私達は朝が来るのを待たない

たらこ飴

第1話 中津川センジ

 幼馴染にセンスが悪いと笑われたTシャツを、俺は洗った。川の澄んだ水が、生地の黒をより黒くした。


 まるで俺は、桃太郎に出てくる婆さんだ。


 そういえば祖母の家に昔いたピータンというオスのセキセイインコは、昔話の桃太郎の最初の方を話すことができた。   


 なぜそんな高等な芸ができたかというと、お袋が渾身のレクチャーをしたからだ。ピータンは勉強熱心で、お袋のところに飛んできては、「ピピッ」と鳴き、続きを教えろと催促したという。


「あんたもピータンを見習いなさいよ」


 当時小学三年で、毎日宿題そっちのけで友達と遊ぶことばかり考えていた俺に向かって、お袋は言った。


 ピータンは恐るべきスピードで習得した。


ムカシムカシ アルトコロニ オジイサント オバアサンガ スンデイマシタ オジイサンハ ヤマヘ シバカリニ オバアサンハ カワヘ センタクニイキマシタ


 問題はこのあとだった。ピータンは、「お婆さんが川で洗濯をしていると、川上から大きな桃がどんぶらこ、どんぶらこと流れてきました」の、「桃」という言葉をうまく発音できず、いつも「ん゛ん゛」という濁った音になった。俺はそれを聴くのが面白くて、ピータンがつっかかるたびに笑うもんだから、お袋によく怒られた。「鳥だって、揶揄われてるのは分かるんだから」と。


 濡れたシャツを絞って広げ木に干した。胸元の"Death or dance?" の所々剥がれた白いロゴが目に入る。踊るくらいなら、俺は死にたい。


 肩まで伸びた髪を適当に洗い、地面に寝転がる。


 俺は死ぬつもりだった。死ぬ前に憧れていた生活をすると決めた。木々の匂いを嗅ぎ、鳥や獣の声を聴きながら地面に寝そべっていると、俺がしたことなんて嘘に思えてくる。だが、俺は確かにやった。


ーー人殺しに、加担したのだ。




♦︎




 路駐された誰かの車から盗んだパンを、木に刺し焚火で炙って齧る。


 スマートフォンは昨日河に捨てた。幼馴染のトオルと、高校のクラスメイトのサトルから留守電が入っていた。


『無事だよね』


 トオルは一言だけ言った。サトルの台詞はこうだった。


『センジ、私なら君を助けられる』

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