漆黒の白魔族

@SiZuMa0852

一年生編 第一章 オルエイ入学

第1話 始まり

小さい頃、誰しもが憧れるような物ってあるだろう?


例えば、男子だったら正義のスーパーヒーロー。


例えば、一国のお姫さま。


例えば、世界一のスポーツ選手。


俺だってそうだった。


『魔王』、その名の通り、魔を司る王。


圧倒的な力とカリスマによって、この国の魔族達を率いる伝説的な存在。


俺はそんな存在に憧れた。


あらゆる魔族達の信頼を集め、頂点に居座るその姿に、昔はよく己を重ね合わせた物だ。


だが、残念ながら現実は厳しい。


世界一のスポーツ選手になりたいと言って、それを叶えられる人はどれだけいるだろうか?


答えは1人だけだ。


どれだけたくさんの魔族が目指そうと、夢を叶えられるのはたった1人。


同じ事だ。


誰にでもなる権利がある魔王だが、実際になった魔族は優秀でたくさんのコネを持った貴族ばかり。


強き者に従うのが習性の魔族だから、もちろん歴代の魔王達の強さは異常なものであったが、それでもいささか疑問はある。


本当にこの魔王は最強だから魔王なのだろうか?と。


しかし世の中、それが普通なのだ。


たかが一市民には、権利はあろうとチャンスはない。


チャンスを持つのは、ごく僅かな選ばれし者のみ。


その事実を悟った時、俺の中の何かが崩れ去った。




俺、エスタは少し優秀なだけの平凡な魔族だ。


勉学はかなり自信があり、運動もそこそこできた。


魔法だって同世代の人よりも数十倍上手く扱えたし、学校などでは生徒会などで人の上に立つ事だって多かった。


父が騎士で高い地位についているのもあって、よく戦闘訓練をしたため、戦いにも慣れている。


いわゆるクラスに一人くらいいる何でもできる万能なやつという認識でいいと思う。


しかし、何でもできると言っても、何かが突出つしているわけではない。


勉強だって、自信があると言っても学年トップなわけではない。


運動も、できるにはできるが、国中を探せばもっと出来るやつはいくらでもいる。 


魔法もいつだってクラス三番手だった。


全てが中途半端。


何一つ、飛び抜けて出来るものがない。


それが俺、エスタだ。


諦めたい夢がある。


それでも諦めきれない夢がある。


そんな矛盾した心を持ちながら2年半、中等学校を過ごして来た。


「なぁエスタ、お前、進路どうすんの?」


ある日の授業合間の休み時間、学校のクラスメイトに聞かれて初めて実感した。


「あ〜、中等部ももう半分が終わるのか。そろそろ卒業後の事も考えないとな。」


今は三年二学期の中盤だ。


半年たてば中等学校は卒業。


高等学校へと進学する生徒はもうとっくに勉強を始めている。


ちなみに高等学校というのは、中等学校を卒業した次の進路の一つで、入学には厳しい条件が複数ある。


とは言っても、そんな所へ行くのは、一部の金と才能のあるエリートだけで、大半の人は就職だ。


まぁ、俺なら行けるだけの実力があるし、あまり金のかからない高等学校なら行くには行けるが、そんな所行った所で別に魔王になれる訳がないし、メリットといえば多少給料の高い仕事につけるくらいだ。


それもなかなか悪くはないが、俺はまだ自身の進路を決めかねていた。


「そういやアーシャは、オルエイ高等学校からスカウトが来たらしいぞ。凄いよな。」


友人はそう俺に言った。


「あぁ、知ってる。あいつは才能の塊だからな。まぁ、来るだろうな。」


「お前も受けちまえば? 天下のオルエイ!」


「無理に決まってんだろ。あっこは国一番の教育機関だぞ?俺なんか足元にも及ばねぇよ。」


オルエイ高等学園


この国で一番最初に出来た高等学校であり、同時に最難関の学校でもある。


その倍率は毎年数十倍にも膨れ上がり、歴代の魔王達は初代以外、例外無くオルエイ出身である。


ちなみにアーシャというのは、俺の幼馴染だ。


俺なんか比にならないくらい何でも出来て、美人で、周りから尊敬されている。


オルエイ高等学園からスカウトが来るくらいだから、その噂は国中に広がっているのだろう。


「俺も、決断しないとな…。」


ふと窓の外を見ると、終わりの見えない雲が空の奥へと永遠に続いていた。





午後9時半、近所の公園。


夜の公園というのはなかなか良い物だと思う。


人はあまり来ないし、静かだ。


昼間は騒がしい子供達も、夜には出てこない。


同級生達に出くわす可能性も殆ど無いと言っていいだろう。


一人でコソコソ練習するにはうってつけの場所だ。


剣を振るい、剣を振るい、剣を奮う。


父親から教わった、実用的な剣技をひたすらに磨く。


より速く。


より短く。


より最低限の動きで。


剣術の練習をしていると、ふと我に帰る時がある。


始めて大体30から40分くらいだろうか?


どうせ魔王になどなれないのに、いつまでもこんな事をして何をやっているのだろうかと。


そして、近くのベンチに座り込んで、考える。


しかし、二、三十分経つと、いてもたってもいられなくなって、また特訓を始めてしまう。


それを1日に何度も何度も繰り返す。


馬鹿だなと我ながら思う。


しかし、そうでもしないと、やって行けないのだ。


夢を叶える為に努力するんじゃない。


夢から逃げる為に努力するんだ。


俺がベンチに座って休んでいると、突如、思いもよらない出会いがあった。


年齢は20くらいだろうか?


銀髪銀目で、身長は女性にしては高め。


一目で美人だと思った。


俺が水筒を飲んで考え事をしている最中に突如、彼女は、公園の中心に立って剣を振り始めた。


正直心の中で嫌悪感を覚えた。


ここはいつも俺が使っていた場所だったし、誰も人がいないこの空間が好きだったからだ。


そんな場所を急に使われたんじゃ、心がモヤモヤするのは当たり前だと思う。


まぁ、ここは公共の場だと言われちゃ、何も言えないんだけどな。


しかし、次の瞬間、彼女をボーッと眺めていた俺の脳内に一つの電撃が走った。


細い腕。


細い足。


完成されたスタイルに、流れるように光り輝く銀色の髪。


何より、圧倒的に無駄が無く、これ以上の物を想像出来ないほど完成された、剣技。


「綺麗だ。」


不意に、口から言葉が出た事には俺も驚いた。


一体どれほどの練習を重ねればあの窮地に達せるのだろうか?


