22 始まりの風






 パーティーの、翌朝。

 私は、先日アイザックと訪れた、中心街のヨキオット料理店にやってきた。


『いらっしゃい。ふたりなら上にいるよ』

『ありがとうございます』


 昨夜は、父と兄が私の身を案じたため、ふたりが泊まる宿で1泊した。

 あれはこれはと説明を求められたけど、正直私にもわからないことだらけだった。


「アイリス、おはよう。昨日は眠れた?」

「えぇ。ふたりは、少しは休めた?」


 2階の広い部屋では、アイザックとロニーが待っていた。


「日付が変わるまで陛下と話してて。後半、ほぼ寝てたよ」

「おかげで大体の状況は把握できたので、説明のためにお呼びしました」


 促され、ソファーに座るアイザックの隣に、腰かける。


「取り締まりで現物所持により連行された者が10名。

 芋づる式に、どんどん他の生徒の関与もわかってきたようです」


 昨日の取り締まりの内容───それは、

 受付で生徒たちが預けた荷物は控室に置かれ、取り締まりのため魔導捜査局の捜査員らが囲っていた。


 捜査員は、「国王陛下から承認を得て、令状も出ている。所持品の検査を拒否した者は、強制連行となる」と声をあげた。


 ほとんどの者は渋々ながらも所持品検査に応じたが、なかには、怒声をあげる生徒、逃げ出そうとする生徒も数名いた。


(そんなに学院に蔓延してたなんて……私が飲まされたのも、出回っていた薬物だったのね)


