キメラフレイムの謎とき動画:ゴヲスト・パレヱドのレビュー編④

「竜胆君をさらった呪術師たちが目論んでいたのは、ざっくりいうとヤオロズという邪龍を復活させ、そいつを制御するって事ですね」


 穂村は言いつつ、背後に映像を映し出した。平安時代にあったとされる激闘のワンシーンである。一方は月白の九尾が率いる大軍勢、他方は無数の魍魎を生み出すその親玉である。件の親玉こそが邪龍・ヤオロズである。もっとも、八つもある複眼に触角めいた二本の角、そして無数の脚を生やす姿はむしろ大蜈蚣の化け物に見えなくもないが。

 とぐろを巻くヤオロズの姿が赤丸で囲まれると、はかったように開成がそちらに視線を送る。


「ちなみにヤオロズは、平安時代にどったんばったん大暴れしたそうで、裡辺の地を護るために、月白御前様が仲間と一緒にこいつをフルボッコにして封印したそうっすね。もちろん、この話はゴヲパレにもがっつり絡むんで。テストに出るっすよ」


 開成ことスターペガサスのざっくりとした解説に、コメント欄が沸き上がった。


『絵描きつね:ペガサスニキのポップな解説がなんかじわる』

『隠神刑部:滅ぶかもしれないってところをどったんばったん大暴れで表現するのはやめろ』

『鎌鼬:こうして思うとやっぱりヤオロズって凄かったんやなって今更ながら思う』


 その一方で、ヤオロズそのものに対するコメントも寄せられている。こちらはどちらかというと現世の視聴者の方が多かった。


『オカルト博士:八岐大蛇やまたのおろちには全く似ていません!』

『ユッキー☆:九頭龍クトゥルーもタコっぽかったりコウモリっぽかったりしたからそんなもんやろ』

『トリニキ:そうだ、ドラゴンイーターを呼ぼう(提案)』

『サニー:レッツディガップ!』


「兄さん、サニーのあの台詞って何?」

「ああ、あれは弾幕ゲームの台詞だよ。ほら、この前一緒に兄妹でコスプレをやっただろう。まぁ別のキャラの台詞だけどね」


『ネッコマター:サニーちゃんしれっとゲーム好きなんやな』

『見習いアトラ:てかドラゴンイーターネキも大蜈蚣だったから、やっぱりヤオロズ君とかち合ったら共喰いになるん違うの?』

『隙間女:見た感じ、ヤオロズは捕食しようとしたら逆に取り込まれそう(小並感)』

『オカルト博士:捕食者目線の感想で大草原不可避』

『きゅうび:ヒエッ……』

『だいてんぐ:そんなの捕食しなくて良いから(良心)』


「ちなみに月白御前様とは九尾の大妖狐・稲尾柊様の事でございます。燈真君の姉弟子である椿姫さん、そしてその弟妹である竜胆君や菘ちゃんのご先祖様なんですよね。この配信をご覧になっている方は既にご存じかもしれませんが」

「ご存じどころか兄さんとサニーは柊様にもリアルに出会った事とかあるんでしょ。それはそうと、柊様はヤオロズを封じるために自分の血を使ったんだったよな。だからこそ、呪術師はヤオロズを制御するためにも稲尾家直系の子孫を狙ったって事だったっけ」

「そうだよペガサス。どうやら稲尾家の子孫を量産するのはついでだったらしくて、本命は竜胆君の血液を使ってヤオロズの上澄みを呼び起こし、制御する事だったんだよね。計画を企てた呪術師は僅か四人だけど……中々どうして綿密に計画を立てているよね」

「しかもリーダー格で一番強かった狼はすぐに首チョンパされちゃってただろ。そこから化け狸の綾乃とか参謀だった狐のケンが画策してああいう流れになったんだろうね」


 そこでまた画面が切り替わる。山奥の獣道をひた走る四匹の獣の映像だ。金色の毛皮がきらめく五尾の妖狐を先頭に、化け狸とカマイタチが追従し、殿は狼男という並びである。いずれも尻尾は裂けており、最も尾が少ない化け狸とカマイタチですら三尾だった。彼らは言うまでもなく妖怪であり、呪術師である事は明らかだ。


『金毛五尾:兄貴分の散り際の説明が雑。訴訟も辞さない』

『ユッキー☆:秋唯さんは高周波電流の使い手かぁ。凄いなぁ』

『トリニキ:遠方からの映像だろうけれど、やっぱりこいつら大きい』

『きゅうび:化け狸が八十キロ相当、カマイタチでも四十キロあるって話だし』

『サニー:従兄の悪友が連れていたカマイタチか管狐の女の子はうちらより小さかった気がするわ。今は何か投獄されて更生中だけど』

『鎌鼬:現世の妖怪ってやっぱり小さいんだね』

『月白五尾:サラッとサニーちゃんがとんでもない事言ってるのが草』


「実はその前に神社で掘り当てられた正二十面体の箱があったんですけれど、あれも何か不穏な感じがして良かったですね。その特級呪物を目印にして呪術師がやって来たんですかね」