俺は、自分があの剣術を身につけている所が想像もつかない。


女性はひたすらに剣を振るっていた。


その姿は振るうというよりかは踊ると言った方が良いのでは無いのだろうか。


彼女はピタリと動きを止め、俺の方を向いた。


そして、剣を鞘にしまうと一言声をかけてきた。


「そこの少年。名前は確か、エスタと言ったか? 私と一つ手合わせをしてくれないだろうか?」


俺の興奮は、一瞬で不信感に変わった。


「どうして俺の名前を?」


「君の友人から聞いたんだ。アーシャちゃん。昔は仲良かったのだろう?」


彼女の口から出たのは、幼馴染の名前だった。


「アーシャの知り合いですか?」


「まぁ、知り合いと言えば知り合いだな。どうだ? 一つ手合わせを。」


そう言うと、彼女は魔法を唱え、2本の木刀を作り出した。


そして片方を俺に向かって投げると、自分は後ろへ下がって剣を構えた。


見た事ない魔法だ。


母親が有名な魔術師である為、比較的沢山の魔法を見る機会があった俺だが、木刀を作り出す魔法なんて全く知らない。


一体何者なのだろうか?


「良いですけど、俺あんまり強く無いですよ。」


そんなセリフを吐き捨てて、俺も剣を構える。


隙がない…


そう心の中で呟いた。


ただ剣を構えているだけなのに、どこから切り込めばいいのか、全く想像がつかない。


どこに対して打っても反撃が返ってきそうで、自分から行きずらい。


しかし、相手は体をビクとも動かさず、こっちの攻撃待ちなのだと言う事がひしひしと伝わってくる。


「行かざるおえないか。」


俺は決心して、彼女に向かって足を踏み込んだ。


上から切り込むように見せかけて、直前で木刀を防御の形に切り替える。


相手は完全に一撃を受けるのを待っていた。


ならば、攻撃を入れた瞬間に反撃するのは目に見えている。


だから、攻撃に見せかけた防御の一手。


カキンッと木刀とは思えない音が鳴り響くと、女性は目を丸めて驚いていた。


案の定、隙をついての反撃していたのだが、俺が守りに徹したのに驚いたのだろう。


しかし、俺は心の中で叫ぶ。


重ッ!!


咄嗟に彼女と距離を取る。


右腕の筋肉がじんじんと痛みを上げている。


一体どんな振り方をしたら、ここまで重い一撃を放てるのだろうか。


生身で受けたら骨折物だ。


一旦体勢を立て直そうとしたその瞬間、彼女は追撃に動いた。


後ろへ下がった俺を追いかけて、倍以上のスピードで間合いを詰めてきたのだ。


強力な一撃を受けて動揺していた俺の隙を逃さず、早くも決着を決めに来た。


まずいッ!


彼女は右下の、俺の木刀から一番遠い位置から剣を振るう。


当然防げない。


防御をしようと無理な体制で体をねじるが、身に合わず、俺の木刀は軽々と空中に吹き飛ばされた。


「強っ。」


「驚いたな。まさか一撃目を防がれるとは。」


俺は地面に勢いよく倒れ込む。


女性は歩いて俺の落とした木刀の所へ行き拾う。そして、自分の持っているのを合わせて2本とも魔法で消去する。


木刀は、黒い粉になって空中へと溶けていった。


背中が痛い。倒れた時に強く打ったのだろう。


俺は立ち上がれずに、ねっ転がりながら、女性に話しかける。


「強いですね。」


「当たり前だ。お前とは積んできた経験が違う。」


かなり強めの口調で言われた。


経験が違うとは言っても、相手は20代前後だろう。


恐らく年齢差は5、6歳と言った所だ。


それだけでここまで差が開く物なのかと疑問に思うが、実際手も足も出なかった。


「何で、そこまで強いんですか?」


「不思議な質問だな。どうやったら強くなれるかなら聞かれるが、なぜ強いのかを聞かれたことはないな。」


「方法じゃない、理由が知りたいんです。俺には強くなれる理由がわからない。」


長年努力してきた。


特にこの七、八年は色々な事を頑張ってきた。


しかし、足りない。


何か、絶対に必要なものが抜け落ちてる気がするのだ。


女性は口を開ける。


「魔王の夢、諦めたのか?」


その言葉を聞いた時の俺は相当驚いていただろう。


この人は、一体どこまで俺のことを知っているのだろうか?


「アーシャに聞いたんですか?」


「まあ、いろいろとな。彼女は、君のことをたいそう嫌っていたぞ。亡き親友を忘れた屑と言っていたな。」


「ひどい言いようですね。」


あながち間違えではない。


俺は、今は亡き親友の夢と真剣に向き合わなくなった愚か者だからだ。


「じゃあ、レオンの話も」


「聞いたさ。まあ、不幸だったとしか言えないな。」


「そうか。」








俺には、二人の幼馴染がいた。


一人はレオンという少年で、心優しい魔族だった。


もう一人はアーシャという少女で、こっちは我が強く、わがままな魔族だった。


俺とアーシャとレオンは親が仲良かったのもあり、よく一緒に遊ぶ仲だった。


「俺は将来、魔王になる!」


それをよく言っていたのは、俺ではなくレオンだった。


「また言ってる~。」


「ずっとそれじゃん。」


俺とアーシャが揶揄うと、レオンは顔を真っ赤にして怒り出す。


「本当だぞ! 俺は魔王になるんだ!」


こういったやり取りは日常茶飯事だった。


まだ8歳にも行かない年齢だ。


将来魔王になりたいという子は、周囲にもたくさんいた。


現実ではほぼ不可能な夢であるが、子供にはそんなとわからない。


レオンは、周りの口だけ魔王を語っている魔族とは違って努力もしていたので、俺とアーシャはなんだかんだ言って応援している節があった。


初等学校の三年生くらいの頃だっただろうか?