 なんらかの方法で、第一王子 モトオ が入手し。私に手渡したグラスに混入させ、飲ませたのだろう。


「薬物が出回っていることも、ふたりが気付いたの?」

「えぇ。以前から疑いはあったようですが……」


 アイザックとロニーは、入学に際し内部調査を依頼されたらしい。

 陛下が国内の者ではなくあえて国外から来たふたりを頼ったのには、いくつか理由があった。


「薬物の蔓延に関しては、学院長と王妃が巧妙に隠蔽していたようです」

「ふたりの不倫を知って、学院長の奥さん、カンカンだったな」


 王立魔導学院の学院長と、現国王陛下の王妃。

 なんとふたりは、のだ。


 学院長の奥さんは、魔導協会副会長のサブリナさん。

 つまり王妃と学院長はということだ。


「怒って当然です。しかも学院という神聖な領域で不貞行為をはたらくなど、教育者として失格です」


 王妃に対する不貞の疑い、息子である第一王子 モトオ の不穏な動きの監視―――そういった意味合いから、国王陛下はアイザック達に依頼をしたようだ。

 それだけ、ヨキオット帝国の皇族を信頼していたとも、いえる。


「アイリスが一番聞きたいのは、マオーナのことだろ」

「……えぇ。真音那マオーナは、一体……なにをしたの?」


 私が問うと、ロニーはふう、とひとつ息を吐いた。


の罪。

 ……あなたの名を騙りアイザックに危険な手紙を送りつけたのが彼女だと、わかったんです」


 ロニーが言ったのは、 〖火柱〗ファイアーピラーの術が施された、アイザック宛の手紙のことだった。


「で……でもあのとき、痕跡は見つからなかったって……」

「はい。あのあと、捜査は国際魔導捜査局に引き継がれました。

 そしてあの手紙に対し、ヨキオット帝国の捜査員によって《指紋採取》が行われたのです」

「指紋採取!?」

「言ったでしょう。と」


 考えもしなかった―――それは、真音那マオーナもだろう。

 魔導捜査が中心のこの世界において、まさか指紋採取で罪がバレるとは思ってもいなかっただろう。


「も、もしかして、パーティーの名前入りのグラスは……」

「そう。グラスを回収し、すべての指紋と照らし合わせた結果、マオーナが犯人であると断定しました。

 そもそも、犯人はマオーナかその周辺の者であると思われたので、言い逃れができない証拠を掴むための仕込みでした」

「だからあのタイミングで連行されたのね……」

「そういうことです」


 聞いているだけで、頭がクラクラしてきた。

 アイザックが狙われたことはショックだったけど、それがまさかここまで大きなことになるとは、思っていなかった。


「相手が悪かったですね。、ここまで捜査局は動かなかった。

 マオーナも皇族とわかって攻撃を仕掛けたわけではないので、重罪には問われないと思います。

 まあ、社交界で生きていくことはもう不可能でしょうが……」


 真音那マオーナのことを思うと、複雑な心境だった。

 真音那マオーナが言ったとおり、私さえいなければ、きっと真音那マオーナはこんな罪を犯すこともなく、幸せになれたのだ。

 前世でも、この世界でも。


「……説明は済みましたので、私は先に戻ります。

 日暮れ前に迎えに来るので―――、決して出歩かれぬよう」

「は、はい、はい! わかってます」

「では」


 ロニーはさっと立ち上がると、1階へと降りていった。


 ロニーはアイザックの従者であり、お目付け役という立ち位置らしい。

 実は20歳をこえていて、魔導捜査局の捜査員としての資格も持っているという。


「……ロニー、なんか怒ってたね」

「冬休暇のデートの日、ロニーが迎えに来るって言ってたの忘れて、アイリスを寮まで送っちゃって……

 『一応皇子なんですから』ってすごい怒られた」

「そ、そっか」


 アイザックの言葉に、私は曖昧に笑った。


 せっかくいろんなことが解決したのに、なんだか気持ちがずっしりと重かった。


「……マオーナのことは、アイリスのせいじゃないよ」

「っ……!!」


 考えを読まれたことに驚き、私は思わず顔を上げた。


「マオーナは、《君さえいなければ》って言ってたけど……そんなの、みんな一緒なんだから」


 アイザックの言葉に、鼻の奥がつんとする。


「人間同士、うまくやれる相手もいれば、そうじゃない相手もいる。邪魔だなと思う相手だっている。そんなの、みんな一緒だ。

 邪魔だから、目障りだからって、人を傷つけていいわけじゃない」

「そう……よね」


 アイザックの言うことは、尤もだった。

 みんながみんな、恵まれた環境にいるわけじゃない。

 それでも、他者を傷つけるような手段をとることなく、自分と戦い、環境に抗う。本来は、そうあるべきなのだ。


「背負うなら、おれと一緒に背負おう。マオーナのことも、モトーリオのことも、おれが一緒に背負う。

 だから、ひとりで思い悩まないでくれ」

「アイザック……」


 アイザックの言葉に、自然と涙がこぼれおちた。

 私の頭を撫でるアイザックの手が暖かくて、心地よかった。


(こんなにも想ってくれているこの言葉を……信じてみたい。

 うまくいかないかもしれないけど、アイザックの想いと、ちゃんと向き合いたい)


 零れる涙を、拭いて。勇気をだして、アイザックに向き合った。


「あの……アイザック」

「ん?」


 優しい、春の陽光のような、笑顔。

 この笑顔のおかげで、私は今、ここに居られる。


「あのね、モトーリオ王子との婚約を破棄するためとはいえ……あのとき言ってくれたこと、本当にうれしかった」

「あれはぜんぶ、本心だよ。入学の日に出会ってから、ずっと思ってた」


 私を想って、私が知らない私のことまで、見ていてくれる。


「あの……

 けっ、結婚とかは、さすがにまだ、かっ、覚悟できてない……んだけど。

 その……恋人、に……なってもらえたら、うれしいな、って……」


 勇気を出して言ったものの、アイザックは無反応のまま、固まっていた。


「…………えぇえ!?!?」

「あ、や、ごめん。もう遅い、かな……」

「いや、遅、くないけど……いま言われると思わなくて、油断して……うわぁあ、不意打ちすぎた……!!」


 耳まで真っ赤にして、アイザックはあわあわと口元を手で隠す。


「……ほんとに、いいの? おれ、全然待つつもりだったよ」

「私が、そうしたいの。アイザックの恋人に……なっていいなら、なりたい」

「いい! いいに決まってんじゃん!!」

「きゃっ」


 アイザックは、がばっと私に抱き着いた。


「あぁ、うれしい! いまなら術符なしでも飛べそうだ!!!」

「ちょ、アイザック、落ち着いて」

「アイリスが恋人だなんて、夢みたいだ!! 思ってたよりもずっとずっとうれしいよ!!」


 想像以上のアイザックの反応に、思わず笑ってしまった。


「お父上はまだ王都にいるのか? もう一度挨拶したい!」

「えっ!? ま、まだいいよ、恋人ってだけなのに……」

「だって、夏の休暇にはアイリスをヨキオットに連れて行きたいし!!」

「も、もう決まってるの!?」

「決まってないけど、そうなるかもしれないじゃん!」


 仔犬のようにはしゃぐアイザックに、私も自然と笑顔がこぼれる。


(……終わりのことは、いまは、考えない)


 いまのこの気持ちを、ちゃんと、大切にしよう。

 想い合ったこの時間は確かなものだと、信じて。


 テラス側の窓から、春の風とともに花びらがひとつ、ふたつと舞い込んだ。

 私たちの恋は、きっとこれから、始まってゆく。



 

 

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