29.ヤバイ男たちに絡まれる支部長とミツさん





 不用意な一言が、窮地を招いてしまうことはままある。

 それを俺たちは身をもって体験してしまった。


 とある休日、俺はミツさんと昼食を食べるため駅前に来ていた。

 古くからある蕎麦屋でミツさんはもりそば二枚、俺は特盛かつ丼+カレー南蛮を平らげる。その後はデザートにストロベリーパフェをいただこうと近くのファミレスに向かった。

 

「でよ、どうも息子が小学校で気になる女子が出来たみたいでな」

「おお、甘酸っぱいね」

「親としちゃ、どこまで話を聞いていいもんかな。俺んとこは頑固オヤジって感じだが、今はそういうのは好まれねえんだろ?」

「そうは聞くけど、子供のいない俺だとなんとも。そもそも恋人すらいないしね。ただ、最近の子供は過干渉を嫌う、みたいな話はよく聞くよね」

「だよなぁ。嫌われたくねぇ、だが頼れるパパって思ってもらいてぇ」


 レスキュアー活動中は頼れるミツさんも子供相手には悪戦苦闘。

 ファミレスでお喋りをしつつ、がっつり濃い味の後にアイスの甘さを堪能していると、隣のテーブルの男性グループが一枚のブロマイドを落とした。

 ちょうど俺の足元だったので拾って返そうと思った。

 しかし、その時俺は呟いてしまったのだ。


「お、魔力蓄積器搭載前のガシンギか。しかも公式じゃない」


 ブロマイドは改造人間ガシンギの最終アップデート前のものだった。

 また俺は公式グッズをすべて把握しているので、それが公式ではなくファンメイドであることもすぐに分かった。


「撮影怪人ハメルドリィ戦の時のだな」


 ミツさんも覚えていたようだ。

 全部ではないが、強敵の場合は印象に残っているらしい。

  

「前々からずっと思ってるけど、それ絶対今の時代には存在してはけない怪人だよね」

「言うなよ、俺も気になってんだから」


 まかり間違ってもマイティ・フレイムさんとは戦わせられないタイプの敵です。たぶん身体啜りの時よりヤバいことになる。

 軽くミツさんと話していると、ブロマイドの持ち主であろう太っちょの男性が眼鏡の奥の瞳をぎらりと光らせた。


「ほほう? それが分かるとは、貴殿らも……なかなかのガシ勢とお見受けしました」

 

 ガシ勢とは、改造人間ガシンギ・ガチ勢の略である。

 どうやらこの太っちょの男性だけでなく、同じテーブルの皆さんもそうらしい。

 三十代の男性から絶大な支持を誇るだけに、こういう濃いファンがいるのは俺も知っていた。しかし、まさかリアルでその会合にぶち当たるとは思わなかった。


「昆虫系の生物型旧式改造人間は、再手術の影響をモロに受けますからなぁ」

「ふむ。然り。外骨格の形状からいつの時期のガシンギかは容易に見て取れるのだ」

「ぐふっ、しかし素人さんには分からないところ。それを見抜くとは中々の中々。特に、そちらのいかめしい男性はかなりのものでござる」


 おい、なんか他の皆様方もにじり寄ってきおったぞ。

 しかも仲間を見るような目で。


「いやー、こんなところで同志に出会えるとは。ところで貴殿たちは、どのガシンギがお好きですかな?」


 男性の目は俺を捉えている。

 友好的なように見えてすっごく圧が強い。


「お、俺はやっぱりまだ必殺技や毒針の一撃を効率よく使えない、初期から中期にかけてのガシンギかなー。戦闘力は後期よりも低いけど、その分泥臭いファイトが多くてさ」


 俺が助けられたのもそのくらいの頃だし。


「いやー! 分かる! 分かりますぞぉ! 拙者もその頃のガシンギは今にはない魅力があると常々思っているのでござる! あいや、今の雑魚など歯牙にもかけんっ、とでも言うようなどっしりとした戦闘も風格があってよいのでござるが! ぐふぅ、ぐふっひぃ!」


 どうしよう、正解だったみたい。

 ござるさんのテンションがヤバい感じ。


「ふむ。そちらの御仁はいかがかな?」

「お、俺か? あー、なんだ。いつの時期、とかはそんなに詳しく覚えてなくてだな。そりゃあ、強敵の前後くらいは出てくるが」


 そら本人からしたら戦いの連続だろうからね。


「ほぉ?」

「だが、まぁ、最近のレスキュアー活動くらいは知っている、ぞ?」

「……おやおや、どうやらそちらはガシンギのことをよく分かっていないようだな」


 でもそれがいけなかったのか、カタい感じのメガネ男性はあからさまに溜息を吐いた。


「ガシンギはレスキュアーではない。ヒーロー、正義の味方なのだ。現行のレスキュアー制度に当てはめようというのが間違っている。彼の一挙手一投足を見ればわかるだろうに。まったく、これだから素人さんは」


 くいっと眼鏡を直して、見下した視線を向けてくる。


「ちなみに我は、悪の組織ゼグオードが相手の時だったか。敵の新怪人に押されていた時期があった。しかし対抗しようと再手術を受けて、今まで叶わなかった怪人どもをまとめてなぎ倒していく。その雄々しき背中に惚れたモノよ。ま、そちらのようなニワカには分からない話であろうがな?」


 いや、この人がガシンギ本人ですけど。

 あなたの惚れた男ですけど。

 けっこう辛辣な態度を取ってくるメガネさん。しかし、そこでござるさんが割って入った。


「その言い方は良くないでござる。知識量に差があれど、優劣はないでござるよ。知らないのであれば、これから勉強していけばよいだけの話。教え諭し、正しいガシ勢に導くことこそ拙者たち先達の役目ではござらぬか?」

「いいや。にわかがガシンギを、さも理解しているように語るのは我慢ならん。我は、現行制度のレスキュアーとしてのガシンギを見て彼を知ったような面をする者達が、孤高のヒーロー・ガシンギを穢すような真似が許せん」


 そうは言っても、ミツさん結婚して息子さんもいるよ?