当時の俺は8歳だった。


ある日、学校帰りでいつも通り公園で遊んでいると、突如黒服を纏った集団に襲われた。


最も印象的だったのは、服やネックレスに刻まれた太陽と羽の重なった紋章。


まだ子供達だった俺達は、なす術もなく押さえつけられ、レオンは奴等に攫われてしまった。


衝撃だった。


それまでの平和が一瞬にして崩れ去った。


すぐに捜索隊が派遣されたが、黒服を纏った彼らの痕跡は跡形もなく消えており、唯一見つかったのはボロボロに焦げた、レオンのリュックだけ。


幼い俺達でも、それがどういうことなのかは察せた。


ある日、アーシャと2人で学校へ通っている最中。


雰囲気は暗く、話は何も生まれない。


レオンの誘拐事件からもう何ヶ月経っているのに、気持ちの整理が落ち着かないでいたのだ。


そんな中、俺は一言、自分の思いを口に出した。


「俺、魔王になる。」


俺の決意の表れであった。


「レオンみたく、必死に頑張って、そして魔王になる。」


レオンが夢見た魔王。


彼の叶えられなかった夢を、代わりに自分が叶える。


いつしかそれが夢になり、目標になった。









俺は、目の前の女性に言う。


「でも、今はこんなザマなんですけどね。」


自傷気味に笑うと、女性は無表情でいた。


彼女は先程俺が休んでいたベンチに腰をかけると、手足を組んで口を開ける。


「正直に言うとだな、私はお前の過去話に興味は無い。」


そりゃそうだ。


俺が一方的に話しただけなのだから。


彼女は続けた。


「しかし、さっきの一戦でお前には興味が湧いた。だからアドバイスしてやる。今のお前では、魔王にはなれない。」


その言葉はゆっくりと、しかしずっしりと心に響いた。


今まで、いろんな人に言われた言葉だった。


先生、友人、親…


そのせいでいつしか、俺は魔王になりたいことを隠すようにまでなっていた。


頭では理解している。


だが、心までは納得できない。


俺は唇を噛み締めて下を向くと、次に彼女は思いもよらぬことを言った。


「周りが自分の為に魔王を目指しているのに、他人の夢を叶えようとしているお前が、魔王になどなれるわけないだろう。」


「他人の…夢…?」


妙に納得のいく説明だった。


心に開いていた穴が、埋まっていきそうな感じがした。


同時に、納得したくなくて無性に怒りが込み上げてきた。


「他人の夢を叶えたいというのは…ダメなんですか?」


「…」


彼女は呆れた顔で俺を見た。


眉間に皺を寄せて、まるで心の内を見透かされているかのように。


「ならお前自身の心に聞いてみろ。その居なくなった親友のことを抜きにして、お前は魔王になりたいのか?」


俺はグッと口を紡ぐ。


反論できなかった。


彼女の言っていたことは、恐らく俺がうすうす気づいていた事だ。


だが言葉にしてしまえば、俺の中にいるレオンが消えてしまいそうで、それが怖くて、考えないようにしていた。


「俺は…」


「今の間が何よりの答えだろう? だからお前は魔王になれない。少し、気になったから手合わせを願い出たが、興味が半分と失望が半分だ。私は、巣立ちをしない雛に時間を避けるほど暇人ではないのでな。」


そういうと、彼女は自身の左腕についている腕時計で時間を確認する。


そして何も言えなくなった俺の方を見て、別れの言葉を告げた。


「そろそろ帰ることにするよ。まだ仕事が残っている。」


足を踏み出し、俺の横を通り過ぎる。


後ろを振り返るともう彼女の姿は無く、歩くの速ッと少し驚いた。


一人取り残された俺は、何だか剣術の練習をする気になれず、結果そのまま帰ることにした。









家に着くと、母親が料理を作って待ってくれていた。


「お帰りエスタ。」


「ただいま母さん。」


母さんは、食器を洗っている。


魔法で水を垂れ流し、皿の汚れを取っていた。


もう食事は済ませたようだった。


「また剣術の練習?」


母さんはそう質問する。


「うん。」


「私的には、魔法の練習をしてほしいのに。」


「そっちもしてるよ。」


母さんは、昔は優秀な魔法使いだったと聞く。


一体どこまで凄い人だったのかは知らないが、そのせいでやたら将来は魔導士になることを勧めてくる。


しかし、魔法を使うための魔力という体内のエネルギーがあるのだが、俺はそれが並みより少し多いだけなので、そっち側へ行く気はなかった。


魔導士になるような人は、大体の場合突出して魔力量が多いから、俺には向いてない。


それにしても、こういう話をしていると、やはり将来のことについて考えてしまう。


魔王になるにしろならないにしろ、そろそろ進路は決めなければいけない頃だ。


中等学校を卒業したらどうしようかな。














次の日。


中等学校の、放課後。


個人面談。


俺は先生と一対一で話していた。


「君は成績も優秀だし、何でも器用にこなす事が出来る。高等学校に行くのも手の一つだよ。」


主に進路の話だ。


この時期になると、進学するか、就職するか、大体の人は決まってきて、どこの高等学校へ行くのか、どこに就職するのかなど、詳しく詰めていく。


だが俺に関してはまず進学するのかどうかすら決めていない。


かなり周りから遅れているだろう。


「まだ、今は何とも。」


「エスタ君、そろそろ決めないとまずい頃だよ。進学するなら準備を始めないとだし、就職にしても、君なら問題ないとは思うが早い時期から動き出さないといけない。もう決断した方がいい。」


わかっている。


早く決断をしなければいけないのはよくわかっていた。


「あと1週間だけ。考えさせて下さい。」















夜、珍しく、夢を見た。


7年前の、レオンがまだ連れ去られる前の頃の夢。


俺達は祭りへ行っていた。


この国では毎年、夏は初代魔王の誕生を祝って魔王祭が開かれる。


それは王都だけでなく、辺境の小さな街でも開かれ、子供達はいつも祭りを楽しみにしていた。


夏になると、レオンが持ち前の金色の瞳を輝かせていたのは今もよく覚えている。


俺、レオン、アーシャの3人組で屋台を歩いていると、レオンがとある店を指差した。


何やら怪しい雰囲気をしていて、客も誰1人寄っていない。


俺とアーシャは、引くような目でレオンを見つめる


「あれ、かっこいい!」


指の先にあったのは、三つの腕輪だった。


赤、青、黄色とそれぞれ違う色をしており、どこか神々しさを感じられる。


甲の部分には左から狼、女性、蛇が描かれており、男子なら絶対に欲しがるだろう。


3人でじっと見ていると、年老いたおばさんが話しかけてきた。


「坊や、こいつが欲しいのかい?」


「うん、何エルなの?」


「タダでやるよ。あたしは不思議な魔道具を集めるのが趣味なんだがね、収納が限界なもんで、使えないもんは配るなり売るなりしてるんだ。その腕輪も、昔どっかで拾った物なんだろうけど、どう頑張っても腕に嵌められない。」


