08 引きこもり生活





 それからしばらくは、の日々が続いた。

 この状況に慣れてしまっている自分が、恐ろしくもあった。


 休日には、部屋に引きこもることが多くなった。

 と言っても、鬱々としていたわけではない。


「お風呂、完成……!!」


 独自に浴槽と排水システムを整備し、魔導術符ソーサリー・コードを駆使してお風呂に浸かれる仕組みをつくったのだ。


 ほかにも、引きこもり生活を快適にするアイテムを色々と開発した。忙しく過ごせば、気持ちが沈まずにいられるという想いもあった。


 朝風呂を楽しみ、自作のヘアミストを試しながら髪を乾かしていると、小さな影がこつんと窓を叩いた。


 窓を開けると、若草色の鳥のおもちゃが羽ばたき、部屋に入ってきた。

 鞄につけたちいさな止まり木のキーホルダーには、薄紅色の鳥がとまっている。若草色の鳥は、その隣りにとまった。


「ロニーからだ。なにか、あったのかな」


 これも、私が構築した魔導術符ソーサリー・コードのひとつだった。

 アイザックやロニーと、緊急時に連絡を取り合うための仕組みだった。


 止まり木に名を与えておき、鳥のおもちゃ側には《任意の止まり木に向けて飛ぶ》という術符を記す。

 鳥の術符を発動する際に、止まり木の名を指定することで、その止まり木に向けて鳥が飛んでいくという仕組み。


 鳥の脚には紙切れがくくられてある。


「ロニーからだ。

 《時間があったら、寮の正門まで来てください》……なんだろう」


 《すぐに行きます》と返事を書き、若草色の鳥の脚にくくりつけて、術符を発動した。





 寮の正門には、ロニーがいた。

 挨拶もそこそこに、促され、大きな馬車の車室に乗った。


 車室の中にはほかに、ヨキオット人の男性がひとりと、ダヴフリン人の男性がひとりいた。


「休日に突然、すみません。急ぎ、確認したいことがありまして」

「どうしたの?」


 アイザックがいないからか、流暢なダヴフリン語で話すロニー。

 ロニーは2か国語を話せるので、いざというときはアイザックの通訳の役割もしていた。


「今朝気付いたんですが、アイザックの鞄にこの手紙が入っていたんです」

「これ……」

「差出人は、あなたの名前になっています。あなたの字に似てはいるが、違和感を感じたので私が預かっていました。

 ……あぁ、すみません。触れないようにして見てください」


 ロニーは白い手袋をした手で、封がされたままの手紙を見せてきた。

 薄いピンク色の封筒。たしかに差出人は私の名前になっている。


「……私ではないわ。こんな手紙を書いた覚えはない」

「わかりました。それが聞きたかったんです。

 ……〖解析アナリシス〗してください」


 私が言うと、ロニーはほっとした様子で、同乗していたふたりに手紙を渡した。


 ふたりはSランク魔導術師のようだ。

 手紙を受け取ると、〖解析アナリシス〗を始めた。


「〖隠蔽コンシール〗が何重にもかけられているな」

「……術符が記されている……《開封を機に》…… 〖火柱〗ファイアーピラー、か」

〖火柱〗ファイアーピラー……!?!?」


 彼らの言葉に、私は青ざめた。

 ロニーは深く息を吐き、背もたれに身体を預けながら言う。


「痕跡は?」

「追えない。魔導捜査のみでは、これが限界だ」

「承知しました。この件、報告をお願いします」

「ああ、必ず」


 わけがわからないまま、ふたりは手紙を持って馬車を降り、別の馬車に乗って行ってしまった。


「ど、どういうことなの……?」

「誰かがあなたの名を騙って、アイザックを傷つけようとした……ということです」

「そ、そんな……アイザックは、無事なのよね!?」

「はい。あの手紙が開封されていれば、危うかったでしょうけど」

「…………っっ!!!」


 安堵と、不安と、後悔と。

 さまざまな感情が溢れだし、私は瞳から溢れる涙をこらえることができなかった。


「大丈夫。私が事前に気付きました。誰も傷ついてはいません」

「でも、でも……!! もし、ロニーが気付かずにアイザックが手紙を開けてたら……!!」

「大丈夫。アイザックにも気を付けるよう、言い聞かせます」


 車室の中で泣き崩れる私に、ロニーは控えめな手つきで頭を撫で、慰めてくれた。


(信じられない、こんなの……私以外の人を、傷付けようとするなんて……!!)


 まさか、ここまでするとは。

 なんで。どうして。なんのために。


「アイリス。この件は私に任せてください。ちゃんと調べて、それ相応の対処をします。

 あなたは気にせず、今まで通り……身の回りに気を付けて、過ごしてください」


 もはや、ロニーの言うようにするしかなかった。

 ロニーに見送られながら寮に戻ると、私はふたたび部屋に引きこもった。




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