 権利擁護運動以後に結婚したから、孤高のヒーローも間違いないけどさ。

 息子さんは九歳で「僕もレスキュアーになるっ」って言ってるカワイイ子だ。

 ミツさんは奥さんにベタ惚れで息子さんが大好きで、行事ごとに顔を出している。

 夏休みにはバーベキューとかもしてるし、遊園地で遊んだり、泊りの旅行も普通に行く。この人家族大好きでレスキュアー制度にも肯定的だ。

 ああ、でも「レスキュアー」の響きだけはそんなに気に入ってないみたい。やっぱり、ヒーローと呼ばれていた時期が長かったからかな。


「いや別に孤高でもねえし。ダチと酒飲むのも好き、だ、だと思うが……」

「はあ!? ガシンギは酒など飲まん! ストイックに常に敵の襲撃に備えているのだ!」


 ミツさんの弱弱しい指摘はメガネさんによってかき消された。

 いや呑むよ。

 この前、ミツさんと岩本くんと良子ちゃんと俺で飲みに行ったよ。

 たこわさ摘まみつつ芋焼酎でクイッと一杯やってたし。

 というかヒーロー時代ですら重蔵博士と酌み交わしてたわ。

 今じゃ酔っぱらって「息子がよぉ、クリスマスプレゼントに獅子星の太刀がほしいっていうんだよぉ……。なぁ、しょうたろぉ。俺の毒針もおもちゃになってんのに、興味持たれてねえんだよぉ。なんでかなぁ」とか愚痴ってますが?

 あとシークレットデータ。

 俺はミツさんが奥さんといちゃつきながら、相手の耳をはむはむ甘噛みしてるところを見たことがあります。


「だ、だがよぉ」

「この素人がっ! お前にガシンギの何が分かる!」


 メガネさんがヒートアップしてくる。

 それを止めたのは、リーダー格であろう太っちょさんだ。


「いけません! いけませんぞぉ、皆様方! 我らはみな、ガシンギという漢に惚れた同志でありましょう! ヒーローとしてのガシンギを愛し、レスキュアーとしてのガシンギを愛する! どちらか片方しか知らぬ者がいたとしても、それを貶すのは違うというもの! もしこの光景をガシンギが見れば、どう思うか! きっと、自らの存在が招いた争いを嘆き悔やむでしょう!」


 いいえ、この光景を見た改造人間ガシンギはきっとこう思っています。「……はやく帰りてぇ」と。

 

「貴殿も、申し訳ない。ご迷惑をかけました。ただこれも、ガシンギへの愛が引き起こした暴走。同じ漢に惚れた男として、許せとは言いませんが、理解をしていただければ幸いです」

「お、おう」


 太っちょさん、気付いて。

 ミツさんの目が死んでる。


「そうだね、じゃあ俺達はこれで。さあ、ミツさん逃げ」

「ではっ! 争うよりも! 皆でガシンギの魅力を語りつくそうではありませんか! カッコいいところ、名場面! 好きで相手を否定するより、好きで手を繋ぎ笑い合う! それでこそガシ勢という者!」


 ガシッと腕を掴まれた。

 そして太っちょさんに無理矢理引き込まれた!? 

 嘘だろ!? キバハリアリ、ミルメコレオ、どっちも昆虫系の怪力だぞ⁉ 

 なんだこのパワー!?


「では皆さんご一緒に! ガシンギが好きっ!」

「ガシンギが好きっ!」

「ガシンギが好きっ! ほら、お二人方も!」

「なっ、俺らもか!?」

「もちろんでござる! さあ、ガシンギが好きっ!」

「が、がしん、ぎが、すき」

「声が小さい! ガシンギが好きっ!」

「ガシンギが好きッ!」


 せっかくの休み、ファミレスで「ガシンギが好き」と言い続ける俺とミツさん。

 なんぞこれ。

 その後俺達は、店員さんに怒られるまでガシンギへの愛を高らかに宣言し続けた。




 ◆




「ようやく、逃げ出せた……」


 なんとか太っちょさんを説得してファミレスを後にした俺達。

 時間にして三十分くらいだったのに物凄い疲労感がある。


「ごめん……。俺がストロベリーパフェを食べたいなんて言ったばかりに」

「いや、翔太朗が悪いわけじゃねえよ。しかし、ファンがいるのは自覚してたが、ああも濃いとは……」


 どうも今回彼らが集まった目的は、インディーゲーでガシンギ主人公のRPGゲームを作ろうという企画の会議だったらしい。

 ガシンギの魅力について語り合った後はそちらに話題がシフトしたおかげで、上手く退散できた。


「まあそれでも、応援してくれるってのは、嬉しいよな」

「だね」


 かなり疲れたけれど。

 ああいう人たちも、ミツさんが守り続けた結果の一つだろう。

 それはきっと誇ってもいいことだ。


「それはそれとして、今日は解散でいいか?」

「うん、もう帰ろう」


 でも体力が続かないので今日は家で休みます。

 帰り際通ったレストランの黒板に“ご予約:魔法少女シズネを愛でる会御一行様”という文字があったので俺は見ないふりをして走った。




 ◆




 後日。


「ああ、ミツさん。最近、有名インディーゲーサークルがガシンギを題材にしたRPGの公式ホームページを立ち上げたんですが、知っていますか?」


 レオンくんによってもたらされた情報に、ミツさんビクビクッしていました。



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