身、あの雷園寺家の現当主よりは確実に強いって自負していたんだけど。それでさ、ルールの縛りがあると言えども、この勝負に俺が勝てば――幽世最強の雷獣様よりも強いって事になるんだろう」
誰がどう捉えても挑発としてとらえかねない言葉を吐き出し、三國はにぃっと笑みを深めた。こちらの笑みも蓮と負けず劣らず凄味があるのは言うまでもない。
更に言えば、三國の笑みにはそこはかとない悪魔的な禍々しさが漂っていた。ヘラジカやホッキョクグマをも打ち斃す事のあるというクズリ、現地では森の悪魔と称される事のあるクズリのイメージが、源吾郎の脳内にあるからなのかもしれない。
三國もまた、動きやすい戦闘服に身を包み、事もあろうにその場でジャンプを繰り返していた。おのれよりも背が高く筋肉質な蓮に対する威圧か、はたまたストレッチ感覚なのか。それは彼にしか解らぬ所であろう。
もちろん三國も放電しており、やはり肌と言わず尻尾の先と言わず細かな稲妻が走っていた。実在のクズリよりも、むしろシベリアイタチのごとき細長い八尾もまた、いびつに揺らめきながら放電を繰り返している。
「おーう。流石三國さん。蓮とはガチンコ勝負したいって配信でも言ってたけど、やっぱり本気なんだなぁ」
「おかあさん、おとうさん、しょうぶにかつかなぁ……」
「どうなのかしらねぇ。だけど野分ちゃん。お父さんと大瀧おじさんの勝負が終わったら、青葉ちゃんと一緒にお疲れ様って言いましょうね」
「待って。今月華様がしれっと大瀧兄貴の事をおじさん呼ばわりしてたんだけど」
「言うて蓮も万里恵も私たちの母親よりも年長だから仕方ないね」
まだ言葉の応酬だけであるが、それでも観客は十分に沸き立っていた。
「それでは――勝負、はじめ!」
妙に気合の入った萩尾丸の言葉にて、勝負の火蓋は切って落とされた。
まず動いたのは蓮である。右手で携えていた金砕棒を構え、やにわに振りかぶった。あちこちで悲鳴じみた声が上がった。源吾郎などは思わず顔を手で覆いそうになったのだ。
それは蓮の妖怪としての強さと、金砕棒の武器としての威力を知っていたからである。七尺以上のリーチと凶悪な棘が特徴的であるが、その威力は見た目以上の物だ。そもそも重量からして二百キロをゆうに超えるという。蓮はこれを振るって魍魎を屠り、時に呪術師を打ち倒してきたという。そんな厄介な敵を狩るための得物であるわけだから、妖術的な付与もなされているのだろう。無論、使い手である蓮の力量もあるのだが。
小難しい事はさておき、あの金砕棒の一撃をノーガードで喰らったら、源吾郎であってもミンチになる事には変わりはない。あの金砕棒は、そのような武器だったのだ。
元より勝負のルールは相手の玉を破壊するか奪うという事ではなかっただろうか。三國の身を案じ、はらはらしながらも源吾郎は二人から視線を外せなかった。
「重い、流石に重いっすね大瀧さん」
「……むしろこの一撃を受け止めているという事に、俺は驚きなんだがな」
三國と蓮は、互いに感心したように言葉を交わしていた。
そうだ。三國は振るわれた金砕棒を受け止め、おのれへ殴りかかって来るのを押しとどめていたのだ。それも、片手である。とはいえ三國も余裕という訳でもなく、金砕棒を受け止める右腕は獣化していたが。ほんのりと血の匂いが漂っているのも気のせいでは無かろう。
「雷獣というよりも、むしろ鬼並みの腕力だな。しかし三國君は、幽世の妖怪の基準ではまだ小柄な方だと思っていたんだけど」
「現世では、五十キロも六十キロもある獣妖怪は少ないんだ。雷園寺家の現当主も、せいぜい三十キロ弱という所さ。先代当主はちと大きくて、それでも四十キロは無かったんじゃあないかな」
そう言っている間に、金砕棒の一端が雪原を抉った。それとともに、三國の身体も斜め後ろに翻る。とはいえ金砕棒の一撃で飛ばされたのではない。受け止めきれぬと判断し、単に受け流しただけの話らしい。
いずれにせよ、「幽世の基準では三國は小柄だ」という蓮の評価は正しい物だ。クズリ型雷獣の三國は五十キロ程度であり、狼系雷獣の蓮の半分ほどの軽さなのだ。
更に言えば、幽世の妖怪たち、特に成熟した大人の妖怪では五十キロ程度の個体はさほど珍しくない。鬼や龍と言った重量級の妖怪などでは、数百キロから数トンに及ぶ者もいるほどなのだから。
それはそうと。翻った三國はそのままとんぼ返りをし、くるくると中空を移動していた。蓮はその回転移動をしばし眺めていたが、中々着地しない事を確認するや、今一度金砕棒を振るう。源吾郎の目には残像しか映らぬそれを、三國は紙一重の所で回避しているらしかった。
「大瀧さんの得物はその金砕棒だよな。ふふっ、俺たち現世の雷獣も、ある程度成長すればそれぞれ得物を携えるようになるんだ。大抵は、雷神にちなんだものだけど」
もう一度金砕棒が振るわれたかと思うと、その先端で白くまばゆい光が迸った。三國もまた、顕現させた得物を手にしていたのだ。
