第8話 明かしたくないこと/黒斗②

 とするなら、あまり下手に今回の件から遠ざけようとするのは、返って自身の首を絞めるかも知れない。黒斗はそう考え、いっそ目の届く範囲において好きに動かせるかと、方針を転換する。


「皐月原君って、時々人の核心突いて来るよね? もしかしてエスパー?」

「んな訳ないだろ。他人ひとよりもちょっと注意深いだけだ」


 「お前にだけは言われたくない」と心の中で愚痴を吐きつつ、黒斗は改めて菜月の顔を見据えた。菜月の、力強いアーモンド型の目が、黒斗を正面から捉える。生気に満ち溢れたその瞳は、黒斗には幾分眩し過ぎるが、あるいは彼女ならば、今回の件も丸く治められるのではないか。そう思わせるだけの妙な説得力を、彼女は持っているような気がする。


 もちろん彼女一人ではどうにもならないのは目に見えているが、黒斗が一緒にいるのであれば、問題点は補填ほてんが可能。妥協に妥協を重ねた形ではあるが、今回に限って、彼女に手を貸そう。その方が黒斗にとっても、今後の平和な高校生活に期待が持てるというものだ。


「一応忠告しておくけど、この先は危険だぞ?」

「危険だってわかってても、皐月原君はやるんでしょ? だったら私も同じだよ」


 黒斗は目を閉じつつ、小さく「ふぅ」と息を吐いて、覚悟を決める。


「わかった。俺が知ってる情報を共有してやる。その代わり、俺に関することへの余計な詮索はなしだ」

「皐月原君の正体を探るようなことをするなってこと?」

「そうだ。俺には俺の立場があって、それを守るのに必死だからな」


 「なるほどね」と、菜月は頷いてから、黒斗に向って右手を差し出した。これから一緒にがんばって行こう、ということらしい。


 改まって握手するなどいつ以来か覚えていないが、黒斗は菜月の手を取り、しっかりと握り合った。相棒と言うには頼りない、女子特有の小さな手。何かあったら彼女も守る対象なのだと、黒斗は強く意識する。


 幽霊やあやかしの類に関することは、こちらの領分。一般の人間である菜月は、本来触れるべきではない。なればこそ、黒斗は幽霊やあやかしの脅威から、人間を守る必要がある。そうすることで、初めて黒斗自身も、平和な日常を謳歌出来るのだから。


「それじゃあ早速、君が持っているって言う情報を教えて」


 菜月に促され、黒斗は語り始める。今回の一件の根幹にあるのが、一種の呪いであると言うこと。呪いを受ける人間の条件が、とあるSNSアカウントと繋がっていると言うこと。現在わかっているのはその2つだけ。SNSアカウント名はわかっているが、呪いの正体までは行き着いていないと、黒斗は菜月に説明をした。


「『令和のあやかし流行語』か~。聞いたことないな~」

「普通はそれでいいんだよ。知ってたってろくなことにならないんだからな」

「で? そのSNSアカウントを知ってると、どうなるの?」

「そのアカウントは、珍しいスイーツだったり、珍しいファッションだったり、そういったものを宣伝するようなことを発信してるんだけどな。その中に、最近流行はやりの心霊スポットって情報もあるんだよ」

「それが東アイ袋中央公園?」


 「他にもいくつかあるけどな」と黒斗は付け加えつつ、そのSNS由来の情報から発生していると思われる怪事件の例を挙げる。


「突然の意識不明だったり、毎晩悪夢にうなされるようになったり、近くで事故が多発したり。挙げ始めたらきりがない」

「田原さんのお姉さんの件だと、突然の意識不明ってことか」

「俺がこれまでに得た情報によれば、突然意識不明になる事案は、東I袋中央公園に肝試しに行った人間に見られる霊象れいしょうだな」

「霊象って、あれでしょ? ラップ音とかポルターガイストとか。それで人が意識不明になることなんてあるの?」

「それが起こってるから、問題なんだろうが」


 この手の知識のない菜月にもわかりやすいよう説明するのは面倒だが、これをやらなくては話が前に進まない。黒斗は菜月の心の声で、彼女の理解度を測りつつ、今後の方針を立てて行くのだった。


 この時、既に事態は悪化しつつあったということを、知らぬまま。

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