魔道具というのは、魔力が関係した道具だ。


魔力を込めて使う物と、魔力が元々こもっている物と、二種類ある。


使い方は千差万別で、戦闘用から日用品まで、さまざまだ。


中には、はるか昔に作られ、現在の技術では再現できない物もある。


「嵌められない?」


「誰も身につけられないのさ、何かの魔術がかかっていてな。色々試してみたが、解除する事はできず、結果使い所のないガラクタになっちまった。あたしとしてはさっさと処分したいもんだ。」


へえ、とレオンは興味津々に言う。


「おばさん、俺、つけてみていい?」


「いいよ、試してみな。」


黄色の腕輪を受け取った彼は、好奇心を隠せずにすぐ腕に嵌める。


すると、普通に入った。


「あれ?」


「うそ? 嵌められただと‼︎ 今まで一度だって無理だったのに!」


おばあさんは、屋台から身を乗り出すようにしてレオンを観察する。


その後、他の色の腕輪を自身に嵌めようとするが、何か透明な壁のような物が邪魔して失敗した。


「どうやらやっぱりあたしには無理みたいだね。不思議なもんだ。」


「これ、本当にもらっていいの?」


「いいよ、持って行きな。後ろの2人も。嵌められないと思うけど、記念に持ってくかい?」


問いかけられた俺とアーシャは少し迷ったが、レオンが、いいじゃん3人で揃えて持とうよ〜、と言うと、仕方なく残り二つの腕輪を持って行く。


好奇心で、腕に入れると、普通に嵌った。


入らない物じゃないの? と思ってアーシャはの方を見ると、こっちもしっかり嵌っている。


おばさんは口を開けっぱにしてセリフをこぼす。


「あんたら何なんだい… 色んな人に試して、誰もつけられなかったと言うのに…。」


レオンは俺たちの方を見て言った。


「凄いね。これって運命だよ!」








と、そこで目が覚める。


懐かしい夢。


3人で過ごした時の思い出。


自分の上にかかっている掛布団を見て、俺は現実に引き戻された。


「久しぶりだな。レオンの事をこんなに思い出すなんて。」


髪をかきあげながら呟く。


乗り切ったと思っていた過去は今もまだ引きずっていた。


もう7年だ。


そんな昔の記憶など、殆どが残っていない。


だが、レオンの笑い顔だけは、鮮明によく覚えている。


レオンと行った遊園地も、レオンとしたゲームも。


不思議なことだが、彼と一緒にいた日々は、俺の中で薄れることはなく、時間がたつほど大きいものになってゆく。


一度心に空いた穴は塞がることなく、まるで初等学校の頃に名札の針で作った机の穴のようにますます広がっていった。


ふと、部屋の中にある、目の前の机の引き出しを開けた。


中には捨てたくても捨てられない、幼いころの思い出の数々が収納されてある。


そんな中、青色の腕輪を取り出し、腕にはめる。


「やっぱダサいよな。」


俺は一人で苦笑した。


腕輪の甲には、一人の女性が描かれており、周りに配下が膝をついて敬礼している。


まるで、女神のようにも見えた。


天井付近の時計を見上げる。


時間は深夜だろうか。


俺は自分の部屋を出た。


親は寝ているようだ。


「少し、散歩でもしようかな。」


そう言って玄関へと向かい、靴を履く。そして家を出た。


少し歩いて、毎年祭りが行われる通りに行く。


街はおろどくほど静かだ。


まあこんな夜中じゃあ、誰も外には出歩かないよな。


明かりは殆ど無いが、今日は月の光がいつもより濃いので周囲はよく見渡せる。


大体の家は消灯して、既に活動を停止していた。


まだ中等部の子供がこんな夜中に出歩くなんてどうかしてると言われれば、何も反論はできない。


国の中でも安全な街と知られる場所だが、危険が無では無い。そんな中、もうすぐ就職する年齢だとしても外へ出るのは常識外れだ。


現にレオンは昼間だというのに連れ去られた。


ぼーっとしながら周囲を見渡す。


あの家に住んでいるおばさん、昔はよくしてもらったなぁ。


あ、あの店、かなりの頻度でレオンと文房具買いに行ってた。


レオンがいなくなってからは、ろくに遊びに行かなくなったから、まだ若いのにこの辺の風景が懐かしく感じる。


家から近い場所なのに、通るのはレオンがいなくなって以来だ。


この先にはレオンの家がある。


だからか、俺は何処かこの場所を避けていたのだ。


アーシャに呆れられるのも無理ないな。


俺が昔を懐かしみながら道を歩いていると、1人の黒服を着た男がゆっくりと接近してくる。


酒に酔っているのか、ふらふらとおぼつかない足取りで歩いている。


やっぱり、夜になるとこういう人も出てくるよな。


そろそろ帰ろうかなと思い、男の横を通り過ぎようとしたその時、俺の手はとっさに彼の腕を掴んでいた。


「お前ッ!」


俺自身も驚いた。


だが、動かざるおえなかった。


男の首には、一つのネックレスがぶら下がっていた。


太陽と一つの羽が重なるような紋章。間違いない、レオンをさらったやつらがつけていたものと同じものだ。


顔も見覚えがある。


7年前、俺を押さえつけた男。


心拍数が上がるのを実感した。


そして、唐突に怒りが込み上げてくる。


こいつは。


こいつらがいなければ、レオンは今も…


「んだガキ。」


男に睨まれる。


そこで、頭にのぼりかけていた血が降りた。


「い…いや、何でもないです。」