 時系列は前後するが、正二十面体を燈真たちが掘り当てた事に穂村は言及した。開成はここで、不思議そうに首を傾げる。


「あれって子供向けパズルの難しいやつかなーって思ってたけど、そんなにヤバいやつだったの、兄さん」

「凝集された地獄だって柊様も解説してたでしょ!」


 穂村のツッコミを皮切りに、コメント欄にてちょっとした解説が入った。その辺りは何ともありがたい所である。コトリバコや輝くトラペゾヘドロン、無貌の神の神像などと、より物騒なワードが並ぶのもご愛敬だろう。


「何はともあれ、狼のリーダーの尊い犠牲を出しつつも、残りの呪術師三名は魅雲村に潜入してしまいました」

「そして化け狸の綾乃が竜胆君を攫って密かに血液を採取したり、捕まった綾乃を奪還しようと、カマイタチのキキが雷獣の光希君の許に襲撃を掛けたりしたんだよな」


 開成の言葉に穂村は頷く。そこがゴヲパレの見所であった、と。


「もちろん僕らと年代の近い光希君の戦闘シーンというのもありましたが……正直言って呪術師の主張にも感じ入る所があったんです。僕らも、いや


 そう言った穂村の声のトーンは低く、そして赤黒い瞳には昏い光が宿っていた。つまるところ、綾乃やキキと言った呪術師は、野良の弱小妖怪だったがゆえに世界に絶望し、呪術師に身を堕としたという。

 強さを渇望し、そして弱き者の平穏の為に邪悪な事と解っていてもその行為に手を染める――雷園寺家次期当主候補の兄弟たる穂村にも、その気持ちは痛いほど解ってしまった。僕とて彼女らのような判断をしたのかもしれない、と。そうならなかったのは偶然の巡りあわせと……頼もしい兄や曲者ながらも可愛い実の弟妹がいたからに過ぎないのだ、と。

 開成はというと、何とも言えない表情でもって兄を見つめるだけだった。

 雷園寺家の子息であるという事実を隠蔽され、肩身の狭い暮らしを強いられたのは開成も同じ事である。彼は、穂村のように仄暗い思いを抱えている訳では無い。実の兄弟であっても考えはまるきり異なっていたのだ。


「まぁ確かに、光希君も害獣仲間って事でキキにシンパシーを感じてたって思ってたもんねぇ。でもだからこそ斃さなきゃならなかったって言うのが哀しいよね」


『ユッキー☆:カマイタチは速度と刃物が武器だから攻撃力は高いけど、防御力が低いから攻撃をかわしつつフルボッコにしたら制圧できるんだゾ(隙自語)』

『きゅうび:そう言えばユッキーはカマイタチと闘った事もあったって言ってたもんなぁ』

『サニー:ちなみにそいつも凶悪事件に関わったので服役中です』

『絵描きつね:サニーちゃんの解説が物騒で草も生えない』

『鎌鼬:噂には聞いてたけれどユッキー☆君って強いんだね……』

『トリニキ:暴れん坊雷獣の教えをインストールした結果がこちらです』


「しかもさ、カマイタチのキキも参謀役の妖狐のケンも妖力強化の術を施していまして、結局の所生け捕りにしても先は永くなかった……なんて事も判明しますしね。最終的には肉体が爆ぜてしまう最期を迎えるらしかったので、どの道更生ルートは無かったみたいですね」

「妖力を無理に増やす事にデメリットがあるって言うのは、何処の世界の妖怪でも同じって事っすね。俺たちだって、妖力は鍛錬とか食事とかパワースポットとかで少しずつ増やしていくのが王道だし」

「斃したカマイタチの検死から、妖怪が妖力を蓄えていくメカニズムをさらりと説明してくれたのも良かったですね。しかも半妖が強いという意外な事実まで判明しましたし」


『とっしー:妖力を増やすために妖怪がパワースポット巡りをしているのをイメージするとなんかほっこりした』

『きゅうび:僕ら結構神社とかお寺とか好きですよ』

『ユッキー☆:雷獣は大体雷神を信仰してますんで』

『絵描きつね:何なら幽世の神社は邪神が棲みついてますんで』

『りんりんどー:邪神は危険です(迫真)』


 ともあれ現世の妖怪たちであっても、妖力を増やす事はそう易々と行える事では無かったりする。特に現世の妖怪は幼い頃は妖力が少ない傾向が強いので、そう言った意味でも若い個体が無理くり妖力を増やすのは負担が大きい。


「そしてこの妖力を増幅させる術は、燈真君が捕縛した綾乃によって行われていたであろう事が示唆されているんですよね。仲間であり彼女の事を慕っていたキキとケンは利用されてしまっていたのか……その辺りの表現もまた見事でした」

「もちろんその辺りも物語の最後で明らかになるんすけれど、そこは実際にゴヲパレを見てのお楽しみって事で!」

「そうそう。最後の最後に魅雲村最強の退魔師・狼型雷獣の大瀧さんも非常にカッコいい活躍をして下さるので、そこも良かったですよね」


 レビューであると言っても、物語の最初から最後までを語るようなネタバレ的な事を行うのは野暮かもしれない。そんな風に判断したため、クライマックスの辺りは敢えて言及せず、実際にドラマを視聴するように穂村たちは促した。

 別に、六花の事などで話が脱線し、時間がずれ込んだからではない。


「それでは皆さん、良い夢を! また次回もお会いしましょう」


 最近決まったキメ台詞を開成と共に放ち、キメラフレイムとスターペガサスのアバターが静かに退場していく。

 二人が挨拶を終え退場する最中にも、視聴者たちからのコメントは途絶えなかった。

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