6話  私のコウハイ君は反応が薄い

「………」



とんかつを揚げている男の後姿。


へぇ、なかなかいいじゃんと微笑みながら、私は食卓で頬杖をついていた。


一週間くらい一緒に住んで気づいたことだけど、どうやらコウハイ君はセックスだけじゃなくて料理も上手らしい。


認めたくはないけど、コウハイ君が作る料理と私の料理は明らかな差がある。


本当に、どこまでも生意気なコウハイだ。



「はい、できました」

「わ~~い。ありがとう」

「ご飯よそってくれますか?」

「あいよ」



基本的に、平日でも週末でも食事は一緒にすることが多かった。


お互い寝坊助だから、朝はほとんど一緒に食べないけど。



「いただきます」

「いただきます」



サクサクとした食感がすぐに広がって、幸せな気持ちになる。


幸せに浸りながら食べている私とは逆に、コウハイ君の顔には変化がなかった。


こんなに素敵な料理を作ったのに、もったいない。



「コウハイ君は」

「はい」

「感情、けっこう薄いよね」



味噌汁を一度啜ってから、コウハイ君は首を傾げる。



「そうでしょうか」

「うん、絶対にそうだよ。そういえば、コウハイ君が怒っている姿とか見たことなかったかも」

「ええ……嬉しがる姿はけっこう見てきたじゃないですか。俺、割と感情がすぐ顔に出る方だと思いますけど」

「へぇ」



だとしたら、コウハイ君はこの時間でなにも感じていないことになる。


さっきの表情は本当に、ただの虚無だったから。



「私と住むの、嫌い?」



マウントを取るつもりはない。胃を重くさせる質問だという自覚はあるから、申し訳ないけど。


でも、コウハイ君は相変わらずの無表情で、サラッと答えた。



「いえ、嫌いではないんですよ?」

「じゃ、好き?」

「どちらかといえば?」

「返事が曖昧だな~」

「好きと嫌いでくっきり分けられるほど、物事って単純じゃないですからね」

「ふうん、そっか」



やっぱり賢いじゃないか、コウハイ君。


そう褒め称えたい気持ちを抑えて、私はとりあえず食事に集中する。


食事が終わった後のお皿洗いは、大体私の役割だった。コウハイ君に家事を任せっきりにするのはよろしくない。


私が洗浄をしている間、コウハイ君は私が飲む分のコーヒーを用意する。


タオルで手を拭いたら、ちょうどコウハイ君が手招きをしてくれた。



「ブラックでしたよね、センパイ」

「うん、コウハイ君もブラックだよね」

「ですね」



私は、グラスに注がれているアイスコーヒーをぼんやり見つめる。


表面の水滴が零れ落ちそうになっているけど、ナプキンを下に敷いてくれたせいでテーブルが濡れることはない。


こんな細かいことまで配慮できるほど、コウハイ君は真面目な人だ。



「コウハイ君」

「はい」

「なんで私と一緒に住んでいるの?」



なのに、彼が私と同類なのが理解できない。彼が私みたいに飢えている人なのが不思議で、仕方がない。


コウハイ君の答えは、いつものように単純だった。



「好きですからね」

「………」

「ああ、センパイじゃなくて。センパイと一緒にいる生活が、です」

「……本当に?」

「なんでそこで疑うんですか」

「コウハイ君が普段なにを考えているのか分からないからね」

「………」



コウハイ君は間を置いてから、しれっととんでもない言葉を投げかけてくる。



「大事に思ってます、センパイのこと」

「……………………………え?」



告白まがいの言葉に目を見開くと、コウハイ君は慌てた顔ですぐに両手を振ってみせる。



「あ、いや。そっちじゃなくて、なに思っているのか伝えた方がいいんじゃないかと思って……ただ、心地いいと言うか。なんていうか、互いの波長とか考え方が似ているじゃないですか。みんな、自分を理解してくれる誰かを探していますから」

「へぇ……」



理解してくれる人、か。それは確かにそうかもしれない。


人生の穴を、虚無と寂寥せきりょうを埋めるためにはそういった絆が必要になる。厄介なことに、それが人間の本性だ。


でも、この関係の行き着く先くらい、お互い分かっている。



「私はね、コウハイ君」

「はい」

「君を理解することもできないし、理解したいとも思ってないよ」

「……………」

「私は、君の素敵な体と無口な性格目当てで、一緒に住もうって決めただけなの」

「……………」

「だから、冗談でも大事に思っているとか、そういうことを言って欲しくはないかな」



心臓が痛む。


鷲掴みにされるような激しい痛みじゃないけど、小さな針に刺されている気分。


ドロドロな何かが塊になって、心に垂れ下がっている気分。


でも、言うべき言葉だった。言わなきゃいけない言葉だった。


この痛みも所詮はまぼろしだ。私は今、重ねて来た体の快楽にほだされているだけだ。


互いの人生の線がたまたま重なっただけ。この線がずっと重なったままでいるとは思えない。


コウハイ君は。



「気を付けます」



相変わらずの無表情で、サラッと言うだけだった。


そして、私はそんな無感情なコウハイ君がたまに嫌になる。


我がままで理不尽でどうしようもないと分かっていながらも、コウハイ君が何らかの反応を見せて欲しい。


だから、私は立ち上がってから言う。



「キスしようか」

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