11. データ復元への道

 ということで、僕は車を運転し、彼女を連れて、再度、船橋市にある、秋葉原博士のラボへと向かったのだが。


「遅かったか……」

 目の前に広がる光景に、呆然と立ち尽くすしかなかった。


 ほんの少し前にあったはずの、博士のラボ、とされる一軒家が跡形もなく吹き飛んでおり、更地になっていた。


 恐らく仲夏帝国軍に突き止められた結果だろうが、それにしてもここまで徹底的にやるということは、博士は何か重要な情報を握っていて、命を狙われているのかもしれない。


 地下にあるラボは、無事のようだったが、そこに入るべき手段とも言える、起動スイッチが壊されており、地下入口への開閉は不可能だった。


 一瞬、ヒビキに手伝ってもらい、強引にこじ開けようと思ったが、ふと思い立って、彼女に聞いてみた。


「博士の生体エネルギーは?」

「健在です。ただし、ここにはいないようです」

 すぐに調べてくれた。


 彼女にとって、秋葉原博士は、「生みの親」だから、その生体データくらいはあるだろうと思っていたら、その通りだった。


 ともかく、ラボの一つは破壊された。

 彼女に聞いてみる。


「博士のラボは、この首都圏にいくつある?」

「ここを入れて3か所です。他は東京都大田区、神奈川県横浜市です」


「博士は今どこにいる?」

 しばしの間があった後、彼女は静かに発した。


「首都圏から生体エネルギー反応がありません。関西方面、大阪府にいます」

「はあ? 大阪?」

 何というか元気な老人というか、したたかというか。車もないのにどうやって移動したかまでは知らないが。


 恐らく危険を察知した博士は、ひそかに船橋のラボを出たのだろう。その際、研究室の物資も持って行った可能性がある。何しろあの博士は「核兵器に耐えられる」ほどの地下室を持っていた。自分の研究成果に相当な執念に似た、こだわりがあることは自明の理だった。


 一応、念のために、彼女にも聞いてみると。


「サーチ完了。ラボの物資は運び出されています」

 予想通り、船橋のラボは、ほとんどなくなっており、中身は完全にもぬけの殻だという。


 ということは、これ以上、博士を追うのは「時間の無駄」に繋がる。ましてやヒビキは定期的に充電しないと、動力が持たなくなる。


 言い換えれば、ヒビキを充電するスポットか充電器が欲しい。博士のラボで充電して間もないから今はいいが、いずれ電源が尽きる。

 その前に電源を確保したい。


「仕方がない。行くか」

 もちろん、行き先は大田区と横浜市だ。


 だが、都心に近くなるということは。


「やっぱりこういうことになるか!」

 道中、襲われていた。


 もちろん、東京を占領した大量のアンドロイドたちによってだ。


 行く先々で、何度襲われたかわからない。

 その度に、僕はヒビキの武装と防衛行為によって、救われていた。


 だが、希望の一つとも言える、大田区のラボは。

 船橋と同じく、消え去っていた。

 しかもご大層にこちらは、地下の研究室ごとなくなっていた。

 博士は、船橋のラボは核戦争にも耐えられると言っていたが、どうやらこちらはバックアップ的な施設だったようで、完全に破壊されていた。


 残るは1か所だ。

 場所は、横浜市戸塚区。


 都心部からも、横浜市中心部からも外れている。


 ここが最後の希望となる。

 道中、またも襲われていたが、川崎市に入り、湾岸の工業地帯を抜け、横浜市に入る頃には、徘徊するアンドロイドの数が減り、攻撃は割と散発的になっていた。


 同時に、僕は運転しながらも考えていた。

 もちろん、彼女の「記憶メモリー」について、だ。


 通常、ITの業界でも言えることだが、パソコンなどの記憶領域は、どこかに「保存」されている。それはCドライブ内だったり、Dドライブ内だったりするが、当然ながら、パソコンであれば、データバックアップとして保存してあり、もしもの時、つまりデータが消去された時は、そのバックアップからデータを復元できる。


 これを、IT業界では「リストア」と言う。


 つまり、「バックアップデータがあれば、理論的にはリストアできる」。


 その理屈で言えば、ヒビキの脳のバックアップデータさえあれば、彼女の記憶は復元可能だろう。


 ただし、彼女は脳自体、いや頭自体を半分くらい吹き飛ばされていた。これをパソコンに置き換えると、パソコン自体が破損した、に等しい。


 いくらパソコンの内部にバックアップ領域を確保していたとしても、そのパソコン自体が破損すれば、データ復元、リストアは難しいはずだ。


 ここまでは僕でもわかることだったし、博士や両親が渋っていた理由もこれと同じだろう。


 だが、一つ気になることがあった。


 博士に聞いた時、彼はこう言ったのだ。

にはな」

 そう。僕が彼女の記憶領域をパソコンのメモリーに例え、データが消えても復元する手段があるはず、と言ったことに対する答えだ。


 博士は、何かを隠しているように僕には思えたし、あの時の煮え切らない態度も気になっていた。


 その上、母の態度だ。

 母もまた、ヒビキのこと、博士のことを聞いた時、言葉を濁していた。こちらも怪しい。


 もしかすると、母と博士は、共有の秘密でも持っていて、それを示し合わせて僕に内緒にしている、とすら疑い始めていた。


 実は、彼らはデータ復元方法を知っていて、あえて僕に教えなかったのかもしれない。


 だが、考えても、現時点では答えは出ないし、推測の域を出ない。


 ならば、一縷いちるの望みに託すことを、僕は考えたのだ。


 これは一種の「賭け」だった。

 僕がIT業界に勤めているからこそ考え付いた答えでもあったが。


 つまり、ラボが生きていれば、そこから彼女を「接続」することが出来ると思いついたのだ。


 僕の最後の希望の種は、横浜市戸塚区にあった。

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