第3話 帰還2
俺は
何も変わったところはない。と、思う。
上着のポケットから財布を出して机の上に置き、上着は脱いでクローゼットの中のハンガーにかけた。
小学生のころ机の上に付けたコンパスの傷跡もそのまま残っていた。
机の引き出しの中を確かめたところ変わったものはなかった。
そのあと思い出してベッドの下を確かめたら、箱の底に隠していたお宝もちゃんとあった。
記憶通り
何となく今の自分の能力のことが気になり机の上に置いた財布から10円玉を取り出して人差し指と親指に挟んで少し力を入れたら、簡単に10円玉が半分に畳まれた。
速さや持久力の他に力もそれなりにあることが分かった。
半分に畳んだ10円玉はもったいないので両手で元に戻しておいたけど、真ん中にヒビが入って今にも半分に折れそうな10円玉になってしまった。
自販機では使わない方が良さそうだ。
次は魔術だ。
ベッドに座って魔術が使えるか試してみることにした。
俺は勇者だったので魔術は得意ではなかったのだがそれでも簡単な魔術ならある程度使えた。
口に出す必要はないが「ファイア」と小声を出して指先から火炎を出す魔術を試したところ、ちゃんと指先から炎が噴き出した。
完全に元のままかどうかはまだはっきりしないが、身体能力も維持されているようだし、魔術も使える。
少しだけ安心した。
安心したらどっと疲れが出てきた。
ちょっと前まで魔王と死闘を繰り広げていたわけだから当たり前だ。
俺はベッドの上に寝転がって目を閉じた。
ここで「ただいま」と言ってこの世界の本物の
でも心の中でそんなことはないとなんとなく思っていた。
階下から夕食の用意がもうすぐできるから先に風呂に入るよう母さんが俺を呼ぶ声が聞こえた。
目を閉じたら知らず知らずのうちに眠っていたようだ。
時計を見たらもう午後6時だった。
この時間まで
このまま明日の朝まで
階段を下りて玄関の反対側が洗面台と洗濯機の置いてある脱衣所だ。
洗面台の鏡に映る裸になった俺。
とても中3の体とは思えない筋肉質だった。
体重計に乗ったら70キロあった。
確か俺はあのころ60キロだったはず。
太ったとは全然思っていなかったけれど、これだけ筋肉が付けば重くなるのも当たり前か。
10年ぶりの日本式の風呂だ。
湯舟に張られたお湯にゆっくり浸かって目を閉じたら、10年の疲れが溶け出ていくようだった。
ボディーソープを体洗い用のナイロンタオルに付けて体を洗った。
泡立ちがすごくいい。
頭をシャンプーで洗ったらこれも泡立ちがすごくいい。
風呂から上がってパジャマ兼用の部屋着に着替えた俺は台所と居間につながった食堂に入った。
テーブルの上にはとんかつとキャベツの千切りの載った平皿と味噌汁と白いご飯がふたり分並べてあった。
先に席についていた母さんの向かいの
トンカツソースをトンカツとキャベツの千切りの上にたっぷりかけてトンカツの端っこを箸で摘まんで口の中に入れた。
サクサクの衣の中に脂身の豚肉。
はー。
うまい。
トンカツは夢には出てこなかったが味噌汁と白いご飯は夢に何度も出て来た。
すぐにご飯を口に入れて咀嚼する。
それから味噌汁だ。
味噌汁の具は豆腐とネギだった。
トンカツを半分くらい食べたところで向かいに座る母さんに父さんのことを聞いてみた。
「お父さんは?」
「何言ってるのよ。お父さんは出張で
「そうだったね」
そう答えてみたものの全然覚えていなかった。
とにかく父さんもちゃんといることが分かった。
母さんが俺の顔をまじまじと見て、
「一郎、あなたの顔しばらくちゃんと見た覚えがないからあれなんだけど、ちょっと雰囲気が変わったんじゃない?
それに体も大きくなったような」
「そ、そうかな?」
「あなたみたいな年頃はあっという間におとなになっていくんだねー」
ちょっと、ドキッとしたんだけど、母さんの中で自己完結してくれたようで助かった。
ご飯を一膳お代わりしてお皿の上のものも食べ終わり最後に味噌汁を飲み干した。
「ごちそうさま」
「おそまつさま」
食器を流しに下げた俺は、食堂につながった居間のソファーに座りテレビを点けた。
久しぶりのテレビではちょうどニュースをやっていた。
政治関係と海外のニュースの後、事件事故のニュース。
そのなかでダンジョンで死者、行方不明者、重軽症者の今年に入ってからの数字があった。
死者14、行方不明75、重軽傷者1460。
死者行方不明者は昨年同時期より4パーセント増。
この数字が大きいのか少ないのか良くは分からないが、俺の感覚からすれば少ない。でも普通の日本人の感覚からすれば多いんだろう。
洗い物の終わった母さんは風呂に入ると言って台所から出ていった。
ニュースが終わったらバラエティー番組が始まった。
チャンネルを変えてもどの局も同じような番組でとても見る気はしなかったので、テレビを消して2階の自室に戻った。
部屋に戻った俺はダンジョンのことについてスマホで調べようかと思ったんだけど、また疲れが出てきたようでその気になれずベッドに横になってしまった。
ベッドに横になった俺は天井を見ながらほんの数時間前の魔王との戦いの最後を思いだしていた。
魔王をたおしたことで俺は日本に帰ってこられたのか?
いや。魔王の首を切り落とした手ごたえは何もなかった。
そもそも俺は聖剣エノラグラートを振り下ろしてすらいなかった。
どこか釈然としないところもある。
とはいえ、とにかく俺は日本に帰ってきた。
俺の覚えている日本とは違う日本だが日本は日本だ。
もう魔王との戦いの決着を知ることはできない。
俺にとって魔族との戦いは終わったと考えてもいいだろう。
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