『祝祭の聖女』は今日も人知れず誰かを助けている

睡蓮

第1話 : 黄金色に輝く魔導紙

「ふぁあ~、起きなきゃ」


 私の朝は早いのです。

 夜の明けぬうちに寝床から這い出て、身支度を調えたら厨房で火を起こし、火力が安定したところで朝食の支度に移り、パンや粥を作りながら空が白んで来た頃に掃除を始めます。


 モップで床を乾拭きし、神父様の説教壇を拭いて、庭を箒で掃いていきます。それでもあまり広くない教会なので、さほどの時間はかかりません。


 いつも変わらない作業ですが、今日はこの教会のシンボルツリーである大きなリンゴの樹下に動く物を見つけました。


「かわいいけど……」


 そこにいたのは小さな鳥です。

 オレンジ色の羽根に細く長い尾、そして黄金色の短い嘴。

 他の鳥と最も違うのは頭に金色の王冠のような羽根があることとエメラルドグリーンの眼をしていることです。少なくともこれまで見たことのない種類のそれは、疲れているのでしょうか息が荒く、どこか弱っているように見えます。


 厨房に戻り、皆の朝食に用意した粥のスープ部分だけを皿に入れ、息で冷ましてから口元に出しますと、凄く怪訝な様子でこちらを見つめてきます。

 飲んでも良い旨を伝えるためにコクリと頷けば、二口三口嘴を付け、どこか満足げに身体をくねらせます。


 とはいえ、このままだと野良猫の餌になることは確定してしまうので、どこかで保護しないとまずいと思っていましたら元気になったのでしょうか、小さく「ヒュー」と鳴き、羽根を羽ばたかせました。


『それを持っていれば良いことがある』


 えっ、そんな事を言ったのは誰?

 周りをぐるりと見ても誰もいません。


 おかしいと思って鳥の方を見ましたら、そこにはオレンジ色の尾羽根が一本残っているだけで、その姿はもうありませんでした。


 そんな簡単に元気になるものかと疑問を持ちましたけど、次の仕事が待っています。

 エプロンのポケットに羽根を忍ばせ、神父様に朝食の時間を告げるためにその場を離れたのでした。


『お蔭で助かったよ』


 神父様の寝室のドアをノックする前にそんな声が聞こえた気がしました。




 今日はここの礼拝堂で魔力査定をする日です。

 私達の国、フェリーシア王国では八歳と十二歳の時に自身が保有する魔力の性質と魔力量を量る検査をするのです。

 殆どの人間は魔力を持ちませんが、十人に一人程度が何らかの魔力を保持しています。


 魔力を持つ者は将来を約束され、王城を始めとした貴族の館や教会、大商人の所で働くのが常です。

 貴族は自身で魔法を使える者が多いのですが、それでも領地全域となると身内だけでは賄えないそうで、この査定で認められた者が全国で活躍しています。




「ふう、これで大丈夫ですね」


 机と椅子を並べ終えたら、査定をする聖女様方がやってきました。

 クリーム色の聖女服は感知系魔法を使う方の証で、お付きの侍女達が慣れた手つきで検査に使う品々を並べ終えると、子供達の相手を始める前に私で検査のテストを行います。

 八歳、十二歳とこの検査を受けましたが、私に魔法の適性は全くありませんでした。




 私は教会が附設した孤児院で仲間と共に育ちました。

 十四歳まではそこで育ててもらえますが、魔力を持たない場合は、教会から斡旋された職場で働くのが常となっています。しかし、生憎と背が小さく、力仕事に向かない私は『教会奴隷』としてこの場に留められました。

 

『教会奴隷』とは教会が人を無償で働かせることを認めた制度で、衣食住を保障する代わりに一切の報酬を支払わなくて良いというものです。平たく言えば食事付き住み込みのほぼただ働き労働者でして、奴隷を認めていないこの国でそれに近い働き方をしているため、その様な呼び方をされています。


 とは言え、悲惨なことは何もありません。

 手許にお金がないのは物心ついてからずっとそうですし、生活が保障されているのですから安心して暮らせます。私にとっては充分すぎる環境なのです。


 そうやって働いているうちに誰かに認められれば外で就職することもできます。孤児院から出なければならない十五歳で就職できなくても大半の人達は二十歳までにどこかで働いています。私もいつかそうなるだろうと思っていました。



「ねえ、ちょっとテストしてみてくれるかしら」


 魔力査定は魔導紙と呼ばれる特殊な紙を用いて行います。

 真っ白な紙を親指と人差し指で挟み、そこに聖女様が魔力を流せば紙の色が変わるというものです。

 例えば炎系の能力に秀でていれば赤く、動植物系だと緑になります。その色と濃さを見て聖女様が適性を査定するのです。


 私は以前もテスト役でやってみましたがどの紙の色も白いままでした。

 その後他の聖女様が自ら行うと同じ紙が鮮やかなレモンイエロー医療系に秀でているに変色しました。

 

「わかりました」


 二本の指で紙を挟み、聖女様の前にそれを差し出しますと、彼女は甲に手を添え、短く呪文を詠唱します。


「あ、あれ、えーっ!」


 聖女様の絶叫が礼拝堂に鳴り響き、自分の手の中にある紙を見れば、まばゆい黄金色に輝いています。


 それは私でも知っている全ての系統の魔法に秀でた伝説上の人物、『祝祭の聖女』にしか現れない色だったのです。

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