第2話 下劣な責め

 その後、リュドミラは貴人が幽閉されるべき部屋に連れて行かれた。だが、翌日には地下牢へと移された。

 どういうわけか、その地下牢に囚われているのはリュドミラだけだ。他の牢は無人だった。

 その牢の中で、リュドミラは引き裂かれた衣服の替わりに粗末な貫頭衣を着せられ、一度戒めがほどけた両腕は、今は体の前で手枷によって改めて拘束されている。


 リュドミラは、牢の片隅に膝を抱えて座っていた。彼女はずっと茫然自失の有様だった。

 何の咎もなく家族を殺された信じがたい悲劇と、我が身を襲った暴虐。それによって打ちひしがれてしまっていたのである。

 だが、リュドミラの心は、直ぐにまた怒りと憎悪に満ちることになる。

 リュドミラの下を訪れる者達がいたからだ。


 リュドミラの前に現れたのは、王太子ジュリアンとマリアンヌだった。その後にエドアルトとフョードルが続く。

 そして、更にその後に続いて来た男を見て、リュドミラは驚愕した。


 亜麻色の髪を短く整え一見柔和な顔をしている。体形は標準的だが、立ち居振る舞いにはどこか洗練されたものを感じさせる。

 その男は、リュドミラに向かって声をかけた。その声音は嘲りがこめられている。

「ご機嫌麗しく、とは言えないようですね。お嬢様」


「ドナート!?」

 リュドミラは思わずその名を告げた。

 ドナートという名のその男は、リシュコフ公爵家の使用人で、中々目端が利きリュドミラが自身の側近と思い信頼していた者だったのである。


 リュドミラに名を呼ばれたドナートは笑みを浮かべた。その様子を見れば、彼がジュリアンらに与しているのは明らかだった。

「なぜ……」

 リュドミラはそう言わずには居られなかった。

 ドナートは両親を亡くしており、幼い妹のジェシカと共に、随分前からリシュコフ公爵家に養育されていた。公爵家にもリュドミラにも多大な恩こそあれ、恨むような筋合いは何もない。


 ドナートはいっそう笑みを深めた。

「ジュリアン殿下が提示してくれた条件の方が、公爵家での境遇よりも良いものだったので、転職をさせていただきました。自分を高く評価してくれる方につくのは当然でしょう」

 ドナートは、明らかな嘲りを込めてそう告げた。


「くッ!」

 リュドミラは、悔し気に呻くことしかできなかった。このような者を長いこと信頼していたとは、自分の愚かさが情けなかった。


 王太子ジュリアンが不快気な様子で言葉を発する。

「おい、俺を無視して使用人と話すとは、相変わらず無礼な女だな」

 リュドミラは無言でジュリアンを睨みつけた。今更この男に語るべき事など何もない。


 ジュリアンは更に不快そうに顔を歪めたが、直ぐに気を取り直したように邪な笑みを浮かべた。そしてまた告げた。

「いつまでそんな生意気な態度をとっていられるか、見ものだな」

「ッ!」

 その言動から悪辣な意図を察したリュドミラは、思わず身を縮める。


 ジュリアンは言葉を続けた。

「親父の使い古しをどうこうするつもりはないが、お前の顔が苦痛に歪む様には興味がある」

 すると、傍らにいたフョードルがジュリアンに棒状の鞭を差し出す。

 ジュリアンは、その鞭を右手に持って軽く振るった。

 見れば、他の男達もその手に拷問用の器具を手にしている。


 エドアルトが進み出て牢の鍵を開ける。そして、ジュリアンを先頭に男たちは牢内に踏み入ってゆく。彼らは一様に邪悪な笑みを浮かべていた。

 リュドミラは、恐怖に震えるのを必死にこらえた。




「まったく、つまらない女だな」

 しばらくの後、ジュリアンがそう言い放った。

 ジュリアンたちはリュドミラに嗜虐的に残虐な暴力を加えたが、リュドミラはリシュコフ公爵家と自身の誇りにかけて、それに耐えた。

 泣き叫んだり、助けを求めたりせず、苦痛の声を漏らす事すら懸命に抑えた。

 望んだ反応を引き出せなかったジュリアンは不満気だ。


 痛めつけられ、床に伏せるリュドミラは、憎悪を込めた目でジュリアンを見上げて口を開く。

「は、恥を知れ」


 その言葉に、牢の外で男たちの行いとリュドミラの様子を楽しそうに見ていたマリアンヌが反応した。

「あら、面白いことを言いますね。リュドミラ様。これから、たっぷりと恥辱の味を知るのはあなたの方ですよ」

 そして、地下牢への入口の方へ向かって告げた。

「入って来なさい」


 その言葉に応じて、10人以上男たちが、ぞろぞろとリュドミラの牢の前に現れる。

「この地下牢の看守たちです。囚人の世話をするのは本来看守たちの役目ですからね。そろそろ代わってあげましょう」

 マリアンヌがそう言うと、ジュリアンたちが牢から出て、代わりに看守たちがその中に入りリュドミラを取り囲む。


 看守たちはその欲望を隠す事もなく、舌なめずりをしたり、「へへ」「ひひ」などといやらしい笑い声を漏らしたりしている。

 その意図は明らかだ。リュドミラも怯えずにはいられなかった。せめて無様に泣き叫ぶようなことはするまいと、懸命に奥歯を噛み締める。


「始めなさい」

 マリアンヌの言葉を受け、看守たちはリュドミラに襲い掛かった。




 それから行われた事は、悪夢というもの生ぬるいものだった。

 リュドミラの有様は、男たちの獣欲という苛烈な濁流に投げ込まれた一輪の花のごとくだった。濡れ果て、散々に翻弄され、嬲られ、押し流された。

 看守たちは飽きるまでリュドミラを犯し続けたのだ。

 その暴虐は1日で終わらず、それから毎日、看守たちは時間を見つけてはその牢にやって来て、思い思いにリュドミラを犯した。


 延々と繰り返される卑劣な暴力の前に、リュドミラの懸命な抵抗は全て無駄に終わった。身体的のみならず、精神的にも、だ。

 リュドミラの気高い精神もついには折れ、打ち砕かれた。されるがまま、といった有様と成り果ててしまったのである。


 砕かれた心から感情が零れ落ちて行く。怒りや憎悪、そして恐怖すらもすり減り、やがて看守たちの行いに対して、ただ生理的な反応を示すだけになってしまう。

 そうして、生きる気力ら失ったリュドミラは満足に食事も出来なくなり、その衰弱した身体は病魔に蝕まれた。




 そして今、とうとうリュドミラは、このままでは死を待つばかりとなり果てた。

 リュドミラは、朦朧とする意識の中で、何も考えず、何も思っていない。最早彼女は自分の生死にすら満足な関心を持てなくなってしまっていた。

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