第2話 飛竜乗りのソー



「おいっ! 女の飛竜乗りテューレアが来てるって、本当か?」


 ドタバタと階段を駆け下りてきたソーは、地下食堂の入口にたむろする仲間たちの間に頭を突っ込んだ。



 ────ここは砂漠の国、ベルテ共和国。


 海や川の近くには田畑や大きな町が点在しているが、国土の大半は薄茶色の砂が舞う砂漠地帯だ。

 そんな広大な砂漠の真ん中に、世界に広がる竜導師ギルドの本部がある。


 ここでは、竜目石を使って飛竜テュールを呼び出し契約を結ぶ竜導師りゅうどうしの育成や、飛竜乗りテューレアの訓練が行われている。

 また、訓練課程を終えた若者たちに仕事を与える機関でもあることから、本部には多くの訓練生や卒業生が滞在している。

 ソーもそんな若者の一人だ。



「見えねぇな。ちょーっとどいてくれよ!」


 ソーは周りの訓練生を押しのけると、ボサボサの金髪をかき上げて食堂の中を見渡した。

 地下にある広い食堂は誰でも使えることから、職員や訓練生だけでなく外部の人間もよく利用する。とはいえ、竜導師ギルド自体が男社会なので、外部から女性が来ることは極めて稀だった。


「ソー、うるさいって。盗み見てるのバレちゃうじゃない」


 茶色い髪に浅黒い肌のぽっちゃり少年が小声で文句を言う。


「シシル、女はどこに居るんだ?」

「ほらあそこ。正面奥の席。こっちを向いて夕飯を食べてる、白金の髪の────」


 シシルの言う場所に目を向けた途端、ソーは息を止めた。

 周りにいる野郎どもとは比べ物にならない、白い肌に白金の長い髪。服装こそ地味だが、まるでそこだけが光り輝いているように見えた。


「おぉっ、綺麗なお姉さんじゃねぇか! よし、お近づきになろうぜ!」

「えっ、僕はいいよ」


 ぷるぷると首を振るシシルに、ソーは「はぁ?」と不満気な目を向ける。


「興味ねぇのか? 女の飛竜乗りテューレアなんて、この先いつ会えるかわからないぜ?」

「で、でも」

「でもも何もねぇだろ!」


 ソーに腕を引っ張られ、シシルは女性が座っているテーブルの前まで連れて行かれてしまった。


「お姉さん、どこから来たの?」


 馴れ馴れしく質問しながら、ソーは厚かましくも女性の向かいに座り込む。

 羊肉のシチューから顔を上げた女性は、青い瞳を細め、怪訝そうな表情を浮かべてソーを見ている。


「私はイリス王国から来た」


「はぁ~、北国の人か。どうりで色が白いわけだ。で、何してる人? ギルドには何しに来たの? あっ、名前何て言うの?」


「……私はラシュリ。イリスの神殿〈飛竜テュールの塔〉に仕える巫戦士ふせんしだ。ギルドには、盗まれた竜目石を探すために来た」


 人懐っこく質問を繰り出してくるソーに対し、ラシュリの答えは事務的だ。


「へぇ、巫戦士かぁ。何だか知らないけどカッコイイな! それで、盗まれた竜目石は見つかりそうなの?」


「いや……のある竜目石は竜導師ギルドに集まると聞いていたが、ここに私の探す石はなかった。今は協力要請の認可が下りるまで待機中だ」


「協力要請ってことは……このギルドの誰かが、アンタの探し物に駆り出されるってことか?」


「そう要請を出したが、ギルドも忙しいらしいな?」


 ラシュリは、先ほど交わしたギルド長との会話を思い出した。

 詳細は隠した上で、盗まれた〈飛竜の塔〉の竜目石を探索する為に人手を貸して欲しいと要請したのだが、ギルド長は困ったような顔でラシュリにこう言ったのだ。


『〈飛竜テュールの塔〉の要請には是非とも応えたいが、ギルドは今混乱していてな。主だった者たちはみな探索に出ておるのだ。案外、あなたの探す竜目石にも関係があるかも知れん────』


 世界中に広がる竜導師ギルドには、盗品と思われる竜目石を回収して本部に送るシステムがあるらしい。

 今は、そのシステムが上手く回らなくなっている上に、不自然なほどたくさんの竜目石が一か所に流れているとのことだった。


「ああ、それ! ジュビア王国が手あたり次第に竜目石を買い漁ってるって話だろ? ギルドは今、その真偽を確かめる為に大わらわなんだ。うちの教官たちまで駆り出されちまってさ、おかげで俺みたいな見習いが臨時教官を頼まれる始末さ!」


「教官?」


 ラシュリはパシパシと目を瞬かせて、目の前の青年を見返した。

 あちこち飛び跳ねた金色の髪に、くるくると良く動く榛色ヘーゼルの瞳。陽気な感じの青年だが、どう見てもまだ十代だ。訓練生にしか見えない。


 ラシュリが正直にそう言うと、彼は「ハァ」と大げさにため息をついてから、立てた親指をクイっと自分に向けた。


「俺はソー。こう見えて、訓練生の中では飛びぬけて優秀だったんだぜ! 過去最速で訓練課程を終えて、今はちょっとした使い走りの仕事を任せてもらってる。

まっ、例の騒ぎで今は臨時教官だけどな。あっ、こいつは本物の訓練生だ。俺の弟分でシシルっていうんだ」


 ソーがポンと肩を叩くと、隣に大人しく座っていたシシルがペコリと会釈した。


「二人とも、年は幾つだ?」

「俺は十九。こいつは十七だ」

「若いな」

「そう言うお姉さんは?」

「私は二十四歳だ」


 ラシュリが答えると、ソーは「ヒュー!」と口笛を吹いてニンマリと笑った。

  

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