今、手元に武器は持っていない。


剣術が使えたら戦えるが、素手の武術は辛っきしだ。


今ここで喧嘩を売るのは愚策だ。


相手はガタイもいい。


俺が戦えば絶対に勝てない。


「すみません。知っている人に似ていたので。」


「よほど憎いやつがいるみてぇだな。」


手を離すと、男は颯爽と離れて行く。


彼の背中を見た俺は、再び怒りが込み上げてきた。


憎いやつ? ああ、いるさ。目の前にな。


少し距離が離れると、俺はやつを尾行する事にした。


いつも何処にいるのか。


何をしているやつなのか。


気になってついて行く。


5分くらい歩くと、男は何処にでもあるような小さな一軒家らしき建物に入っていった。


俺の家から対して距離は無い。


あの時の奴らがこんなに近くにいたなんて。


そっと窓の横へ移動する。


そして、内側の会話を聞こうと努力してみる。


「遅かったな、ガール。」


「うへぇ、わりゅうございますん。」


「テメェ、酒飲んで来やがったな。まぁいい、言われてた女は手に入れたぞ。あとは王都に運ぶだけだ。」


「俺ちゃんの仕事ですね〜。いいっすよ〜、やりますよ〜。」


窓の内側を見ると、1人の少女が部屋の端に倒れ込んでいる。


年齢は俺と同じくらいか。


髪は茶色だが、目は珍しく金色をしていて、まるでレオンのようだ。


手足は縄で縛られ、口にはテープが貼られている。


体を震わせながら恐怖している様は猛獣に怯える子猫のようだった。


あいつら、なんて事を。







「いいか、ガール。『神眼』を持ったやつなんてそうそういねぇ。今回はたまたま見つけられただけだ。しっかり持って帰れよ。」


「わかってますよ〜。そうだ、ボスが欲しいのは眼だけなんすよね〜。別にそれ以外の場所は俺ちゃんの好きにしても…。」


「殺すのはダメだ。ここには保存用の容器がねぇから眼が使いもんにならなくなる。それ以外はいいんじゃねぇか?」








言っている内容はよくわからなかった。


神眼って何だ? と疑問に思うが、答えは出るはずがない。


だが、奴らが下劣な会話を繰り広げているのは理解できた。






「よっしゃ〜。じゃあさっそく♪」




ガールとやらがそう言って女の子の方に近づくと、もう1人の男は、


「全く、付き合ってられないな。」


と言って部屋から出て行く。


ガールが女の子のところへ着くと、一番初めにした事は、彼女の服を破る事だった。


女の子はテープで塞がれた口から悲鳴をあげる。


「ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛!」


同時に体を激しく動かして抵抗するが、ガールの力は強い。一瞬のうちに押さえ込まれ、左頬を叩かれる。


「うるせぇ女。つぎ喚いたら舌を引きちぎるぞ。」





その様子を伺ってた俺は、立ち上がって歩き出した。


早く、誰か呼んでこないと。


見回りをしてる騎士でも何でもいい。


大人を連れてこないと。


そこまで考えて俺は立ち止まった。


それで間に合うのか?


今は深夜だ。


大人を連れてこようにも、彼女を助けるまでには少なくとも1時間はかかるだろう。


そんなんで、彼女を守れるのだろうか?


いや、でもさっきあいつは殺すなって言ってた。


彼女が死ぬ事はないだろう。


それならば、1時間は彼女に耐えてもらい、救出すれば…


仕方ない。


一番最短の救出方法は俺が突撃する事だが、絶対に無理だ。


剣もない俺では、あの男には勝てないだろう。


だから今の俺にできる事は、なるべく早く大人を連れてくる事なんだ。


走りだす前に窓から女の子の方を見ると、不意にこっちに気がついたのか、










目があった。










涙を流しながら助けを求めるような目で、恐怖や希望、様々な感情の混ざった眼差しだった。


彼女の口はテープで塞がれている。


だが、俺には彼女の幻聴が聞こえた。


助けてと。


俺の思考は完全にショートした。


「ああそうだ、俺は嫌いだったんだ。この理不尽が…」


ボソッと口から出た言葉には俺の過去の思いが含まれていた。


7年前、レオンがいなくなってから、俺はひたすらに納得できずにいた。


何も悪い事などしておらず、必死に夢に向かって頑張っていたレオンが、なぜこんな目に遭わなければならなかったのか。


なぜ俺たちの幸せは壊されなければいけなかったのか。


『俺、魔王になる。レオンみたく、必死に頑張って、そして魔王になる。』


レオンがいなくなって、初めて魔王を決意して出た言葉。


何で、今まで忘れてたんだろうな、この気持ちを。


7年前の俺には、思いがあったんだ。


レオンみたいな、悲惨な目に遭う人達をなるべく減らしたい。


この世界から理不尽を減らしたい。


だから魔王になりたい。


世界の頂点から、さらに平和な世界を作りたいという思いが。


夢物語だ。


辛い過去を持った俺だから余計にわかる。限りなく実現不可能な夢だ。


しかも、別に魔王になる必要などない。


だが、そこにレオンが抱いていた夢が重なり、俺の新たな目標になったんだ。


『ならお前自身の心に聞いてみろ。その居なくなった親友のことを抜きにして、お前は魔王になりたいのか?』


ああ、なりたいさ。


なりたいんだ、魔王に!


