第8話 初依頼

 マグリノ山脈。

 冒険者の町ルガールの南方100km程先から連なる山地の総称である。標高は最大3000m程度。Bランククラスの強力な魔物が数多く存在する。


 山脈を超えるとクレイオ魔法国の国土に入り、さらに南に行くと港町サウスポートに辿り着くことができる。

 サウスポートには中央大陸フランリッデを経由せず東大陸ミアレルドから獣族の大陸、南大陸フルーナに渡れる唯一の港がある。


 などなどの説明をトモヤは依頼主である領主――つまりシンシアの父であるリッセルから聞いたが、今回の目的は山脈の先ではない。突如として山脈の頂上に現れたAランク指定魔物である赤竜レッドドラゴンの討伐だった。

 リッセルはトモヤとリーネの実力を疑うとは言わないものの、もしもの際は自分の命を第一に優先する様に指示していた。


 そしてギルドでの邂逅から僅か半日、トモヤとリーネは南門の前で待ち合わせていた。

 トモヤが南門に辿り着くと、一頭の馬と、その側で城壁に背を寄りかけるリーネがいた。リーネはトモヤの姿に気付いたらしく、嬉しそうに手をあげる。


「やあトモヤ、昨日は十分に眠れたか」


「ああ、リッセルさんやシンシアが張り切って豪華な食事を用意してくれたりしたからな。英気は十分養えたよ」


 結局あの後、トモヤはシンシアの家に厄介になった。しっかりとした睡眠を取るためにも、町の当たり外れの大きい宿屋よりも館内の客室の方が良いとシンシアが告げたのだ。

 特に断る理由もなかったため、トモヤはその申し出に従ったのだった。


「うん、そうか。ならよかった」


 トモヤが好調と聞き、リーネは破顔し喜びを露わにする。精微に整えられた容姿が崩れる様には不思議と魅力があり、トモヤは思わず見とれてしまっていた。靡く赤髪に翡翠の瞳、そして黒を基調とした服装……そこでふと気づく。


「そういや、今日は昨日みたいな鎧じゃないんだな」


 リーネは昨日の様に銀色の鎧に全身を包むのではなく、関節などの要所要所には防具を付けているものの基本的には防御力がなさそうな黒色の軽装だった。

 腰に携える一振りの剣がより目立つ。


「うん、普段相手にする魔物ならともかく、今回の目的は力の強いレッドドラゴンだからな。あの程度の鎧では防ぎ切れない、むしろただの重りだ。だから速度重視のために鎧は着けないことにした」


「そりゃ随分と思い切ったな……いや、でもそういうもんか」


 地球でも銃が現れてから、銃弾を防げず重いだけの鎧は廃れていったという話を思い出し、トモヤはひとまずリーネの言葉に納得した。

 そもそもトモヤ自身、エルニアーチ家で仕立ててもらった簡素な服装に身を包んでいるのだが。こちらも速度重視だ。


 リーネは自分の横に置いていた大きな荷物袋を掴むとトモヤに向けて言った。


「トモヤ、異空庫に余裕はあるだろうか?」


「あると思うけど」


「そうか、ならこれも異空庫の中に入れておいてくれ」


 さらにそう言って、唯一の荷物をポンっとトモヤに渡す。


「いやいや、いきなり自分の荷物を俺に渡していいのかよ。金とかも入ってるんだろ」


「ステータスカードとこの剣以外は全てその中だ。けど問題はない、トモヤが奪って逃げるわけもないからな、うん」


「……前々から思ってたけど、もしかして無計画で楽観的なタイプか? まあいいけどさ」


 これ以上の討論は無駄だと悟り、トモヤは素直に受け取ると異空庫の中に荷物を入れる。荷物の中身がなんなのかも確認しなかったが、最悪スキルを利用すれば何とかなるだろうと考えながら。


「よし、準備完了だ」


 荷物のほとんどを異空庫の中に入れトモヤはそう呟いた。残っているのは、腰に携えた黒色の鞘に入った剣のみ。

 トモヤは昨日、ステータスカードを隠蔽し職業を剣士としておいた。

 剣士なのに剣を持っていないのはあまりにも不自然ということで来る途中に武器屋で買っておいたのだ。


 金貨20枚の、安くも高くもない普通の剣。だが、トモヤはさすがに今回の旅で壊れることはないだろうと踏んでいた。

 武器屋で素振りしたところ違和感もなく(これまで剣を握ったこともないトモヤにとって違和感も何もないのだが)、使い勝手はマグリノ山脈に至る道中で確かめるつもりだった。


 そんなトモヤの考えが見透かされたわけではないだろうが、リーネはトモヤの腰元の剣に目をやると少しだけ怪訝そうな表情を浮かべた。


「トモヤ、君のその剣はもしかして新しく手に入れた物か? 傷や汚れが一切ないが」


「ああ、そうだけど」


「……君は使い慣れていない剣でAランク魔物と戦うつもりなのか?」


「えっ?」


 その剣かっこいいじゃないか! と素直に褒められると思っていたトモヤはそう言われ少しだけ呆然とした後、言葉の意味に納得する。確かに常識的に考えて使ったことのない武器を実戦に持ち込むなど馬鹿のやることだ。

 トモヤの剣士としての経験の無さ(皆無)を見抜かれ幻滅しただろうか。そう不安に思いながらリーネを窺うと、彼女はなぜか大変楽しそうに笑っていた。


「はっはっは、そうか、それはいい。面白いな、うん。私は君の常識外の力に惹かれてパーティに誘ったんだ。どう戦うつもりなのか楽しみにしているぞ」


「……ああ」


 トモヤが戦っているところを一度も見たことがないにも関わらず、なぜそこまで無条件にリーネがトモヤを信頼しているのかは分からないが、幻滅されなかったことにトモヤは安堵の息を吐く。

 必要以上に力を見せびらかすつもりはないが、もしもの際はステータスがバレようとリーネを守ろうと決心した。


 覚悟を決めたトモヤは顔を上げる。


「じゃあ、そろそろ行こう……って言いたいところなんだが、馬が一頭しかいないし馬車がないんだが、どうやって移動するつもりなんだ?」


「ん、そんなのは決まっているだろう」


 トモヤの問いに悩むことなくリーネはそう返す。彼女は颯爽と馬に跨り片手で手綱を握ると、もう片方で後ろをポンポンと叩きながら言った。


「乗れ、トモヤ。二人乗りで行くぞ!」


「……まじか」


 そんな風にして。

 リーダー・リーネ、Bランクパーティ【赤騎士団】。そしてトモヤにとっての初依頼、Aランク依頼『レッドドラゴン討伐』が始まった。

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