第13話 再び現場へ/菜月①

 黒斗が黙ってしまったことで、することがなくなってしまった菜月は、仕方なくヒマラヤンの猫又をモフっていたのだが、それも本人――もとい本猫に止められてしまう。


「気安く触るにゃ、小娘。うっかりかじり付きそうににゃる」

「また私を食べるって話してる。何なの? いくらネコが肉食でも限度があるでしょ」

「お前は特別にゃ。普通の人間なら食ったりしにゃい」


 一体自分の何が特別なのか。誰も教えてくれそうにないので、この際だからこのヒマラヤンに聞いてみるのも一興かも知れない。


「ねえ、ネコさん。私ってどの辺が特別なの?」

にゃんだ。そこの小僧から聞いてにゃいのか?」

「皐月原君は口下手って言うか……。肝心なことほど喋ってくれないからな~」


 聞けば答えてくれることもあるものの、核心を突くようなことは話してくれないと言うのが現状。せっかく協力関係になったのだから、もう少し情報を共有してくれてもいいのにと思う。


 ふと、考え事をしている黒斗の方に目を向けると、そこには驚くほど思考ポーズが似合うイケメンの姿。大きなヘッドホンがいささか邪魔だが、それでも思わずスマホで撮影したくなるような、いわゆる映える顔立ちだ。


「いるところにはいるんだよね~、イケメンって」

「つがい探しの話しかにゃ?」

「そういうのじゃないけどさ。イケメンって見てるだけで目の保養になるから」

わしには人間の顔の造りなんぞ見分けがつかんがにゃ。小娘のくせにそんなこと言ってると、行き遅れるにゃよ?」


 猫又の発言に、「はて?」と菜月は首をかしげる。


「どこに行き遅れるの?」

「……最近の若者は言葉を知らんのにゃ。あとでググるといいにゃよ」


 せっかくなので今検索してしまおうとスマホを取り出したが、「パン!」と小気味いい音が響いたことで、思考が音のした方に引っ張られた。どうやら、黒斗が両頬を自身の手の平ではたいたらしい。


「よし、やることは決まった。行くぞ藍川」

「え、ちょ!? 行くってどこに!?」


 さっさと店から出て行ってしまった黒斗を追うため、菜月は彼の祖母に一礼してから、慌ててその場を後にした。


 Z保町の駅で次の電車を待つ彼にようやく追いつき、呼吸を整えながら行き先を尋ねる。すると、その答えは意外なものだった。


「東アイ袋中央公園?」

「そうだ。現場百遍げんばひゃっぺんって訳じゃないけど、そもそも原因が公園に巣食う怨霊なんだから、直接探ればよかったんだよ」

「でも、さっき行った時は、怨霊の正体が誰かわからなかったんだよね?」

「ああ。候補が多かったからな」


 と言うことは、先程までの流れの中に、何か候補を絞れるような情報があったのか。それが何か、菜月にはわからないものの、正体がわかれば対処のしようがあるのだと、少し安心する。


「やっぱり「悪霊退散!」とかやるの?」


 イメージとしては、やはり陰陽師などが近い。黒斗には何か不思議な力があるようだし、きっとそういった術か何かがあるのだと、菜月は勝手に考える。


「はぁ? 何言ってんだ、お前?」

「……え? 違うの?」

「そんな便利な術。俺が使える訳ないだろ。陰陽師じゃあるまいし」


 今まさにそのイメージでいたことを、明かすべきだろうか。いいや。黒斗のことだ。どうせこちらの心中などお見通しだろう。菜月はそう考えて、あえて言葉を返さずに、先を待った。


「俺がやるのは交渉だよ」

「……交渉? 話し合いで解決するの?」

「怪異にだっていろいろいる。話し合いで済むならそれでよし。交渉が決裂するか、話そのものが通じない場合は、奥の手を使う」

「奥の手って?」

「そこまで説明してやる義理はない」


 結局肝心なところは、はぐらかされたまま。電車を乗り継いで、再びやって来た東アイ袋中央公園。夕方は当に過ぎた時間。周囲は闇夜に沈み、生命の原初的な暗がりへの恐怖を浮き彫りにさせる。あれだけあった人影も、すっかりなりを潜め、異様なほどの静けさが、辺りを支配していた。

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