考えるよりも先に、体が動いた。


「火の精霊よ、我が身を持って紅蓮の力で焼き尽くしたまえ。」


魔法の詠唱を唱えながら、窓を突き破って部屋に入る。


バリンと、ガラスの砕けた音に気づいたのか、男はこちらを振り向いた。


そして驚いた表情を見せる。


「ナッ、テメェは」


「ファイアーブレイク‼︎」


手の先から、今使えるありったけの炎魔法をぶちかます。


物凄い勢いで噴射される炎の塊に対して、ガールとやらはとっさに腕でガードする。


しかし、威力を抑えられず、壁を突き破って隣の部屋に吹っ飛んでいった。


火花があちこちに飛び移り、家具が燃え始める。


俺は即座に女の子の所へ行って、口のテープを剥がし、手足を縛っているロープを解いた。


逃げろ、と言おうとした時、壊れた壁奥から話し声が聞こえた。


「おいガール、何事だ!」


奥には数人の賊のような人が酒を飲んでおり、俺が吹っ飛ばした男を攻めている。


ガールは起き上がり、頭に血管を浮かべながら言った。


「ガキが魔法をぶっ放しやがった。痛ぇな、皮膚の表面が黒焦げだぜ。」


彼の腕を見ると、俺の攻撃を防いだ所が焼けていた。


かなり重傷だろう。


「ガキ? チッ、おいテメェら、とっとと殺せ。」


ガールの横にいた男、恐らくこの場で一番立場が高い人が、その場にいる他の賊達に命令する。


だがガールがそれを止めた。


「テメェらは引っ込んでろ。あれは俺の獲物だ。」


「テメェら? 何だその口の聞き方は。俺の部下の分際で…」


男がガールに説教を始めると、次の瞬間ガールは男の頭を吹き飛ばした。


まるで破裂したかのように血が飛び散り、部屋全体が真っ赤に染められる。


「俺より弱え癖に上司だと? 笑わせんな。」


物凄い威圧。


速すぎて、何をしたのかしっかり見れなかった。


だが、唯一わかったのはごく僅かにガールの手が動いた事。


奴が攻撃したんだ。


ガールが男の頭を素手で吹き飛ばした。


化け物だ…


俺は悟った。


「年齢の割にはいい魔法だが、大人の世界では下の下。かかってこいよ糞ガキ、相手してやる。」


男はゆっくりと俺に向かって歩み寄る。


ニヤッと口角を上げ、まるで遊び道具を見つけた子供のような表情だった。


頬を冷や汗がつたるのがわかる。


俺は後ろにいる女の子に小さい声で喋った。


「俺があいつに攻撃するから、その間にお前は窓から逃げろ。」


彼女は、恐怖で声が出なかったのか、小さく頷いた。


俺は立ち上がって、ガールの前へと歩き出す。


この状況で魔法の詠唱は意味が無いだろう。


呪文を唱えている間にやられて終わりだ。


ならば、得策は詠唱をせずに魔法を放つ事。


若干威力は下がるが、有効な手だ。


俺は無詠唱で、右手に火の玉を作り出して、奴に投げつける。


魔法で作ったとはいえ、普通に火なので触ればやけどする。


大きな攻撃は与えられずとも厄介なはずだ。


だが、ガールはそれを素手で薙ぎ払った。


正確には高速で手を振って生まれた風圧で俺の火をかき消した。


「若ぇ癖に無詠唱魔法を使えるのか。優秀だな、殺すのが惜しい才能だ。」


「うるさい…」


次に試したのは、複数の魔法の同時発動だ。


火の魔法の外側のふちを風魔法で多い、玉を作る。それを再び投げると同時に走り出す。


「同じ手を二度繰り返すのは愚策だぜ。糞ガキ!」


ガールが先程と同様に素手で薙ぎ払おうとすると、小さいながらも爆発が起こる。


「なッ!」


「よしッ!」


少し感嘆の声が漏れる。


これで奴の視界が遮られた。


女の子は俺が指示した通りに窓から逃げ出している。


ガールは、俺が移動しているのも、女の子が脱出していることにも気付かないだろう。


「成程テメェ、火の回りを風で覆ったな。」


やつは俺の行ったことを一瞬で読み取った。


「火が密閉されたものに穴を開けるなりして空気を送り込むと、爆発に近い現象が起きる。そいつを魔法で再現しやがったな。」


当たりだった。


火を風魔法でつつみこむことによって密閉空間を作り、そこにガールが風圧をぶつけると、周囲を覆っていた風魔法が崩れ、大量の空気を取り込み爆発を起こす。


それが俺が即興でした魔法の内容だ。


だが、一回目で見破られた。


俺は目の前の男の力量に、計り知れない何かを感じ取った。


「あーあ、家がこんなに燃えちまったじゃねぇか。まっ、俺の家じゃねぇけど。」


そう言って、煙から出てきた男は無傷だった。


最初に魔法をぶつけた場所はただれていたけど、それ以外に外傷はなく、ガールは余裕満々な笑みを浮かべていた。


よく見れば、体の回りにオーラのようなものが浮かんでいる。


「魔力だ…」


俺は呟いた。


父がよく使っていた技だ。


魔力を体全体に覆って、火傷を防いだのだろう。


昔、父に教えてもらうようにお願いしたが、まだ早いと言われてしまったのを覚えている。


俺は、走りながら壊された壁の向こう側にある剣の置き場へ走る。


流石は裏社会の住人の住処だろう。


部屋の端に沢山の剣が立てかけてある。恐らく予備の物といったところだろう。


俺はそのうちの一つ掴み鞘から抜いた。


銀色の剣。


尖った剣先はまるで身を守ってくれるかのような安心感がある。


俺がガールに向けて剣を構えると、横にいたガールの仲間っぽい人たちが、会話を始めた。


「おい、女が逃げたぞ!」


「どうする? 追うか?」


「だが、頭領がやられちまったぞ。」


俺を攻撃することはないらしい。


どうやら頭をやられたことに動揺しているらしい。


俺はそんな彼らを無視して、ガールのことを真っすぐ見つめる。


男はけなすように笑った。


「テメェにその武器が使えるのか? 人を殺すために作られた武器をよ。」


多分、俺は相当まずいことをしているのだろうという自覚はある。しかしそれを考えるには、頭が冷静じゃなかった。


「ハアアアアア!」


剣を振りかざす、何年間も練習して身に着けた剣術。


才能こそ恵まれたわけではないが、長い時間を費やしてかなりものになっているはずだ。


ガールにだって十分通用するだろう。


だが、俺は手を抜いていた。


剣を振るうとき、本気で振れなかった。


同世代なら、他の者よりかなり秀でた剣筋は、思った通りを描かなかった。


なんで…


そう思ったのもつかの間、腹に激痛が走る。


「へッ、ガキが!」


俺は剣を落とし、後方に吹き飛ばされた。


酒の入った樽にぶつかりゴホッ、ゴホッと咳払いをすると、口の中から吐しゃ物の味がするのがわかった。


物凄い勢いだったため、木製の樽は壊れ、大量の酒を浴びることになった。


男は指をぽきぽきと鳴らしながら近づいてくる。


「そりゃ、こんな平和な町に住んでいるテメェみてぇなガキが、まともに剣なんか人に向けられるわけねぇよな。」


その言葉で理解した。


俺はためらったんだと。


全力で剣を振れば彼が死ぬかもしれないと、無意識のうちに力を抜いていたんだ。


自分の命がかかっているというのに。


何か言おうとするが、思考が回らない。


腹が酷く痛い。


深呼吸をし、普通にしているだけでも辛い。


次の瞬間、頭に衝撃が走った。


殴られたんだ。


遅れて痛みがやってくる。


頭が割れそうだ。


俺が横に倒れこむと、次は背中だった。


その次は足。


再び腹。


一撃一撃に力がこもっていて、全てが想像を絶する痛みだ。


男は、何度も俺を殴り続ける。


「ハハハ! 今まで小池の主として生きてきたんだろうなぁ! 才能に恵まれ、自身の力にあぐらをかいて、良い様じゃねぇか。」


ガールは、俺の髪の毛を引っ張って持ち上げると、地面に叩きつけた。


「まさか、テメェ如きが俺ちゃんに勝てると思ったのか? だからここにいるんだよなぁ? カッコつけて女の子を助けようとしたんだよなぁ? ボロボロで惨めだな!」


再び持ち上げると、再び地面に叩きつけられる。


「アッハッハ! 最高の表情ダァ! 自分が強ぇと思ってる奴ほど、見てて滑稽な物はねぇ!」


「自分が…強い…?」


頭から流れてくる血のせいで、左目の視界が見えなくなる。

こんなにボロボロになっても、痛みが麻痺することはなく、激痛のあまり意識が飛びそうだ。


「そうだろ? テメェは自分の事が強ぇと錯覚してやがる。テメェの中にあるのは莫大な自信。剣技、魔法、一通り他人より秀でいて自分が優秀な魔族だと錯覚してるんダ! とんだ勘違い野郎だな!」


彼の言葉に、不思議なくらい納得できてしまった。


そうかもしれない。


俺は胡坐をかいているのかもしれない。


勉強も、剣術も、魔法も、やめたくなるまで死ぬほど努力したことがあっただろうか?


