第22話 ストメリナの企み


 ストメリナの企みを告げにやってきたという、ディルクとクレマティス。

 グレンダン公国から遠く離れても、ストメリナの脅威は去っていなかった。その事実に、アザレアは顔を強張らせる。


「ストメリナはあなたをこの地で亡きものにし、グレンダン公国とブルクハルト王国の戦争の火種にしようと企んでいるのです。今日はその事実を伝えにまいりました」


 ディルクは「俺はストメリナには恋人のような顔をしておりますが、本業は大公閣下の間者です」と言った。

その表情は真剣そのもので、嘘を吐いているようには見えない。何より、隣には公国軍の長たるクレマティスがいる。ディルクの発言は真実とみて間違いないだろう。


「私がこの地で死んでも、さすがに戦争にはならないのでは……?」


 ディルクの言葉に、アザレアは首を振る。不義の子との疑いのある自分が死んだところで、国家間の問題になるとは思えない。

 だが、アザレアの発言に、斜め向かいにいるクレマティスは険しい顔をする。


「アザレア様、あなたは公国と王国、両国の和平の証としてこのイルダフネ家へ嫁ぐ。イルダフネの地で何かあれば、当然公国は動かねばなりません」

「……クレマティス将軍」

「大丈夫だ、アザレア。あなたに手出しなどさせない」

「サフタール……」

「……席を外されますか? 私がディルク殿とクレマティス将軍から詳しい話を聞きます」

「いいえ、私も聞きます。狙われているのは私ですから」


 サフタールは気を遣ってくれたが、ストメリナから狙われているのは自分だ。辛いことでも聞かなければならない。

 アザレアは口を真っ直ぐに引き結ぶ。


 (私は変わると決めたのだから)


 サフタールに護られてばかりではいけない。それにイルダフネに来てから毎日魔法の鍛錬をしている。戦えないことはないはずだ。そう気合いを入れたアザレアは、ソファに座り直すと背筋をぴんと伸ばす。


「ストメリナは、具体的にはどうやって私を亡きものにしようとしているのですか?」

「八日前、ストメリナは間者に指示し、イルダフネ港にて賊にあなたを襲わせようとしました。しかしそれは失敗に終わった。次の作戦ですが、ストメリナは俺をイルダフネへ送り込みました。彼女は俺にあなたをたぶらかすよう命じています」

「たぶらかす……?」

「アザレア様、あなたはこの八日間、サフタール殿と一緒に行動されていますね? サフタール殿はブルクハルト王国随一の補助魔法と回復魔法の使い手で、剣術の腕も相当なものだ。ストメリナから見れば、アザレア様、あなただけでも魔法を扱う者として厄介な存在なのに二人が揃っていたらおいそれと手出しは出来ません」

「それでディルク殿、貴公が私達の仲を引き裂くためにやってきたと……」


 (サフタール……怒ってる?)


 サフタールの口調はいつもと変わらない。穏やかなままだ。それでもどこかひんやりとしたものを感じる。


「ストメリナ様の企みを暴露して頂けて良かったです。……私達の仲はもう、誰にも引き裂くことは出来ない」


 サフタールの視線は、ディルクにまっすぐと向けられていた。


 (引き裂くことは出来ないって……)


 まるで将来を誓い合った恋人同士のようだ。

 自分達の結婚は二国間の思惑があり、結ばれたもの。そこに愛や絆はない。だが、サフタールは自分のことを家族だと思い、護ってくれようとしている。

 その事実が、アザレアを勇気づける。公国にいた頃ならば、本気でストメリナが自分を亡きものにしようとしていると分かったら、震え上がっていたはずだ。


「……やれやれ、女を知らぬ男の言葉は無駄に暑苦しいですね」


 向かいに座るディルクは、サフタールの言葉に呆れ気味にそう返す。手のひらを上に向け、首を横に振った。


「アザレア様、サフタール殿は娼館にすらまったく近寄らない生粋の堅物なのです。夜の床については期待せぬ方がいいですよ」

「……そんなことまで調べているのですか」

「ええ、なにせ俺は大公閣下の間者ですからね」


 (夜の床……??)


 正式な夫婦になれば、床を共にすることもあるだろうが、夜の床に期待が出来ないというのはどういう意味なのかアザレアにはさっぱり分からない。

 だが、サフタールが馬鹿にされたのはなんとなく分かる。


「私はサフタールに何をされても嬉しいと思うので、ディルク様が仰っていることの意味が分かりません」


 アザレアは心の赴くままにディルクにそう言い返した。はっきりとした彼女の言葉に、ディルクは黙ったまま長いまつ毛に縁取られた瞼を瞬かせる。


「……弱ったな。これは一本取られましたね」

「えっ?」

「いいえ、話を元に戻しましょう。俺が指示を受けたのはアザレア様をたぶらかすことまでです。さすがに殺せとまでは言われていません。……ですが、俺はストメリナの情夫ですから、彼女が持っている武器は把握しています」


 ディルクは、懐から手のひらサイズの黒い筒のようなものを取り出すと、中央にある窪みを押した。すると、何もないところに四角い映像が現れる。


「すごい、魔道具の映像機ですか?」

「ええ、兄の部屋にあったものをくすねてきました」


 ディルクは得意げに言う。


 (ディルク様……。信用ならない方だわ)


 ストメリナに恋人のような顔を向けている一方で、大公の間者をやっているディルク。人の個人的な情報を根掘り葉掘り調べ、得意げにしている。しかも兄弟の私物を勝手にくすねているとは。

 アザレアは批判したい気持ちをぐっと堪える。誠実なサフタールのことを馬鹿にされたことも腹だたしいが、今は黙って彼の話を聞いたほうがいいだろう。

 ストメリナの企みの、詳細を知らねばならない。


 ディルクが魔道具を使って呼び出した映像には、氷で出来た彫像が何体も映り込んでいる。彫像は氷の鎧を纏っていて、手には幅の広い巨大な剣があった。


「氷の……兵士?」

「ストメリナは巨氷兵きょひょうへいと呼んでいました。魔法で呼び出した氷製のゴーレムに、魔石を飲み込ませて作るとか」

「この巨氷兵とやらで、ストメリナ様はブルクハルト王国を攻めるつもりですか」

「ご名答。お察しの通り、戦争の道具ですよ」


 サフタールは、「アザレアを始末するため」とは言わなかった。巨氷兵を見た彼は即座にこれは戦争の道具だと判断した。


「どうして、ストメリナは戦争を起こそうとしているのですか?」


 自分を始末したいのは分かる。ストメリナは完璧主義者で自己愛が強い。不義の子との疑いのある妹を生かしてはおけないと考えるのは自然だ。

 アザレアの質問に、ディルクは一瞬だけクレマティスの方を見た。


「ストメリナは大公の座を狙っています」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る