悪役令嬢大戦~底辺貴族の俺が悪役令嬢達を食い物にして貞操逆転女尊男卑世界で下剋上する物語~

十凪高志

第1話 ノブレス・オブリージュ

 その少女を見た時、俺の胸は高まった。


 笑える話だ。俺が女に対して?

 俺にとって女なんて、醜くおぞましい肉の塊でしかなかったのに。

 貴族紳士としての表向きの態度ではともかく、内心ではあの日以来、侮蔑と唾棄の対象でしかなかったというのに――。


 その少女は。


 一糸まとわぬ姿で現れたその少女は――清廉で可憐で、とても美しいものだと――俺の瞳にはそう映った。


 千年の歴史を誇るクルスファート王国の建国期において、歴史から抹消された少女がいたという。

 初代女王に逆らった最初の≪悪役令嬢≫にして、叛逆の悪役令嬢――


 そのは。

 彼女の名は。


「ボクはユーリ。

 ユーリ・アーシア・ストーリア。

 ねえ、キミ――」


 彼女は、俺を真っすぐと見る。


 石造りの薄暗い地下通路の中、崩れた天井から差し込む光が、幻想的に――俺と彼女を照らす。


 そして彼女は、微笑んで言った。


「ボクの、お婿さんになってよ」


 ――それが、この俺、フィーグ・ラン・スロートの――復讐の物語の、始まりの瞬間だった。


 ◇


 貴族の矜持ノブレス・オブリージュ、というものがある。


 貴族は、男は、弱き平民と女子供を守る責任がある、という考え方だ。

 貴族という権利、その誇りに付随する責任。

 尊きものが背負うべきもの。

 俺はよくわかっていなかったけど、とてもその言葉が好きだった。

 大好きな、尊敬する父と母の教えだったから。


「いいかい、フィーグ」


 父は言う。

 大きな手で、俺の頭を優しく撫でながら、笑いながら、


「弱いものや女性を守り、平民の為に戦う。

 それが貴族というものなんだ」


 父は言う。


「そして貴族には、責任と義務がある。

 強く優しく、誇り高く、

 弱い人と女性を守る――それが貴族なんだよ」


 幼い俺には、よくわからなかった。

 だけど、父の声から――それがとても良い事だということだけはわかった。


「それが――父上なの?」


 幼い俺の問いかけに、父も母も笑う。


「ああ、そうだよ。そしてお前もそうなるんだ。

 フィーグは強いからな」


 そういって、父は乱暴に俺の頭を撫でる。

 その優しくも力強い行為に、俺は無性に楽しく、そして誇らしくなって、つられて笑う。


「はい、父上!」

「ノブレス・オブリージュだ。

 強く優しく、誇り高くだ――」


 その父の教えが間違っているものだった――そういう現実を突きつけられのは、7歳の誕生日だった。




 ざん、という鈍い音と共に、父と母の首が飛んだ。

 断頭台に乗せられた両親は、俺の目の前で処刑されたのだ。


 罪状は。

 その罪状は――。


「貴族としての責務を放棄し、男の分際でスロート女爵じょしゃく家の実験を握り、平民を優遇するという愚行を行った大罪人、ファルグ・ロン・スロート及び!

 夫を従える身でありながら野放しにしその悪しき思想に手を貸したスロート家当主、イレイナ・エル・スロート女爵の処刑をここに完了した!」


 大喝采と歓声の中、処刑執行人が声を上げる。

 ギロチンの刃を落としたのは、その処刑人の隣にいる幼い少女だった。


「よかったですね、フィーグ」


 俺に対して優しく、そして冷徹かつ傲慢に声をかけてくる女は、俺の叔母を名乗る女だ。

 その女は言う。


「貴方が生きているのは、スロート女爵家を存続させるため。

 女のための種袋として尽くすものであると女王陛下の御慈悲によって、貴方は生かされているのです。

 その寛大なる御慈悲に、感謝して陛下に忠誠を誓うのです」


 そうでないなら、生かしておく価値も理由も無い。

 そう如実に言外に告げてくるその女に、俺は……。

 俺は――!