もちろんかなり努力をしてきた自負はある。


しかし、何事もそこそこできてしまった俺は、努力も全てそこそこで済ませてしまっていた。


何か一つを極めるのではなく、すべてを中途半端に頑張って、中途半端に結果を出した。


その結果、置いて行かれた。


アーシャは凄かった。


俺以上に何でもできて、俺以上に頑張って、そしてこの国一番の教育機関であるオルエイ高等学校からスカウトまで来た。


一方で、俺はどうだろうか?


まだ進路は決まらず、一人立ち止まっている。


いつの間にか自分はアーシャのようにはなれないと線引きをし、前へ進むことをやめていた。


「お前の言う通りかもしれない。ガール…」


目の前の男に、俺はすべてを見透かされていた。


友でも無く、親でもなく、先生でもなく、レオンを攫ったただの悪党が、一番俺の心と現状を正確に捉えていた。


それが悔しくて、でも…


「だが、一つだけ違う。」


俺は男の目をまっすぐ見つめて言った。


「…なんだ、思ってたよりメンタル強ぇな。」


痛みに耐え、飛びそうな意識を必死にこらえて立ち上がる。


「俺は弱い!」


その一言を言った瞬間、音が消えるような錯覚に陥った。


ガールはまるで頭にはてなマークを浮かべるかのように不思議そうな顔をしていた。


周囲に燃え盛る炎も、今は静止しているように感じる。


俺は続けた。


「弱いからここにいる。弱いから先へ進めない。弱いからお前に手も足も出ない。弱いから、何も出来ない。弱いんだ。俺は誰よりも弱いんだ。」


ガールは無言で聞いていた。


まるで興味などかけらもなく、しかし攻撃する事も無くただ無言で耳を傾けていた。


「なら何故俺ちゃんの前に現れやがった。」


「わかんねぇよ。俺が一番知りてぇよ。でも、重なっちまったんだ。あの女の子と、レオンがッ‼︎ 助けなきゃって、思っちまったんだ!」


地面に落ちている剣を拾い、もう一度ガールに向ける。


今度はしっかり、深く踏み込む。


そして、躊躇う事なく、勢いよく剣を振るった。


「ここで何もしなきゃ、あの時のままだって。俺は、前に踏み出さなきゃって!」


渾身の一撃を俺は加えた。


レオンがいなくなって7年間、鍛え続けた剣だ。


迷い、立ち止まり、それでも俺の思いがこもった一撃だ。


しかし、剣は届かなかった。


男はあっさりと剣筋を見切り、避けられた。


足りなかった。


俺にはまだ、何もかも足りなかった。


「そうかよ、ならテメェは前には踏み出せねぇなぁ。」


次の瞬間、頭に強い衝撃が走る。


反撃を貰ったのだ。


同時に頭が真っ白になった。


何も考えられなくなり、何も見えなくなり、そして気を失った。











「あれ、気絶しちまったか? もうちと楽しみたかったのになぁ。」


ガールは、エスタを殴った後小さく呟いた。


燃え盛る家の中で、1人つまらなさそうに立ち尽くす。


頭を失った他の連中をぎッと睨むと、彼らは急いで部屋を出ていった。


「腰抜けどもが…」


そう呟いて、手に火の玉を魔法で作り出す。


エスタの作ったものよりも数倍大きく、ガールはエスタを燃やそうとする。


「まっ、ガキにしては良い根性だったな。真っ直ぐすぎてつまんねぇけど。」


彼は火の玉をエスタの元へと近づけた。


ドキッ


その瞬間、ガールの中に、心臓が止まるかのような緊迫感が生まれた。


さっきまでなかった威圧感が突如生まれ、ガールの額からは冷や汗が溢れ出てくる。


ドクッドクッ、と心拍音が大きくなってゆく。


「何だ? この緊張感…」


見ると、エスタのつけていた腕輪が青く光り輝いていた。


幻想的な輝きだったが、それがかえって不気味だった。


ガールは何も考えず、その腕輪に手を近づける。


すると、突如吹き飛ばされた。


外壁を突き破り、道中へと追い出される。


咄嗟に受け身を取った為無傷だったが、彼は驚きの表情を見せた。


「なんだ、こいつぁ」


エスタはゆっくりと立ち上がった。


「前へ、進むんだ、魔王に、なるんだ…」


彼の意識は途絶えていた。


今立っているのは、気絶する前の意志の残りカスだ。


彼の周りは青い炎のようなものに包まれており、その後ろには、椅子に座る女性が薄く幻想のように見える。


まるで洗脳でもされているかのようにエスタは何かを呟き続ける。


不気味だった。


「ガキがッ!」


男は全身を高密度の魔力で覆い、物凄い一撃を放つ。


蹴りの一撃。


しかし、跳ね返されるどころか、彼は全身に衝撃を受けた。


エスタは触れてなどいない。


正確には反撃しようとしたが、当たる前にガールが吹き飛んでったのだ。


エスタが歩き出すと、地面にヒビが入り、家の柱が壊れて崩れ出した。


彼の周辺の魔力密度は常人では想像もできない。


歩くたびに物を破壊し、粉砕する。


暴走していた。


腕輪はただの小物では無く、災いだった。


一般人では彼を止められない。


このまま暴走を続ければ、街は莫大な被害を受けるだろう。


トンッ、と。


タイミング良く1人の女性が屋根の上から飛び降りてきた。


銀髪銀目。


星の煌めく幻想的な空とマッチして、ひたすらに美しかった。


先日エスタと手合わせをした女性だった。


彼女は、エスタの後ろに回り込むと、首裏をコンッと殴り、次こそ完全に気絶させた。


エスタは足元から崩れ、地面に倒れ込んだ。


「何だ? この禍々しい魔力は…」


彼女は一言呟く。


そして、燃え盛り、崩れ落ちた建物をじっと観察していた。


「まさか、エスタ…。君は一体何者なんだ?」












目を覚ますと、近所の病院のベッドの上にいた。


窓からは日光が差し込んでいる。


隣には母さんが座っていて、俺が目を覚ましたのに気づくと嬉しそうに笑った。


「良かった、目を覚ましたのね。」


「う…うん…」


俺はゆっくり頷いた。


「とりあえず、先生を呼んでくるから安静にしてて。」


そう言って、母は病室から出て行った。


その後、医者に大きな怪我はないことを伝えられ、即退院になった。


あれだけこてんぱんに殴られたのに、あざ一つも出来ていなかったらしい。


正直意外だった。


あの男が、手を抜いていたのだろうか?


