第1話 京都市嵐山



 それは「槍」と呼ぶには禍々し過ぎ、「剣」と呼ぶには大き過ぎる代物であった。

 そして何より、「武器」と呼ぶには現実離れし過ぎていた。

 槍の先端部分の両側に、薙ぎ、刎ね、殺す為の刃が付いているそれは、『方天戟』と呼称される古代中国の武器だったが、その使用者の異名と同様に、知る者の中では単にこう呼ばれていた――『炎剣』、と。

 独りでに燃え上がり、炎を纏う方天戟。

 それが『炎剣』の能力だった。

 ―――超能力。

 今時、三流マジシャンでも使わないような手垢の付いた言葉だが、そう表現するしかない人知と道理を超えた力は、この世界の裏側に実在する。市井の人々は知ることがないが、日々、そういった能力者が跋扈する陰の世界が、確かに在るのだ。

 この『炎剣』もその一人であった。

 ニット帽を目深に被った青年は、その身を疾駆させていた。

 場所は京都市、嵐山の外れだった。標的がいるという高級料亭は、中はボディーガード、外は民間警備会社が守っているということだったが、その程度の人種は彼にとって問題とならない。秘密組織のエージェントも、時には自身と同様に特異な能力を持つ異能者も、全て薙ぎ払ってきた。

 いや。

 燃やし尽くしてきた、だろうか。

 さる高級料亭の裏側出口。見張りは一人。楽な仕事だ。

 『炎剣』は、走りながら炎を纏う方天戟を顕現させ、何事かとこちらを見た青年に向けて、その刃を振り下ろした。

 青年は切り裂かれると同時に焼き払われ、それを皮切りとして、この料亭では凄惨な殺し合いが起こる。

 ―――はずであった。


「え?」


 自らの振るう武器に、奇妙な重さを感じ、見れば、そこには信じられない光景が広がっていた。

 振り下ろされた方天戟。その柄の部分に警備員の青年が乗っていた。否、今まさにこの瞬間、柄を足場として、飛び掛かろうとしていたのだ。

 それは、プロレスにおける大技の一種。相手の片膝やパートナーを踏み台として、顔面に膝蹴りを叩き込む技。『シャイニング・ウィザード』。発動した閃光魔術は『炎剣』の青年の顔面を貫き、鼻骨をへし折り、意識を刈り取った。


「……いきなり武器で切り掛かってくるなんて……。死んだぞ、テメェ」


 能力者を下した警備会社の青年・高瀬壮太は、無線機を使い、連絡を飛ばす。謎の人物の襲撃と、その人物を退けたことを。


「……それにしても、なんだったんだ、これ……? 最新のテクノロジーにはこういうものもあるのか……?」


 能力が解け、光の粒子となり消えていく方天戟を見ながら、高瀬は首を捻った。



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