第21話 変えてくれませんか?

 それからしばらく、ユキはその部屋で何日か過ごした。


 部屋から自由に出ることはできなかったが、従者のローラが寝るとき以外はずっと傍についていたので、ユキは存外退屈せずに済んだ。


 ローラはどうやら何人かいるサリアの従者のなかでも問題児らしく、思ったことは全て口に出すし、したいと思ったことはすぐに行動に移した。


 とはいえ、ユキにも悪意がないことは伝わって来たので、すぐに打ち解けて友達のように仲良くなっていた。ローラの奔放な性格のおかげで、ユキは敵の城の中で人質になっているという事実を、忘れることが出来ていた。


「ユキ様~。今日はこのあとサリア様が庭園に来いって言ってたっす。遠いんで行くの、だるいっすね~」


「ローラも大変だねえ。私の世話もサリアの世話もしなくてはいけないんだ?」


「何言ってるっすか。呼ばれてたのはユキ様っすよ。そろそろ準備してくださいよ~?」


「はぁ⁉ 初耳なんだけど!」


「初めて言ったっすからね。じゃ、支度できたら声かけてくださいっす。私はしばしお昼寝しまーっす」


 ローラはそう言うと、迷わずユキのベッドに飛び込んで、数秒経たぬうちに寝息を立て始めた。


「アイツ……」


 さすがのユキもそう悪態をつくと、鏡の前に進んで、身支度を始めた。サリアと話をするのは、王城に来てこの部屋に初めて案内されたとき以来だった。


 支度を終えると、ユキはベッドに寝ているローラのお腹に自分のお腹を重ねるように飛び込んだ。


「ぐふぅ⁉ ナニゴトっすか⁉」


大事おおごとよ、ローラ。従者が仕事をほっぽり出して寝ているわ」


「うう、そんなのは大したことじゃないっす。どいてくださいよっ!」


 ユキはそうしてローラを叩き起こすと、案内されるままに庭園に向かった。


 庭園と聞いていたので一番下まで降りるのかと思ってたが、ユキが案内されたのは、城の中腹あたりにある、バルコニーのようになった場所に草木が植えられた空中庭園だった。


「すっごいね。お城の中に庭園があるなんて……」


「すごいでしょ? さすが私っすね~」


「ローラは何もしていないでしょ」


 相変わらず適当なローラについていくと、屋根の付いた休憩スペースの中に、机が置いてある場所に着いた。サリアがそこで席について、紅茶を飲んでいた。


「サリア様~。連れて来たっすよ」


「お連れしました、ですわ。ローラ」


「お連れしましたっす~」


「あーっ、もういいわ。下がりなさい……」


 サリアはローラに呆れてそう言うと、ユキを迎えるために立ち上がった。


「お待ちしていましたわ、ユキ。少し、歩きましょうか。ずっとお部屋で窮屈でしたよね」


 ユキは誘われるまま、サリアの後に続いた。


 庭園の中には、よく見る草木に加えて南国のものらしき、珍しい花や植物が植えられていた。蝶々や蜂が飛び、城の中に見事に生態系が形作られていた。


「綺麗ですね。こんなの、物語の中でしか見たことがありません」


「そう? 別に普通ですわ、こんなの」


 サリアはつまらなそうにそう言った。サリアは世間知らずのようで、城の中でこんな各種の草花が見られることは珍しくもなんとも思っていないようだった。


「私が見せたいのはね、ユキ。こちらですわ」


 サリアはそう言うと、庭園の端まで歩いていき、その塀の向こうにある、城下の街をユキに見せた。


 城の一階までもかなりの高さがあり、そこから階段状に広がって行くように、視界を埋め尽くすほどの民家や色々な建物が建っていた。遠くの家は米粒のように見え、城下町の外側を囲うように城壁が建てられている。


 ユキはこの中に一体どれくらいの人々が暮らしているのかと思い、その壮大な光景に息をのんだ。この城だけが唯一、この時代でこの街の人々を高くから見下ろせる場所に違いない。ビスタリアの光景も不思議で美しかったが、シルヴァリア城からの光景もその国力を端的に指し示す、圧倒的なものだった。


「すごい……」


「圧倒されますでしょう? これが私達が守るべき民の、そのたった一部なんですのよ」


「これで、一部ですか」


 ここはあくまで首都にすぎず、そこからさらに広範に広がる領地の中の民が全て、シルヴァリア王家の支配下にあるのだった。


「ええ。もっとたくさんの民を、守らなければなりません。それが私達王族の務めですわ」


 しかし、ユキの頭には一つ疑問が浮かんだ。


「その民というのは、人間のことでしょうか」


 すると、はっとしたようにサリアはすぐに訂正した。


「違うわ。決して人間だけのことではないわ。亜人の皆様も含めて、私は庇護ひごすべき民と、そう考えていますわ。今日はその話を、したかったんですの」


「そう、ですか」


「あの時、浅き森の中で、マヨイと会って、亜人の扱いを初めて聞きました。そして実際にユキを見て、その傷だらけの姿が、人間の愚かな罪によってつけられたものだと、私は知りました。恥ずかしいことに、それほどに私は世間知らずだったのですわ」


 その場面は、ユキも立ち会ったのでよく知っている。サリアは確かにその時初めて、亜人の置かれる現状を知ったようだった。


「それから、私は情報を収集し、実際にいろいろなところを理由をつけて見て回っては、亜人の人々が虐げられる様を見てきました。シルヴァリア王国の中では悲しいことに、亜人のほとんどは奴隷です。そしてそれを解放しようとするビスタリア王国と戦争を続けています」


 寂しそうに遠くを見つめるサリアの長い髪を、高い所にある空中庭園を吹き抜ける風が揺らした。


「戦争は悲しいことです。亜人が虐げられるのも、あってはならないこと。でもこの城でそんなことを考えているのは、私だけですわ」


「サリア様だけ……?」


「信じられないでしょうが、ここの人々は戦争に勝つまでやるべきだと考えていますし、亜人が虐げられることを当然と思っているのです。私は大っぴらに、自分の気持ちを言葉にすることすらできませんの」


「そんなのって、ひどいですね……」


 ユキは奴隷がどんな扱いを受けているか知っている。戦いで傷ついて戻ってくる兵士たちの痛々しい様子も見て来た。決してそのままであっていいことなど、一つもなかったはずだった。


「そんな、敵だらけの中で、私の力はあまりに無力です……だから、だから私は、仲間が欲しい。せめて同じ希望を抱いていくれる、友達が欲しいんです」


 サリアはそう言って、じっとユキの目を見た。


「お願いです、ユキ。私と一緒に、この国を、世界を、変えてくれませんか?」


 そう言ったサリアを見た時、一際強い風が吹いて、サリアの美しい金髪と、白いドレスの裾をたなびかせた。


 ユキはそれを見て、何て美しいのだろうと思った。

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