第30話 伝説の魔石バーミリオン

 次の日の朝。

 食堂に一同が集まった。


「皆さんに、見て頂きたいことがあります」

「なぁにサフタール? あらたまって……」


 食堂内にある小さな舞台に上がったサフタールは、皆の顔を一人一人見る。朝っぱらから真剣な様子の彼に、リーラは首を傾げた。


「アザレア、上がってもらえますか?」

「はい」


 アザレアが舞台へ上がろうとすると、サフタールはすかさず手を差し伸べる。彼の手を取ったアザレアも、唇を引き結んでいる。


「あっ、分かっちゃったかも……!」


 真剣なサフタールとアザレアの様子に、リーラはぽんと手のひらを打つ。皆、リーラの顔を見る。

 リーラは興奮した様子で、人差し指をぶんぶん振った。


「もしかして、……あれよ! 交際宣言!?」


 リーラはぴしりとサフタールとアザレアを指差す。彼女の本気なのか冗談なのか分からない発言に、皆黙り込む。

 その沈黙を破ったのは、サフタールだった。


「母上……。私たちは二ヶ月半後には結婚します。今更交際宣言なんてしませんよ」

「いや、でも、付き合ってるでしょ!? あなたたち、明らかに好きあってるじゃない!」

「……母上、少し黙っていてもらえますか?」

「うん、わかったわ……」


 かなり真剣なトーンでサフタールに注意されてしまったリーラは、椅子に座るとしょんぼり背を丸める。

 サフタールは咳払いをした。


「皆さん、ご注目ください。……アザレア、お願いします」

「はい!」


 アザレアは持っていたコンパクトを前に出すと、ぱかりと蓋を開ける。緊張した面持ちで、コンパクトの中央に指を二本置いた。

 すると、彼女にすぐに変化が現れた。


「アザレアちゃん……!?」

「おお……これは……!?」

「アザレア……!」


 テーブル席に着いていたリーラとツェーザル、そしてゾラは目の前で起こった現象に目を見開く。

 アザレアの朱かった髪は、みるみるうちに銀色へと変わった。

 サフタールはアザレアに手を向けると、彼女に何が起こったのか一つずつ説明していく。


「母上の、魔石の核が壊れたコンパクトを転用しました。核があったところには、朱い魔石の粉末を少しだけ入れました。コンパクトには、魔力効果を一時的になくす魔法が付与されています。……見てのとおり、アザレアは魔力の影響で髪の色が朱く染まっていました」

「朱い魔石の力で、やっとアザレアちゃんの魔力を抑えられたということは……アザレアちゃんはとんでもない魔力の持ち主ということになるわね……!」


 うむむとリーラは唸る。


「大公閣下の若かりし時の髪色にそっくりだ、アザレアさん」

「ツェーザル様……」

「今のアザレアの姿を公国の人間達へ見せれば、不義の子疑惑を晴らせるわね! アザレア!」

「ゾラ……!」


 ツェーザルとゾラの顔からは笑みがこぼれる。

 これでアザレアの積年の憂いが晴れる、そんなことを期待したのだろう。特にゾラの目には涙が溜まっていた。ゾラはこの十年、ずっとアザレアのことを支えてくれていたのだ。


「アザレアちゃんの髪を元の銀髪に戻せるようになったのは何よりなんだけど、私はアザレアちゃんの朱い髪が好きだわ」


 喜びに湧く一同の中、リーラは切なげな顔をして呟く。朱い髪が好きだとの彼女の言葉に、皆は次々に頷いた。


「私も、アザレアの朱い髪が好きです。根元は赤みが強いけど、毛先にいくに連れて淡くなる。とっても不思議な色合いで魅力的だわ」

「私もだ。見ていて元気になれる髪色だよなぁ」

「ゾラ、ツェーザル様……」

「私もですよ、アザレア」

「サフタール……」


 アザレアは嬉しかった。元の銀髪に戻せるようになっても、朱い髪が好きだと言って貰えるのはとてもありがたく思った。公国でさんざん「汚い」「穢れている」と蔑まれていた朱い髪。この髪を好きになれたのは、ここにいる人達のおかげだった。

 特にサフタールには、感謝してもしきれない。


 (十年前、サフタールは公国の城の中庭で、私の髪を「庭に咲き誇るツツジのようで愛らしい」「とても素敵」だと言ってくれた……)


 あの時のサフタールは、きっとアザレアのことを何も知らなかったに違いない。だからこそ、率直に朱い髪のことを褒めてくれたのだろう。

 

「サフタール、ありがとうございます。あなたには感謝してもしきれません」

「そんな……。こちらこそ、約束したのに、十年も掛かってしまって申し訳ありません」


 謝るサフタールに、アザレアは首を横に振る。

 アザレアはサフタールの手を取った。


「私、あなたに会えて本当に良かった」


 ◆


「バーミリオンが見つかっただと?」


 一方その頃、公国では。

 大公は間者から、魔石鉱山で朱い魔石バーミリオンが見つかったとの報告を受けていた。

 そもそも魔石鉱山の発掘は、公国と王国とが手を取り合い、実現したもの。

 主に発掘を行なっているのは王国側とはいえ、それでも魔石鉱山には公国側の技術者もいる。

 朱い魔石のことは遅かれ早かれ、大公の耳に入るのは必至であった。


 (うむ……。あの魔石鉱山に朱い魔石バーミリオンがある可能性は考えていたが……。まさか本当に見つかるとはな)


 飲み込めば、小鳥を炎を纏った不死鳥に変えると言われている伝説の魔石バーミリオン。

 さすがに小鳥が、そんなに強い魔力を持つ魔石を身体に入れたら無事ではすまないと思うが、それだけ強力な魔石ということだろう。


「如何なさいますか? 大公閣下」


 隣りに佇んでいた、クレマティスの父親でもある宰相が問いかけてくる。

 皺が増えてきたその顔に表情はない。


「……王国の出方次第だ。向こうも遅かれ早かれこちらへバーミリオンの存在を知られると考えるだろう。それに魔石鉱山の管理はアザレアの嫁ぎ先であるイルダフネ家がしている」

「イルダフネ家や王国が裏切るはずはないと?」

「裏切れば、我がグレンダン公国だけでなく、他国も敵に回すことになるだろう。バーミリオンが採れる鉱山を欲しがらない国はない」


 (アザレア……)


 大公は窓の外を見つめる。

 彼はとある目的のため、長年ひそかにバーミリオンを探し続けていた。


 (……これで、娘の髪を元の色にしてやれるかもしれん)

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