それは細長く、しなやかな鞭のようだった。但し、白金から銀白色に輝き、根本と言わず先端と言わず放電を続けているのだが。素手ではなく、これで蓮の金砕棒を受け止めて弾いていたのだ。
「雷公鞭、と呼んでいる。もちろんモデルは申公豹の宝貝だけどな。これが俺の、雷獣としての武器のひとつさ」
「おおっと、ここで園田選手、雷公鞭を取り出しました。そして、大瀧選手の金砕棒を弾き、受け流していますね」
「鞭というのは実は様々な形状がありますが、園田選手の雷公鞭は所謂一本鞭の形状であるように見受けられます。一本鞭の場合、振るった先端が音速を超える事もあり、野菜や空き缶をも両断するほどの切れ味を持つそうです。
もちろん、あの雷公鞭は単なる鞭ではないので……通常の鞭以上の威力はあるでしょうね」
萩尾丸の実況とミツコの解説の間にも、蓮と三國は金砕棒と雷公鞭でもって打ち合いを続けていた。首に提げた玉を奪う・破壊するというルールなど置き去りにされているかのような打ち合いぶりである。もちろん、互いの得物がぶつかるたびに、稲妻がほとばしり雷鳴のごとき轟音が鳴り響くのだ。
そんな状況下を、観客たちも黙って眺めていた訳では無い。そこここで言葉が妖怪たちの口をついて出ていたし、源吾郎も思った事を口にしていたのだ。
「雷公鞭って、本当は封神演義の原典には出てないんだけどなぁ」
「源吾郎君、そんな事まで知ってるんだな。色々と読書してるって聞いた事はあるけど。俺も椿姫も頑張らないとな」
「ちょっと蕾花、何で私まで巻き込むのよ」
「それはそうと、三國さんが鞭を使うっていうのも何か意外だよね。雪羽さんの叔父さんだし、刀とか剣とかで闘うのかと思ってましたよ」
「昔はさておき、ここ最近はあからさまな武器を携行するのは妖怪社会でもご法度なのよ、竜胆君。それに三國さんは、いざという時は自家用車で特攻してしまう事もありますし」
「やっぱり物騒じゃないか」
妖狐たちの集まる座席では、源吾郎のツッコミに端を発する形で他の妖怪たちも発言した。玲香はやはり、三國の車特攻を知っており、その言葉に鳥園寺さんが震えていた。
「……ふむ、三國の坊主も中々頑張るじゃあないか」
「なぁ秋唯。三國君は俺たちよりもうんと年下だけど、小僧っこみたいな言い方はやめといた方が良いんじゃねぇか。三國君も妻子持ちだし、甥っ子姪っ子たちもいるんだからさ」
「狐春さんに秋唯さん。別に弟に気を遣わなくて良いんですよ。三國は確かに結婚して、子供も三人いますけど、まだまだごんたくれの悪ガキみたいなものなんですから」
「天水さん、そこまで言うんですか……やっぱり姉って怖いなー」
「そうなん光希君? うち、弟には優しくしてるんやけど、何か蓮はうちには頭が上がらんみたいやし」
「へぇーっ。お姉さんってそんな感じなんすね。俺、お兄さんとか妹とかはいるけれど、お姉さんはいないから……」
「それにしても、三國叔父さんの鞭捌きって凄いね。配信のネタを探していた時に、鞭の振り方が下手だと、自分の身体にぶつかるって知ったから……」
「ミハルは何を調べとるんや。不健全なモノは調べてくれるなよ。
まぁ、叔父貴は強くて何でもそつなくこなすから、鞭だって自分に当たらずに振る事なんてお茶の子さいさいなんじゃない」
「雪羽君。実は三國君も、若い頃は雷公鞭を振るう手許が狂って、自分の肩とか背中とかを強かにぶつけちゃった事もあるのよ。骨はやられなかったけれど、その日はずっと本来の姿に戻っていたから、かなり痛かったんでしょうね」
雷獣たちは雷獣たちで、もちろん三國の話でもちきりだった。三國が末の姉たる天水に悪ガキ呼ばわりされたり、雷公鞭にぶつかって痛い目に遭ったという恥ずかしい過去が明らかになったりしていたが、まぁそれもご愛敬だろう。
その間に、何十回と行われていた応酬も一旦止まっていた。蓮も三國も、各々手にしていた得物を構え直している。だが、持ち方からして武器でもって更に攻撃を続けるとは考えられなかった。
「流石だな三國君。血の気の多いだけかと思っていたけれど、相応の実力もあるみてぇだな」
「そらそうですとも。さもなくば末席と言えども雉鶏精一派の幹部は務まりませんし、雪羽たちの手本にもならないでしょうから」
「だが、このままじゃあ埒が明かんな」
「その通りですとも」
言葉を交わしたかと思うと、二体の雷獣の姿がにわかに変質した。変化を解き、人型から本来の獣の姿に戻ったのである。
それとともに、濃密な妖気のかたまりが放出され、観客席に流れていくのを源吾郎は肌で感じた。無論それは他の妖怪たちも察知したらしい。一尾や二尾の、妖力の少ない若妖怪連中の中には、堪えかねて本来の姿に戻るものもいたのだから。
いずれにせよ、ここからが本当の闘いなのだろう。
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