「はい、叔母様。ありがとうございます。女王陛下の御慈悲に感謝と、忠誠を。

 ――貴族として」


 血の涙を流しながら、笑い、屈するしかなかった。

 まだ幼い子供でしかなく、抗う力も何もないフィーグ・ラン・スロートにとって、それは仕方ない事だろう。


 その日、俺は知ったのだ。

 俺の父と母は、間違っていた。

 どうしようもなく、間違っていて――そして敗北したのだと。

 国に。世界に。現実に。


 この、絶対的な女性上位で女尊男卑な、歪で狂った世界に――。


 ◇


「ふふふ、今日からここが私達の屋敷になるのね、姉様」

「ええそうよ、ああなんて幸せなのかしら」

「新しいオモチャも手に入ったしね」

「ええそうね、壊さないように大切に使わないと」

「まだ精通はしていないのよね? でも使い道はあるわ」


 俺の住んでいた屋敷に現れた、俺の従姉妹を名乗る少女たちが、にやにやと笑いながら俺を見る。その顔に、俺は嫌悪感を抱く。

 その性根がどうしようもなく歪んでいることを、魂の汚濁から感じ取ってしまうからだ。

 気高く優しかった母とは比べ物にならない。


 そして哀しいことに――女爵家の箱入り息子として育てられていた俺は知らなかったのだ。

 女性という生き物が――少なくともこの国では――そういう生き物であるということを。


「どうしたのフィーグ、そんなに震えて。寒いの?」


 俺の従姉妹を名乗る少女が、くすくすと笑いながら俺を見る。その表情からは侮蔑や嘲弄が見て取れる。

 寒いのも当然だ。俺は全裸に剝かれていたのだから。


「……いえ、大丈夫です。お心遣いありがとうございます、お従姉様」


 俺は、そう礼を言って、震える声で笑う。

 その俺の態度に、彼女たちは満足したかのように嘲笑う。欲情にまみれた視線で俺をねめつけながら。


 これが貴族の姿だ。

 弱者を見下し、嘲笑う。


 俺が父から教わったものとは全く違う生き物だった。

 この国では、貴族とは――女性のことを指すという。

 女性に生まれた――それだけで貴族として輝かしい人生が約束されるのだ。

 男子として生まれた者は、一部の魔力を持って生まれた男子のみが貴族として迎えられ、あとは平民か奴隷に落とされる。


 では貴族男子は成功が約束されているか?


 こんなことは――無い。


 貴族男子は、真の貴族たる女子のために奉仕しなければならない。

 家督を継ぐ次代の嫡女を産ませるための生殖棒、種袋として。

 そして淑女たちの性欲を満たす、性処理の道具として。


 そして――≪悪役令嬢≫のための、魔力電池として。


 そのためだけに、貴族男子は貴族として生きることを許されている。

 学校に行って学ぶのも、自身を着飾るのも、ちゃんとした食事と睡眠をとれるのも、すべて――女子の為。

 女性の為に生きるのが男児の本懐。女性に非ずば人間に非ず。


 これが世界の真理であり、原則だった。


 父の言っていた事とはまったく違う現実がそこにあった。

 後から知ったことだが、別段父は、全くの嘘でたらめ、妄想を語っていたわけではない。

 かつて。先年以上の昔では、そういった価値観が当たり前だった時代があったというのだ。


 だからといってどうという事はないのだが。


 ともあれ、そういった世間と甚だズレた価値観を持つ、時代錯誤の頭のおかしい両親は処刑され、遠縁の叔母とその娘たちが俺の後見人として、スロート家を取り仕切る事となった。

 めでたしめでたし、という奴である。


 そして俺の地獄が始まった。


 両親に価値観を植え付けられた俺は、叔母たちの教育が苦痛でしかなかったのだ。

 それでも俺は、貴族の男子として、紳士として正しく成長した。

 その内に、両親より受け継いだ歪な感性を育てながらも、表向きは品行方正に。

 この世界への、女性への嫌悪と憎悪を抱えながら。

 従姉たちの寵愛――性欲処理の道具として――を受けながら。


(いつか、壊してやる)


 そう思う俺は――やはり間違っているのだろう。


(全てを、破壊してやる)


 だけど、こういう言葉もある。

 勝ったものが正義である、と。

 だから、俺はいつか、必ず――。


(この世界をぶっ壊して、そして……父が、母こそが、正しかったのだと――)


 俺はそう、童心に誓った。




 そして、時は流れ――15歳になり、俺はクルスファート王立魔法学園へと入学する事となる。


 そこで俺は出会うのだ。

 最初にして最古の悪役令嬢――ユーリ・アーシア・ストーリアと。


 これは、俺と彼女たちの――


 世界を壊し、世界に叛逆する、復讐と成り上がりの物語だ。

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