第6話 薄いアイスコーヒー(お題:来る)
ココがロードサイドダイナーに来てから初めての夏がきた。窓が開かない代わりに空調機が取り付けられているものの、日差しの強さにはかなわない。大きな窓は外気の熱を気前よく招き入れる。首だけの男は涼しい顔をしていたが、ココはそうもいかないようだった。
「今だけはレイのことうらやましいって思うわ」
「ココを見てると、俺も首だけでよかったと思うよ」
彼が暑さを感じないのは首だけだからなのかはわからない。わからないが、ココは「生きているなら首だけだって汗をかいてもいいはずだ」と胸中で結論づけた。
「こんなに店の中が暑いのに誰かくるの?」
調理なんてしようものなら室温がさらに上がることは想像に難くない。いつもならホットしか作らないコーヒーも、全てアイスコーヒーにした。手探りで作った最初のアイスコーヒーはかなり薄くなってしまい、オムレツ以来の失敗にココの気分は落ち込んだ。
「ねえ」
首だけの後頭部に声をかけた。
「どうした?」
自分で飲むしかない、と思った薄すぎるコーヒーを手に、ココはふと思う。
「レイってコーヒー飲んだりできないの?」
「さあ。試したこともないな」
二人でしばし沈黙する。
「飲めるとは思うが、行く先もない。そのまま首の下から漏れ出てくる可能性が高いな。やってみるか?」
俺はいいぞ、と立つ足もないのにどこか浮き足だったような声で言う。
ココはスカーフにコーヒーが染みたり、カウンターにコーヒーが溜まったりする様子を想像してみた。もしそうなったとして、片付けるのはココだ。彼の首を持ち上げて拭く必要がある。カウンターを拭くときにグラスを片手で持ち上げるのとは訳が違う。人の首だ。
「やめとく。薄くなっちゃったアイスコーヒー、一緒に飲んでもらおうと思ったんだけど、なんか怖い」
レイは愉快そうに声を上げて笑った。
「ココ、俺が怖いのか。初めて知った」
「違う。レイが怖いんじゃなくて、知らなくていいこともありそうだなっていうか、人の首が怖いっていうか」
だって持ったことない、と続けた。レイがまた笑い声を上げる。
「笑いすぎ。あーあ、暑いから変なこと考えちゃった」
そう呟くように言ったとき、店の前に一台の車が止まった。
「お、シンディだな。彼女は夏になるとここへ来るんだ。そうなるとココ、お前が暑がるのもしかたないな。夏なんだから」
「私だってさっきからそう言ってる」
ココは客に出せる方のアイスコーヒーを用意しながら、シンディがグリルを頼みませんように、と願った。
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