命がけの戦いをした後なので疲労感はあったものの、何事もなく家に帰ってこれた。


ちなみに、その後、母にはほっぺを叩かれた。


母さんは怒りながらも泣いていた。


深夜、不用意に外に出歩いたこと。


助けるためとは言え、裏世界に住む人たちの前へ突っ込んでいったこと。


その涙は、自分を思ってのものだったので、俺はいたたまれない気持ちになった。


最終的には、俺が誤って、もう危険に足を突っ込まないと約束して終わった。


俺をタコ殴りにした男は、事が終えた後失踪したらしい。


今も行方を追っている最中だが、捜索に出た騎士が二人行方不明になった事で、困難を極めているようだ。


捜査の為、俺も何回か質疑応答を受けた。


後から聞いた話だが、ガールは昔騎士団に所属していたらしく、実力派として一部では名の通った騎士だったらしい。


俺が一対一で戦ったと言ったら、凄いなと褒められた。ついでに軽率な行動に対して怒られもしたけど。


囚われていた女の子は、無事親の元へと帰れたようだった。


実はレオンの従兄弟だったと聞いて、かなり驚いた。


まぁ、かなり似ていると思っていたのですぐに納得はできたが。


彼女の両親と、レオンの母親に泣きながら感謝され、なんとも言えない気持ちになった。


でも、決して悪い気持じゃない。


自分の手で誰かを救えたと思うと、俺の心は何だか温かくなった。












夜、俺は剣を持って近くの公園へと来ていた。


鞘から抜いて、父に教わった基礎を磨く。


剣を振るって、振るって、奮う。


より速く、より正確に。


そうしていると、時間がすぐに経っていくのがわかった。


ただ素振りをするだけに、ここまで集中したのはいつぶりだろうか。


服で汗を拭いながら周囲を見渡すと、一人の女性がこっちを見ているのに気付いた。


銀髪銀目で美人というのに相応しい顔立ち。


剣をしまって、俺はじっとこっちを見つめていた彼女に呼び掛けた。


「巣立ちをしない雛に時間を割けるほど暇人ではないんじゃなかったんですか?」


彼女は僅かに口角を上げて返事をする。


「ああ、そうだな。だから最後に一目だけ、お前を見るだけのつもりだった。」


女性は俺の目を真っ直ぐ見つめる。


「何か、自分の殻を破ったな。」


「わかるんですか?」


「わかるさ、目を見ていればな。だから、ずっとここで見ているんだ。」


彼女は俺がいつも休んでいたベンチに座って足を組んだ。


「そういえば昨日はお世話になりました。あなたが俺を助けて、病院まで運んでくれたと。」


「気にするな。私の仕事の一環だ。それより怪我は大丈夫なのか?」


「はい、全く外傷はなかったみたいです。」


「そうか、それなら何よりだ。」


俺はずっと素朴に抱いていた疑問を問いかけた。


「今更なんですけど、結局あなたは誰なんですか?」


「ん? そういえば、まだ名乗ってなかったな。いや、まぁ名乗るくらいなら問題はないが、そうだな。お前に一つ聞いておきたいことがある。」


「…なんですか?」


「今は中三だろう? 進路は決まっているのか?」


俺は、潔く首を振った。


そして笑顔で答える。


「いや、まだ決まっていません。でもあなたに言われていろいろ考えて、答えが出ました。俺はやっぱり魔王になりたいです。だから、そのゴールに向かってまずは高等学校に進学したいと思います。」


「オルエイに行くのか?」


「いや、俺は多分力不足で入学できません。自分の行けるギリギリの所へ行って、そしてそこでもっともっと強くなる。オルエイへ行く生徒達を圧倒できるくらいに。」


「ほぼ実現不可能な夢だな。」


「そうですね。でも、この国を作った初代魔王は奴隷で落ちこぼれだったといいます。それに比べればなんて事ないですよ。」


そう言うと、彼女はどこか悲しげな表情を見せた。


まるで昔を懐かしんでいるかなように。


その真意はわからないが、直後俺のことを指差した。


そして、強い眼光で言い放った。


「ならうちに来い。そんな生温い場所にいても、魔王にはなれないぞ。」


「うち?」


「察しが悪いな。オルエイ高等学校を受けろと言っているのだ。私の名はエイリア、オルエイ高等学校建設者の1人にして、一番の権力者。そして初代魔王に仕えた初代四天王が1人、エイリア・リフォルボーンである。」


その時、何かの歯車が頭の中でハマった。


だからあれ程の実力を持っていたのか。


じゃあ、アーシャと知り合いだったのも、推薦の話をしていた為…


それにしても初代四天王ってどう言う事だ?


初代魔王など、もう二百年前の人物だし…。


色々と聞きたい事があったが、しかし、真っ先に浮かんだのは一言だけだった。


「俺が、オルエイに…?」


「そうだ。いずれかは追い抜くべき相手共がゴロゴロいるこの国最高の教育機関であるオルエイ高等学園、そこへ君を推薦したい。来るか? 魔王になりたいのだろう?」


自分の夢がわからなくなってから六年近く。


迷い、葛藤し続けた日々。




ずっと無理だと自分に言い聞かせて生きてきた。




亡き共の思いを背負い、しかしその重圧に押しつぶされそうになって。




無理だと、届かない無謀な夢だと信じようとし続けてきた。




でも、もしも手が届くなら。




もしも、もう一度、その夢に手を伸ばせるのなら。




俺は縋りたい。




本当に細くて、今すぐにでもちぎれそうな糸でも、そこに糸がある限り、しがみついて登りたい。




だから…


「何当たり前な事を。


 行きます! 俺は、オルエイに入学して、そして誰よりも強くなって、立派な魔王になります!」


目の前の女性は、エイリア先生?は少し口角を上げて笑った。


俺がこの時の気持ちを忘れる事はないだろう。


この決意を忘れる事は決してないだろう。




これは俺の物語。




大きな才能もなく、普通より少しだけ優れただけの、オルエイの中では劣等生である俺が、最強の魔王になるまでの成長譚である。

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